虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました

オオノギ

文字の大きさ
1,315 / 1,360
終章:エピローグ

聖紋の眠り

しおりを挟む

 老騎士ログウェルが最後に戦う者として選ばれたエリクに対して、その弟子であるユグナリスは真剣勝負を挑む。
 二人は激闘を交えながらも、今までの旅やログウェルとの戦いを経て別次元の境地まで辿り着いたエリクの圧倒的な実力によって、ユグナリスは心身共に敗北を喫した。

 それから一日が経った早朝、ローゼン公爵家の本邸やしきにて水晶型の通信用魔道具の置かれる一室に主だった面々が集まる。
 傭兵エリクを始め、皇帝代理である皇后クレアやその補佐を務めるローゼン公セルジアスと共に、『赤』の聖紋を持つユグナリスとリエスティアが同伴していた。

 ガルミッシュ皇族に関わる者達が一同に介する中で水晶体が光り始めると、ある人物が映し出される。
 それは元ルクソード皇王シルエスカであり、その背後には『茶』の七大聖人セブンスワンナニガシやケイルの姿も視えていた。

 更に水晶体の別角度に、青年姿の『青』も映し出される。
 『白』を除きユグナリスも含めた人間大陸に現存する『赤』『青』『茶』の七大聖人セブンスワンが一同に介する事になったその一室にて、最初に言葉を発したのは皇后クレアだった。

「――……御久し振りでございます。シルエスカ姉様」

『クレアか。そうだな、こうして顔を見せるのは十年以上前にもなるか。息災で何よりだ』

 互いに同じ皇王ちちを持つ姉妹として、二人は久方振りの挨拶を交わす。
 それを切っ掛けとして、シルエスカ自身がその場に呼び出された内容をその場に居る者達に問い掛けた。

『それで、今回の要件は赤の聖紋についてということだが。具体的にはどういう話だ?』

「はい。実は、我が子ユグナリスが『赤』の聖紋に選ばれたのですが。……この子もログウェル様と同じ権能ちからを持っており、その為に帝位の継承が行えず……」

『ログウェルと……。……そうか。それで私に、赤の聖紋を引き継げということか?』

「可能であれば」

『すまないが、私は再び七大聖人セブンスワンになる気は無い。そもそも、赤の聖紋がそれを許さぬだろう』

「え?」

『私は一度、の聖紋に拒絶されている。ミネルヴァやここに居るケイルの話が本当であれば、それが聖紋自身の意思なのだろう。ならば私は、もう聖紋に選ばれる事はない』

 水晶の向こう側で断言するシルエスカの言葉に、その場の全員が僅かに表情を強張らせる。
 すると僅かに陰る表情を浮かべたクレアが、顔を俯かせた後に再び上げて問い掛けた。

「……そうですか。……では、他の方法を。シルエスカ姉様が三代目の『赤』に選ばれた時の事を、教えて頂けますか?」

『私が選ばれた時か?』

「はい。姉様が七大聖人セブンスワンとなった時、私はまだ生まれておりませんでしたし。他の皆様も、どういう経緯で姉様が選ばれたのか。御存知なかったので」

『……そういえば、私が実際に継承したのを見たのも父上だけだったな。もう五十年近く前なので、私自身も記憶の片隅に追いやっていた』

「教えて頂けますか? どのように、姉様が『赤』を継承したのかを」

『……まぁ、もうルクソード皇国も存在しない。今なら話しても問題は無いか』

 少し考えた後に、促されるシルエスカは自身が『赤』の聖紋を継承した時の出来事を話す。
 それは旧ルクソード皇国においての秘匿情報でもあり、この場において改めて語り始めた。

『私が赤を継承したのは、ログウェルとの修行を終えたすぐ後。皇王であった父上に連れられ、皇城しろに在る秘密の宝物庫でだ』

「秘密の宝物庫? 確かに、そうした部屋モノ皇城しろに在るという噂は聞いた事がありますが。本当に在ったのですね」

『ああ。ただしその宝物庫に立ち入れる方法を知るのは、皇王を継承する者だけだったそうだ。実際、ほぼ簒奪に近い形で皇王となったナルヴァニアは宝物庫の存在を知らなかったようだしな』

「そうなのですか……」

『私が皇王となった時、その宝物庫の開け方をダニアスに教えて中身を国の為にに使うよう言っている。なのでもう、秘密というわけではない。……話が逸れたな、続きを話そう』

 微笑みながら話すシルエスカは、脱線した話を戻す。
 そしてそこから、『赤』の聖紋と継承に繋がる話が明かされた。

『その宝物庫には、ルクソードが使用していたという武器が台座に刺さるように安置されていた。覚えているだろう? 私の使っていた二本の魔槍だ』

「ええ」

『当時の私は皇王ちちに連れられた宝物庫で、その魔槍を掴めるか問われた。私はそれを掴むと、魔槍から炎が放たれ肉体を覆った』

「!」

『しかしその炎は熱くはなく、火傷も負わない。逆に放たれた炎が私の肉体に吸収されるように消えると、私は二本の魔槍を引き抜けた。……すると、自分の右手にの聖紋が宿っていた』

