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第一章
第二話【ミア】
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長いまつ毛。
金色の髪。
青い瞳。
小柄な体躯。
誰もが「人形みたいだ」と太鼓判を押す少女。それが小さいころからのわたくしでした。
頭の天辺から足に向かって、すっと熱が冷めていく。
全身の体温が、人肌のぬくもりから、陶器や硝子の冷たさになる。
そうすると、決まって、わたくしの瞳は、青から紫を介して赤へと変わる。
この感覚が、わたくしは__いいえ、わたしは割と好きだ。
人ひとり軽く殺せそうなぐらいに、力がたぎってくる。
鏡を見ると、そこには、人形姫がいた。
目の前の「人形姫」は、わたしとは別人だ。
球体関節は、油など差さなくても、元の肉体と同じように動く。
これが、人形姫。
完全体になった、わたし。
わたしが「人形姫」と言われ始めたのはいつだったか。
物心付いて間もないころ、お父様もお母様も忙しくって、わたしには見向きもしてくれなかった。
いつか、嫁に出して政略結婚させるための手駒。
整った容姿で、社交界に適当に出しておける娘という女。
わたしが二人目の子供で、上に跡継ぎの長男がいて、わたしが女だったからでしょう。
わたしに良くしてくれる者など、権力目的で世話をする専属侍女だけ。
お父様は世間体を考えているのか、四歳の誕生日に異国の人形を買ってくれたのです。
思えば、それが始まりだったのかもしれません。
わたしは、その人形に「ルミナス」と名付け、ある日こう話しかけました。
___「ねえ、なんでルミナスもわたくしとお喋りしてくれないの?」
腕に抱いた、金髪の人形に、涙ぐみながら話しかけた。
普通であれば、それだけで終わったのでしょう。
しかし、ルミナスは、
___「おしゃべり、できる」
と答えてくれたのです。
これが、「人形使い」や「人形姫」と呼ばれる、わたしの能力が、発覚した瞬間でした。
翌日から、周りのわたしへの態度は一変しました。
最低限、最小限、いっそないものとして扱われていたにも等しかったわたしには、厳しい教育と甘ったるいまでの愛が注がれた。
まるで、素っ裸のまま寒い外に放置されていたのが、生ぬるく甘い砂糖に漬けられているみたい。
例えだけど、このままここにいたら、ジャムになって食べられるだけだ、と思ったのだ。
しかし現実は無常かな、わたしは、公爵家のお嬢様の婚約者を奪う形で、第一王子様の婚約者になった。
正直わたしはどうでもよかった。婚約者になって花嫁修業するぐらいなら、部屋に引きこもって人形を作って、人形姫の力を磨く方が楽しかった。
___「ねえルミナス、なんでわたくしは面倒な使命を持って生まれたのでしょう?」
___「それは、あるじさんが、ルミたちとおはなしできるからだよ」
決まってそう答えられた。
学校に入り二年、元々王太子の婚約者だったという、公爵家のお嬢様と会う機会があった。
初めてあった人だったが、奇麗だと思った。
さらさらとした茶色のおさげに、愛嬌のある緑色の瞳。小動物めいた、庇護欲をそそる容姿をしていた。
……こういう人に、王太子も惹かれちゃえばいいのに。それで、わたしとの婚約を解消しちぇば万々歳じゃない。
こんな無機物みたいな女じゃなくて、こういう、可愛らしい人に。
「おはようございます、リュミエール様」
「おはよう、人形姫サマ」
言われた時、目を見開いた。
ほとんど会った事がないような人にまで、不名誉な呼び名が浸透していたとは。
しかし、鍛え抜かれた王妃教育により、顔を完璧に微笑みに保つ。
軽く会釈だけして、逃げるようにその場を去った。
…………それが、巡り巡って、ねじ曲がって第一王子のところに伝わっているとは、誰が想像したのでしょうか。
___「ミアさんとすれ違った時、にらまれました」。
___「ミアさんに話しかけましたが、無視されました」。
大筋的には、間違ってないのかもしれない。
___「おい」。
___「いくら次期国母だからとはいえ、今は伯爵令嬢だ」。
___「だから、公爵令嬢に楯突くな、ですか?」。
___「物分かりがいいじゃないか」。
思えば、この時危機感もなく聞き流したのも悪かったのかもしれません。
でも、日常会話の延長で、考えておけ、というのも無理があります。婚約者とならば、なおさら。
だからって、さすがに、身に覚えのない罪で、伯爵家から追い出され、こんな森の中で過ごしているのも馬鹿らしいのですが。
___人形姫の体は、いい。
まるで、こうして人形姫として過ごしている方が普通であるように__。
「ミア」として生きている事自体がイレギュラーであったかのように__。
