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終章:エピローグ
聖紋の眠り
しおりを挟む老騎士ログウェルが最後に戦う者として選ばれたエリクに対して、その弟子であるユグナリスは真剣勝負を挑む。
二人は激闘を交えながらも、今までの旅やログウェルとの戦いを経て別次元の境地まで辿り着いたエリクの圧倒的な実力によって、ユグナリスは心身共に敗北を喫した。
それから一日が経った早朝、ローゼン公爵家の本邸にて水晶型の通信用魔道具の置かれる一室に主だった面々が集まる。
傭兵エリクを始め、皇帝代理である皇后クレアやその補佐を務めるローゼン公セルジアスと共に、『赤』の聖紋を持つユグナリスとリエスティアが同伴していた。
ガルミッシュ皇族に関わる者達が一同に介する中で水晶体が光り始めると、ある人物が映し出される。
それは元ルクソード皇王シルエスカであり、その背後には『茶』の七大聖人ナニガシやケイルの姿も視えていた。
更に水晶体の別角度に、青年姿の『青』も映し出される。
『白』を除きユグナリスも含めた人間大陸に現存する『赤』『青』『茶』の七大聖人が一同に介する事になったその一室にて、最初に言葉を発したのは皇后クレアだった。
「――……御久し振りでございます。シルエスカ姉様」
『クレアか。そうだな、こうして顔を見せるのは十年以上前にもなるか。息災で何よりだ』
互いに同じ皇王を持つ姉妹として、二人は久方振りの挨拶を交わす。
それを切っ掛けとして、シルエスカ自身がその場に呼び出された内容をその場に居る者達に問い掛けた。
『それで、今回の要件は赤の聖紋についてということだが。具体的にはどういう話だ?』
「はい。実は、我が子ユグナリスが『赤』の聖紋に選ばれたのですが。……この子もログウェル様と同じ権能を持っており、その為に帝位の継承が行えず……」
『ログウェルと……。……そうか。それで私に、赤の聖紋を引き継げということか?』
「可能であれば」
『すまないが、私は再び七大聖人になる気は無い。そもそも、赤の聖紋がそれを許さぬだろう』
「え?」
『私は一度、赤の聖紋に拒絶されている。ミネルヴァやここに居るケイルの話が本当であれば、それが聖紋自身の意思なのだろう。ならば私は、もう聖紋に選ばれる事はない』
水晶の向こう側で断言するシルエスカの言葉に、その場の全員が僅かに表情を強張らせる。
すると僅かに陰る表情を浮かべたクレアが、顔を俯かせた後に再び上げて問い掛けた。
「……そうですか。……では、他の方法を。シルエスカ姉様が三代目の『赤』に選ばれた時の事を、教えて頂けますか?」
『私が選ばれた時か?』
「はい。姉様が七大聖人となった時、私はまだ生まれておりませんでしたし。他の皆様も、どういう経緯で姉様が選ばれたのか。御存知なかったので」
『……そういえば、私が実際に継承したのを見たのも父上だけだったな。もう五十年近く前なので、私自身も記憶の片隅に追いやっていた』
「教えて頂けますか? どのように、姉様が『赤』を継承したのかを」
『……まぁ、もうルクソード皇国も存在しない。今なら話しても問題は無いか』
少し考えた後に、促されるシルエスカは自身が『赤』の聖紋を継承した時の出来事を話す。
それは旧ルクソード皇国においての秘匿情報でもあり、この場において改めて語り始めた。
『私が赤を継承したのは、ログウェルとの修行を終えたすぐ後。皇王であった父上に連れられ、皇城に在る秘密の宝物庫でだ』
「秘密の宝物庫? 確かに、そうした部屋が皇城に在るという噂は聞いた事がありますが。本当に在ったのですね」