「……それは、どういう……?」

『それに立ち合った皇王ちちからは、お前わたしの聖紋に選ばれたと言われた。恐らくそれが、赤の七大聖人セブンスワンを継承させる行為だったようだ』

「!!」

『私自身も理屈は分からないが。継承した切っ掛けがあるとすれば、その魔槍を掴んだ時になるだろう。……そして今、その魔槍はお前が持っているようだな? ユグナリス』

 シルエスカはそう述べた後、水晶越しに動かす視線をユグナリスに向ける。
 すると全員の視線がユグナリスに向き、彼は困惑した様子で言葉を返した。

「た、確かに……前の戦いで、魔槍それっぽいモノを幾つか『生命の火ほのお』に取り込んでますけど……」

『お前に聖紋が付いたままなのも、それが原因かもしれないぞ』

「!?」

『ルクソードの使っていた武器は、精霊を結晶化し武器にしているという伝説上の逸話がある。もしかしたら、その武器が赤の聖紋を継承させる役割を果たしているのかもしれない』

「そ、そんな……。武器に、聖紋コレを継承させる力があるなんて……」

 シルエスカの言葉に更に困惑を深めるユグナリスだったが、それを聞く者達は神妙な面持ちを浮かべている。
 すると同じ水晶体に映る『青』が、こうした事を述べ始めた。

『……精神武装アストラルウェポンの武器か。ならば、それに聖紋が宿り継承させる可能性はある』

「!」

『儂が自分の本体オリジナルを介して複製体クローンに聖紋を宿らせる方法と同じだ。要するに生ける物質を介せば、聖紋はその使用者に宿る。……つまり赤の聖紋は、ルクソードが退く時に自身の武器に宿らせ残したのだろう』

「武器に、聖紋を宿す……!?」

『自分の武器を置いて去ったのも、それが理由なら頷ける。いずれ資格がある自分ルクソードの血筋に、自分の武器と聖紋を託す。それがルクソードなりの継承方法だったようだ』

「じゃ、じゃあ……」

『お主の持つ精神武装アストラルウェポンを精神と肉体から切り離せば、の聖紋は解けるかもしれん。ルクソードと同じようにな』

「……でも、それは……」

 『青』は自身の経験則と知識を元にそうした推測を述べ、『赤』の聖紋を解く方法を伝える。
 それを聞いたユグナリスは驚きを見せながらも、何処か微妙な表情を浮かべた。

 すると、その傍に立つリエスティアが優し気な笑みを浮かべて問い掛ける。

「不安なのですか?」

「リエスティア……。……うん、そうだね。今まで俺が戦えていたのは、精神武装コレを持ってたおかげでもあると思うから……」

「はい。でも、大丈夫です」

「!」

「ユグナリス様は、ユグナリス様です。それは、何も変わりません」

「……そうか、そうだね」

 黒い瞳を向けながら微笑むリエスティアの言葉に、ユグナリスは頷きながら笑顔を返す。
 すると彼はそこから前へ歩み出ると、自身の胸に聖紋の宿る右手を置きながら念じるように呟いた。

「今までずっと、助けてくれてありがとう。……しばらく、休んでいてくれ」

『――……リィイン……』

「!」

 自身の中に宿る精神武装アストラルウェポンと聖紋に対して、ユグナリスは感謝を伝える。
 すると次の瞬間、その感謝ことばに呼応するように彼の肉体から『生命の火』が覆い輝いた。
 
 そして右手に宿る『赤』の聖紋が輝きながら共鳴音を鳴らすと、覆う『生命の火ほのお』が右手に集中する。
 ユグナリスはその右手を前方に突き出し、青い瞳を赤くさせながら告げた。

「元の姿に、戻れ――……っ!!」

「!?」

「これは……!?」

 命じるように告げるユグナリスの言葉に呼応し、『赤』の聖紋に集められた『生命の火ほのお』は彼の周囲に分散しながら四つに別れる。
 すると別れた『生命の火』がそれぞれの姿へ具象し、物質化した四組の武器となった。

 その内の一組ひとつはシルエスカの持っていた短槍と長槍になり、もう一組ひとつはセルジアスが持っていた伸縮自在の魔槍に戻る。
 更にケイルが手に入れた赤い刀身の長剣ロングソードへ一組が変化し、ユグナリスが持っていた赤い柄と銀刃の幅広の剣ブロードソードにそれぞれが戻った。

 そうして物質化し浮遊する武器の中で、一本の魔槍がセルジアスの方へ向かう。
 更に赤い刀身の魔剣はその場から消えた瞬間、水晶越しに映るケイルの目の前へ転移した。

『うぉ!?』

「これは……ユグナリス、君がやっているのか?」

「……いえ。多分、元の持ち主に戻ったんだと思います」

『武器が、自分で……!?』

「彼等には、ちゃんと意思がある。……そして、貴方にも」

『……!』

 元の持ち主に戻るように移動する武器達に驚く者達に対して、ユグナリスは察するようにそう述べる。
 すると次は浮かぶ短槍と長槍がその場から消え、ケイルと同じように元の持ち主であるシルエスカの居る場所へ転移して現れた。

