異世界行っても喘息は治らなかった。

万雪 マリア

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異世界に連れていかれた。

オープニング・カミサマのせいで死にました。

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 頭が痛い。
 内側から針で刺されるような痛みに、顔を歪める。

 それで、えぇと、私はどうしたんだっけ……?
 順を追って思い出していく。

 確か、帰り道を歩いていて。

 たまたま公園に寄ろうと思ったけど、やめて。

 いつも通りにガムを踏んで。

 それで。
 
 そうだ。

 脳裏に焼き付いたのは、濃い朱色。

 大きな音を立てて突っ込んでくるトラック。

 全身が跳ね飛ばされて……そこからは、覚えていない。

 つまり、私は、死んだ?

 そんなわけない。なら私は、今なんでこうして意識を保っていられるのだろうか。

 もしかして、アレ? ドッキリ大成功ー! ってヤツ?

 眼前は、一面、方向感覚が狂いそうな白で埋め尽くされていた。
 痛む頭を押さえて、そこでようやく、全く咳が出ていない事に気付き、軽く感動した。
 常に咳が出ていたうえ、鼻水も出てくる。オマケに体育の授業の一部は見学。
 同年代の子がキャッキャウフフしているのをただ見つめるあの虚しさったらない。
 身体の都合……と言えばそこまでなのだが。

 どうしよう、とあたりを見渡した時、不意に琥珀色の瞳と目が合った。

「あ、起きた?」

 油でも塗ったような、複雑に色を変える、コスプレーヤーでもしないような髪をした……少年?  は、ニコニコと笑いながら言った。

「え、あの、えと、だれ?」

「ん、ボク?」

 それ以外に誰がいるのか、というツッコミは、未知との遭遇という恐怖で壊された。

「ボクなら、神様だよ! ……えへん」

 少し背を伸ばして、腕を組んだ少年は、はにかむように言う。

「あーそうですか」

「えっ、もっと驚かない? 普通」

 この状態でより驚けと?

 あまりにも非日常な展開に頭が追い付かないのに。脳が諦めてしまってるんだよ、こちとら。

 自称神様は、悲壮感漂う泣き顔に一瞬で表情を変え、恨めしそうにこちらを見た。

「うー、カミサマだぞ、カミサマ」

「で、その神様が何?」

 私が「神様」という呼び名を肯定すると、少年は、心底嬉しそうに言った。

「んーとね」

 年相応の少年らしい無邪気な笑みを浮かべて、神様(仮)は、目の前に黒い板を出す。

 タブレット端末に似ているそれには、よくわからない無数の記号とアルファベット、漢字が羅列している。

 少年は、タブレット端末のうちの、【//lucky:x(-許可)】と書かれた項目を拡大する。

「これ!」

「いや、コレが何?」

 じっと見ても、特に変わったところは見られない。

 もしかして、プログラム? とは思ったけれど、それ以上の事はわからない。

「いやぁねぇ、話すと長いんだけどねぇ」

「じゃあ30秒でお願いします」

「え」

 お構いなしに、さんじゅーう、にゅじゅうきゅー、とカウントを始める。

「えーっと、これは人間を構成する、君たちでいう【ステータス】の一部でね、間違えて負の数を出す許可を降りさせちゃって、君の【lucky】つまり運の数値は、マイナス1500で」

 聞き捨てならない単語が聞こえ、思わず遮る。

「は?」

 威圧感たっぷりに少年を睨む。

 一瞬で、冷や水でも掛けられたように冷静になった頭で考える。いつの間にか、頭の痛みはなくなっていた。

 マイナス、1500? よくもまあそんな馬鹿みたいな数値が出たもんだ。

 ステータスとかの部分は、そういうラノベとかを見た事があったので、わりとすんなり理解できたけど、それ以外は納得いかん。

「つまり、君は、近年稀に見る超不幸体質ってコトだね!」

「ふざけるなよ!」

 怒りに任せて怒鳴る。

「ひぅ」

 怯えたように萎縮するが、こちらには全く非がないので、恨むなら自分を恨めばいいと思う。
 いくら神様とはいえ、たかが少年によって、自分の人生を構成する要素を無茶苦茶にされたのだ。
怒らない聖人君子なんているだろうか、いやいない。断言できる。

「う……で、君にはちょっと特典をあげるから、ちょっと異世界行ってほしいんだよね」

「なぜ?」

 本音、行きたい。だけど、そのまま手のひら返しするのはなんだか癪に障る。

「今は知らなくてもいい事だよ。どうせ後で知る事になるしね」

 ニコニコ、笑みを戻して、彼は言った。

「でも」

 それでも、異世界トリップという人間一度はあこがれる夢を目の前にぶら下げられたとはいえ、簡単にオッケーできる程ではない。

「いい、これは決定事項だ。で、君の特典だけど」

 決定事項だ。そのところだけ、妙に脳内に浸透して、なら仕方ない、という感情が芽生える。

「向こうに行ったら、脳内でホームボタンを押すといい。君の能力が知れるよ」

 ニコニコ、少年は笑った。

「じゃ、あとはテンプレ通り、って事で」

「え、ちょっと待ってよ」

「んじゃーね」


 直後、感じたのは浮遊感だった。

 足場が、突如として消えて、白い空間が壊れて、頭から大切な何かが消えていくような気がして。

 目の前は、うってかわり、暗黒に閉ざされた。
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