『ああ。ただしその宝物庫に立ち入れる方法を知るのは、皇王を継承する者だけだったそうだ。実際、ほぼ簒奪に近い形で皇王となったナルヴァニアは宝物庫の存在を知らなかったようだしな』
「そうなのですか……」
『私が皇王となった時、その宝物庫の開け方をダニアスに教えて中身を国の為にに使うよう言っている。なのでもう、秘密というわけではない。……話が逸れたな、続きを話そう』
微笑みながら話すシルエスカは、脱線した話を戻す。
そしてそこから、『赤』の聖紋と継承に繋がる話が明かされた。
『その宝物庫には、ルクソードが使用していたという武器が台座に刺さるように安置されていた。覚えているだろう? 私の使っていた二本の魔槍だ』
「ええ」
『当時の私は皇王に連れられた宝物庫で、その魔槍を掴めるか問われた。私はそれを掴むと、魔槍から炎が放たれ肉体を覆った』
「!」
『しかしその炎は熱くはなく、火傷も負わない。逆に放たれた炎が私の肉体に吸収されるように消えると、私は二本の魔槍を引き抜けた。……すると、自分の右手に赤の聖紋が宿っていた』
「……それは、どういう……?」
『それに立ち合った皇王からは、お前は赤の聖紋に選ばれたと言われた。恐らくそれが、赤の七大聖人を継承させる行為だったようだ』
「!!」
『私自身も理屈は分からないが。継承した切っ掛けがあるとすれば、その魔槍を掴んだ時になるだろう。……そして今、その魔槍はお前が持っているようだな? ユグナリス』
シルエスカはそう述べた後、水晶越しに動かす視線をユグナリスに向ける。
すると全員の視線がユグナリスに向き、彼は困惑した様子で言葉を返した。
「た、確かに……前の戦いで、魔槍っぽいモノを幾つか『生命の火』に取り込んでますけど……」
『お前に聖紋が付いたままなのも、それが原因かもしれないぞ』
「!?」
『ルクソードの使っていた武器は、精霊を結晶化し武器にしているという伝説上の逸話がある。もしかしたら、その武器が赤の聖紋を継承させる役割を果たしているのかもしれない』
「そ、そんな……。武器に、聖紋を継承させる力があるなんて……」
シルエスカの言葉に更に困惑を深めるユグナリスだったが、それを聞く者達は神妙な面持ちを浮かべている。
すると同じ水晶体に映る『青』が、こうした事を述べ始めた。
『……精神武装の武器か。ならば、それに聖紋が宿り継承させる可能性はある』
「!」
『儂が自分の本体を介して複製体に聖紋を宿らせる方法と同じだ。要するに生ける物質を介せば、聖紋はその使用者に宿る。……つまり赤の聖紋は、ルクソードが退く時に自身の武器に宿らせ残したのだろう』
「武器に、聖紋を宿す……!?」
『自分の武器を置いて去ったのも、それが理由なら頷ける。いずれ資格がある自分の血筋に、自分の武器と聖紋を託す。それがルクソードなりの継承方法だったようだ』
「じゃ、じゃあ……」
『お主の持つ精神武装を精神と肉体から切り離せば、赤の聖紋は解けるかもしれん。ルクソードと同じようにな』
「……でも、それは……」
『青』は自身の経験則と知識を元にそうした推測を述べ、『赤』の聖紋を解く方法を伝える。
それを聞いたユグナリスは驚きを見せながらも、何処か微妙な表情を浮かべた。
すると、その傍に立つリエスティアが優し気な笑みを浮かべて問い掛ける。
「不安なのですか?」
「リエスティア……。……うん、そうだね。今まで俺が戦えていたのは、精神武装を持ってたおかげでもあると思うから……」
「はい。でも、大丈夫です」
「!」
「ユグナリス様は、ユグナリス様です。それは、何も変わりません」
「……そうか、そうだね」
黒い瞳を向けながら微笑むリエスティアの言葉に、ユグナリスは頷きながら笑顔を返す。
すると彼はそこから前へ歩み出ると、自身の胸に聖紋の宿る右手を置きながら念じるように呟いた。