今まで生きてきた「ミア」としての人生を、ずたずたに切り捨てられるような感覚が、
わたしは、大好きだ。
金色の髪。
青い瞳。
小柄な体躯。
誰もが「人形みたいだ」と太鼓判を押す少女。それが小さいころからのわたくしでした。
頭の天辺から足に向かって、すっと熱が冷めていく。
全身の体温が、人肌のぬくもりから、陶器や硝子の冷たさになる。
そうすると、決まって、わたくしの瞳は、青から紫を介して赤へと変わる。
この感覚が、わたくしは__いいえ、わたしは割と好きだ。
人ひとり軽く殺せそうなぐらいに、力がたぎってくる。
鏡を見ると、そこには、人形姫がいた。
目の前の「人形姫」は、わたしとは別人だ。
球体関節は、油など差さなくても、元の肉体と同じように動く。
これが、人形姫。
完全体になった、わたし。
わたしが「人形姫」と言われ始めたのはいつだったか。
物心付いて間もないころ、お父様もお母様も忙しくって、わたしには見向きもしてくれなかった。
いつか、嫁に出して政略結婚させるための手駒。
整った容姿で、社交界に適当に出しておける娘という女。
わたしが二人目の子供で、上に跡継ぎの長男がいて、わたしが女だったからでしょう。
わたしに良くしてくれる者など、権力目的で世話をする専属侍女だけ。
お父様は世間体を考えているのか、四歳の誕生日に異国の人形を買ってくれたのです。
思えば、それが始まりだったのかもしれません。
わたしは、その人形に「ルミナス」と名付け、ある日こう話しかけました。
___「ねえ、なんでルミナスもわたくしとお喋りしてくれないの?」
腕に抱いた、金髪の人形に、涙ぐみながら話しかけた。
普通であれば、それだけで終わったのでしょう。
しかし、ルミナスは、
___「おしゃべり、できる」
と答えてくれたのです。
これが、「人形使い」や「人形姫」と呼ばれる、わたしの能力が、発覚した瞬間でした。
翌日から、周りのわたしへの態度は一変しました。
最低限、最小限、いっそないものとして扱われていたにも等しかったわたしには、厳しい教育と甘ったるいまでの愛が注がれた。
まるで、素っ裸のまま寒い外に放置されていたのが、生ぬるく甘い砂糖に漬けられているみたい。
例えだけど、このままここにいたら、ジャムになって食べられるだけだ、と思ったのだ。
しかし現実は無常かな、わたしは、公爵家のお嬢様の婚約者を奪う形で、第一王子様の婚約者になった。
正直わたしはどうでもよかった。婚約者になって花嫁修業するぐらいなら、部屋に引きこもって人形を作って、人形姫の力を磨く方が楽しかった。
___「ねえルミナス、なんでわたくしは面倒な使命を持って生まれたのでしょう?」
___「それは、あるじさんが、ルミたちとおはなしできるからだよ」
決まってそう答えられた。
学校に入り二年、元々王太子の婚約者だったという、公爵家のお嬢様と会う機会があった。
初めてあった人だったが、奇麗だと思った。
さらさらとした茶色のおさげに、愛嬌のある緑色の瞳。小動物めいた、庇護欲をそそる容姿をしていた。
……こういう人に、王太子も惹かれちゃえばいいのに。それで、わたしとの婚約を解消しちぇば万々歳じゃない。
こんな無機物みたいな女じゃなくて、こういう、可愛らしい人に。
「おはようございます、リュミエール様」
「おはよう、人形姫サマ」
言われた時、目を見開いた。
ほとんど会った事がないような人にまで、不名誉な呼び名が浸透していたとは。
しかし、鍛え抜かれた王妃教育により、顔を完璧に微笑みに保つ。
軽く会釈だけして、逃げるようにその場を去った。
…………それが、巡り巡って、ねじ曲がって第一王子のところに伝わっているとは、誰が想像したのでしょうか。
___「ミアさんとすれ違った時、にらまれました」。
___「ミアさんに話しかけましたが、無視されました」。
大筋的には、間違ってないのかもしれない。
___「おい」。
___「いくら次期国母だからとはいえ、今は伯爵令嬢だ」。
___「だから、公爵令嬢に楯突くな、ですか?」。
___「物分かりがいいじゃないか」。
思えば、この時危機感もなく聞き流したのも悪かったのかもしれません。
でも、日常会話の延長で、考えておけ、というのも無理があります。婚約者とならば、なおさら。
だからって、さすがに、身に覚えのない罪で、伯爵家から追い出され、こんな森の中で過ごしているのも馬鹿らしいのですが。
___人形姫の体は、いい。
まるで、こうして人形姫として過ごしている方が普通であるように__。
「ミア」として生きている事自体がイレギュラーであったかのように__。
今まで生きてきた「ミア」としての人生を、ずたずたに切り捨てられるような感覚が、
わたしは、大好きだ。
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