ドール・プリンセス

万雪 マリア

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生前の少女だち

我が闘争と太陽が【向日葵】

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 戦争とは、イデオロギー、いわゆる観念形態の違いによって発生することがほとんどだ。共産主義か資本主義か? といえば冷戦があてはまる。奴隷制か機械化か? といえば有名どころは南北戦争だろうか。全体主義か民主主義か? 若干意味合いは違うがWW2なんかはこれか。化学か魔術か? これは現代では少なくなったが。よりすぐれているのはどちらか? 戦争とは少し違うが、いわゆる喧嘩などがこれにあてはまる。そもそもイデオロギーというのは、一種の世界観に近いのだから、その対立によって大きな戦が起こるのも仕方がない。全く同じ考えを持ってるはずもない人間が、ひとつの国家という象徴に集まって、団結して自らの世界を押し通すために、外向きにプロパガンダする、それが僕の考える【戦争】というものである。当然、いわゆる受験戦争や就職戦争も、自分の優秀さをアピールするのだから、それは一種の戦いであり、争いである。いくら正当性をに叫んだところで何の意味もないだろう。僕も、その大きな【国家】にすがり、人的資源として数字で計られる一種の兵器だ。

 時は第三次世界大戦__WW3.

 今回の戦争も、イデオロギーの対立__死体を起き上がらせて、戦闘用の人形として起き上がらせる、ネクロマンシー技術(とよぶのは嫌っているので一般的には人形遣い技術とよばれる)肯定派か、否か。

 僕はその中でも、肯定派の中心国家、クラースヌィ・ラスィ・フィジターヤ(長いのでよく赤連やら赤やらと略される)の航空機動部隊に所属している。

 __「Mayday、Mayday、Mayday!【向日葵01】応答セヨ!」無線から連絡が入って、よくわからないけどからだに何かしらの改造をほどこされて、微力ながらも超能力を使えるようになった僕が、なぜか生身で高度400mから応答する。「こちら【向日葵01】何があった!」メーデーはよほどのことがなければ使わない。つまりがあったのだろう。そんな時僕ができるのは、航空機代わりの戦場把握→報告による状況伝達と、戦闘機代わりに敵をオトすぐらいである。というか、たかだか少尉(とはいえ若冠5歳にして、が入るが)にメーデーが飛ぶこと自体そもそも稀であるため、おそらく戦局の見極めの方だろう。めんどくさい。だが事実は小説より奇なりとはよく言ったものだ、「敵の航空魔導士大隊がそちらにむけて接近中、規模は50人程度!」……そもそも航空魔導士というのは、僕のような、全身いじられてなんとか魔道が使えるようになったようなやつじゃなくて、演算機能付与翼珠とかいう長ったらしい名前の、頭がおかしくなるような計算式を瞬時に頭でくみ上げて物理干渉して超常現象を起こす、いわば計算して奇跡を起こすためのソレを使えるスーパーエリート様だ。それが、50人! 笑えるね。殉職まっしぐらじゃないか__
 ふと、走馬燈のようなものがかけぬける。不思議だ、僕にもまだヒトらしい部分があったのか__
 流れ出るそれに身をまかせるように、僕は目を閉じた。

 3歳にして天涯孤独になる。別に、珍しいことじゃない。強いて言うならば、両親が共に軍人だった僕は、国家に仕えるイヌになるための教育を受けるために、軍事教育学校に放り込まれたぐらいか。そもそも体格が小さすぎる上に、力がないから銃を撃ったら反動でふっとぶし、剣も握れない。子供ゲリラ隊に参加するのは丁重にお断りしたかったから、死ぬ気でがんばって頭の中に計算式をたたきこんだ。1年後、僕は「小柄な体躯やその思想からとしての素質アリ」とみなされ、全身いじくりまわされていつの間にか生身で高度1000mにいるのも余裕になった。さすがにそれを超えるとこのからだにはきついが。
 というか、いくらなんでも10どころかその半分いくかいかないかぐらいの幼女を戦地に向かわせるのはいささか不自然ですらある。それほどまでにこの国の人的資源の枯渇はひどいのだろうか……と一瞬考えたが、そもそも頭のおかしい人事部や劇物ばかりつくる技術部、そして自国のためにと死兵や焦土作戦さえいとわない軍部がいる時点でいまさらの話であった。
 なにはともあれ、作戦コードネーム【向日葵01】、合掌___