「今までずっと、助けてくれてありがとう。……しばらく、休んでいてくれ」
『――……リィイン……』
「!」
自身の中に宿る精神武装と聖紋に対して、ユグナリスは感謝を伝える。
すると次の瞬間、その感謝に呼応するように彼の肉体から『生命の火』が覆い輝いた。
そして右手に宿る『赤』の聖紋が輝きながら共鳴音を鳴らすと、覆う『生命の火』が右手に集中する。
ユグナリスはその右手を前方に突き出し、青い瞳を赤くさせながら告げた。
「元の姿に、戻れ――……っ!!」
「!?」
「これは……!?」
命じるように告げるユグナリスの言葉に呼応し、『赤』の聖紋に集められた『生命の火』は彼の周囲に分散しながら四つに別れる。
すると別れた『生命の火』がそれぞれの姿へ具象し、物質化した四組の武器となった。
その内の一組はシルエスカの持っていた短槍と長槍になり、もう一組はセルジアスが持っていた伸縮自在の魔槍に戻る。
更にケイルが手に入れた赤い刀身の長剣へ一組が変化し、ユグナリスが持っていた赤い柄と銀刃の幅広の剣にそれぞれが戻った。
そうして物質化し浮遊する武器の中で、一本の魔槍がセルジアスの方へ向かう。
更に赤い刀身の魔剣はその場から消えた瞬間、水晶越しに映るケイルの目の前へ転移した。
『うぉ!?』
「これは……ユグナリス、君がやっているのか?」
「……いえ。多分、元の持ち主に戻ったんだと思います」
『武器が、自分で……!?』
「彼等には、ちゃんと意思がある。……そして、貴方にも」
『……!』
元の持ち主に戻るように移動する武器達に驚く者達に対して、ユグナリスは察するようにそう述べる。
すると次は浮かぶ短槍と長槍がその場から消え、ケイルと同じように元の持ち主であるシルエスカの居る場所へ転移して現れた。
そしてユグナリスは残る自身の幅広の剣を右手で握り、『赤』の聖紋が輝きを強める。
すると握られている剣もまた赤く輝き始め、その姿を別未来の彼が持っていた『聖剣』に変えた。
ユグナリスはそれを見ながら、寂し気な微笑みを浮かべる。
「……ありがとう、別未来の俺……。お前との約束は、今の俺が守るよ」
『――……ああ、頼むぞ』
残る別未来の自分の意思を聞いた後、右手に宿る『赤』の聖紋は消える。
そして右手から流れ込む『生命の火』が『聖剣』に宿ると、その柄部分に『赤』の聖紋と思しき紋様が浮かび上がった。
シルエスカやケイル、そしてセルジアスも自身の元へ戻った武器を掴む。
すると浮いていた武器はそれぞれに重力を戻し、各々の手に戻った。
そうした事態を見ていた者達は驚きを浮かべる中で、ユグナリスは呟く。
「……ログウェルは……」
「!」
「別未来のログウェルは、今の俺と同じ事が出来た。そして、別未来の俺を生かした。……俺がこの方法で、ログウェルの聖紋を奪っておけば……っ」
「ユグナリス様、それは……」
「……分かってるよ。それはもう、あの時点では無駄なことだったって。……でも、俺がもう少しだけ……ログウェルが到達者になる前に、俺が生まれてたら……。……そう何処かで、思ってしまうんだ……」
『……ッ』
「……」
左手で顔を覆いながら悲痛な声を浮かべるユグナリスの言葉に、その場の全員が沈黙を浮かべる。
それもまたログウェルを犠牲にしない解決方法を模索し続けていたユグナリスの本音である事を理解するリエスティアは、傍に寄り添いながら慰めた。
こうして『赤』の聖紋はユグナリスの右手から離れ、彼が持つ聖剣へ宿り眠る。
これで権能を解放する『聖紋』を失った彼は、自分の師と同じ末路を辿ることはなくなった。
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