 そしてユグナリスは残る自身の幅広の剣ブロードソードを右手で握り、『赤』の聖紋が輝きを強める。
 すると握られている剣もまた赤く輝き始め、その姿を別未来の彼が持っていた『聖剣ガラハット』に変えた。

 ユグナリスはそれを見ながら、寂し気な微笑みを浮かべる。

「……ありがとう、別未来もうひとりの俺……。お前との約束は、今の俺が守るよ」

『――……ああ、頼むぞ』

 残る別未来の自分ユグナリス意思こえを聞いた後、右手に宿る『赤』の聖紋は消える。
 そして右手から流れ込む『生命の火ほのお』が『聖剣ガラハット』に宿ると、その柄部分に『赤』の聖紋と思しき紋様が浮かび上がった。

 シルエスカやケイル、そしてセルジアスも自身の元へ戻った武器を掴む。
 すると浮いていた武器はそれぞれに重力おもさを戻し、各々の手に戻った。

 そうした事態を見ていた者達は驚きを浮かべる中で、ユグナリスは呟く。

「……ログウェルは……」

「!」

別未来あのときのログウェルは、今の俺コレと同じ事が出来た。そして、別未来あのときの俺を生かした。……俺がこの方法で、ログウェルの聖紋を奪っておけば……っ」

「ユグナリス様、それは……」

「……分かってるよ。それはもう、あの時点では無駄なことだったって。……でも、俺がもう少しだけ……ログウェルが到達者エンドレスになる前に、俺が生まれてたら……。……そう何処かで、思ってしまうんだ……」

『……ッ』

「……」

 左手で顔を覆いながら悲痛な声を浮かべるユグナリスの言葉に、その場の全員が沈黙を浮かべる。
 それもまたログウェルを犠牲にしない解決方法を模索し続けていたユグナリスの本音である事を理解するリエスティアは、傍に寄り添いながら慰めた。

 こうして『赤』の聖紋はユグナリスの右手から離れ、彼が持つ聖剣ガラハットへ宿り眠る。
 これで権能ちからを解放する『聖紋カギ』を失った彼は、自分の師ログウェルと同じ末路を辿ることはなくなった。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

薬漬けレーサーの異世界学園生活〜無能被験体として捨てられたが、神族に拾われたことで、ダークヒーローとしてナンバーワン走者に君臨します〜

仁徳
ファンタジー
少年はとある研究室で実験動物にされていた。毎日薬漬けの日々を送っていたある日、薬を投与し続けても、魔法もユニークスキルも発動できない落ちこぼれの烙印を押され、魔の森に捨てられる。 森の中で魔物が現れ、少年は死を覚悟したその時、1人の女性に助けられた。 その後、女性により隠された力を引き出された少年は、シャカールと名付けられ、魔走学園の唯一の人間魔競走者として生活をすることになる。 これは、薬漬けだった主人公が、走者として成り上がり、ざまぁやスローライフをしながら有名になって、世界最強になって行く物語 今ここに、新しい異世界レースものが開幕する!スピード感のあるレースに刮目せよ! 競馬やレース、ウマ娘などが好きな方は、絶対に楽しめる内容になっているかと思います。レース系に興味がない方でも、異世界なので、ファンタジー要素のあるレースになっていますので、楽しめる内容になっています。 まずは1話だけでも良いので試し読みをしていただけると幸いです。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~

k33
ファンタジー
初めての小説です..! ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?

転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~

ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。 コイツは何かがおかしい。 本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。 目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。

転生社畜、転生先でも社畜ジョブ「書記」でブラック労働し、20年。前人未到のジョブレベルカンストからの大覚醒成り上がり!

nineyu
ファンタジー
 男は絶望していた。  使い潰され、いびられ、社畜生活に疲れ、気がつけば死に場所を求めて樹海を歩いていた。  しかし、樹海の先は異世界で、転生の影響か体も若返っていた!  リスタートと思い、自由に暮らしたいと思うも、手に入れていたスキルは前世の影響らしく、気がつけば変わらない社畜生活に、、  そんな不幸な男の転機はそこから20年。  累計四十年の社畜ジョブが、遂に覚醒する!!

青い鳥と 日記 〜コウタとディック 幸せを詰め込んで〜

Yokoちー
ファンタジー
もふもふと優しい大人達に温かく見守られて育つコウタの幸せ日記です。コウタの成長を一緒に楽しみませんか? (長編になります。閑話ですと登場人物が少なくて読みやすいかもしれません)  地球で生まれた小さな魂。あまりの輝きに見合った器(身体)が見つからない。そこで新米女神の星で生を受けることになる。  小さな身体に何でも吸収する大きな器。だが、運命の日を迎え、両親との幸せな日々はたった三年で終わりを告げる。  辺境伯に拾われたコウタ。神鳥ソラと温かな家族を巻き込んで今日もほのぼのマイペース。置かれた場所で精一杯に生きていく。  「小説家になろう」「カクヨム」でも投稿しています。  

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...