 しなくてもよかった。
 なぜか奇跡的に生還できた僕は、白銀大天使なんちゃら賞という、よくわからないがとても名誉な称号を授かったらしい。同僚(二十代前半の男性が多い)は嫉妬の目で僕を見て、上司(五十代後半からだろうか)は僕にむかって敬礼までするようになった。
 そこからさらに戦闘機としての扱いが拡大するわけである。

 血にまみれ、白銀から紅に変わっていく、自分の姿を見るたび、誰かを殺したのだと、僕は自覚する。
「僕は僕の使命をなしとげます。貴方も好きにやればいいじゃないですか」
 ぱぁん。
 銃口から音がして、今日も誰かが死んでいく。


 ある日しくじった。
 というか、いくらか成長したとはいえまだ少女というより幼女というのが似合う体躯で、大の大人を暗殺セヨとかとうとう気がふれたかと思った。もとからだなと納得した。
 僕は知ってる。これから僕が死ぬことを。
 白銀大天使なんちゃら賞を持っている僕は、きっと秘密裏に処刑されるだろうから、何になるだろうか。電気椅子? ギロチン? 毒薬? ……大穴で、子供ゲリラに参加させて爆死、というのもあるかもしれない。最後だけはどうかご容赦いただきたいのだが。
 しかしもくろみははずれて、目隠しされた状態でこめかみを撃ち抜かれた僕は、生涯一度も涙を流すことなく死に絶えた。
 どうか願わくば、来世は幸せを。
 この喜怒哀楽という人間の代表的な四つの感情がキレイサッパリぬけおちた僕の体に、どうかお慈悲を。
 主よ。



「きみは本当に可哀想だね。もぅ、せっかく綺麗だった右目が失明しちゃってるじゃないか! しかたないなぁ、見た目見えないようにしたスコープと感覚神経繋げば大丈夫かな?」

 自分の体が自分でないようでな違和感。ここはどこ?

「大丈夫だよ、きみが望んでいたもの、欲しがった事、すべて与えてあげるから。感情も幸福も不幸も絶望もなにもかも、僕がこの手であたえてあげるから、どうかこの手にすがって」

 あぁ、もしかして、今僕の体を縫い合わせているのが、俗にいう神というやつなのだろうか。だけど神がいるなら戦争がおこるような不完全な世の中にするだろうか? 冷静に考えるとそんなことはありえない、よって目の前のナニカは悪魔。証明終了。

「悪魔ってひどいなぁ。まぁ似たようなもんだけどさ。__その年で、そこまで思慮深くなれたのは素晴らしい事だと思うよ。なんて素敵なんだろうね、きみは」

 そっと僕のまぶたを撫でた。今まで何も見えなかったのに、ぼやけているながらも全てが見えてきた。

馬鹿に狂ってしまえばいいのに!賢く全てを見つめていてね!

 あぁ、だってそれはなんて__絶望狂ディストピアだったのか。




 ………あれ?
 ここ、どこ?
 わかるのは、自分のこと。名前は向日葵。しってる。なぜかはわからないけれど。首をかしげた。
 わかるのは、世界のこと。もうこの世界は終わってしまっていること。なぜかもわからないけど。
 あぁ、でも、そんなことはどうだっていいの。だって僕のからだに、遺伝子に刻まれた設計図が、叫んでいる。
「誰かを、殺したい」
 ……ってね。
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