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なんか貴族になるらしいよ、私
八分の五話・貴族たちの心象
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「あんな庶民に助けられるなんて屈辱ですわ」
「そうよ、庶民は、黙って這いつくばって靴でも舐めてればいいのに」
「本当に。ねぇ? イザベラ様」
そういって、イザベラに媚びた視線を投げるのは、ブルジョワの娘だ。
本来なら、彼女のような、元庶民は、魔法は使えないはずだ。しかし、没落しかけの男爵の血を取り入れたとかで、簡単な魔法なら使える。もっとも、普通の貴族とは比べるまでもないけれど。
しかし、魔法が使える、というだけでイザベラより格上なのだ。………彼女たちは知る由もないし、知らなければイザベラは絶対の格上なのだけれど。
イザベラは、彼女という異分子がいる事を不快に思い、しかし彼女の言っている事には同調するので、軽くうなずいた。
そして、そのまま、どう考えても子供だけのお茶会で出すようなものではない品質の紅茶とお茶請けに手を伸ばす。
お茶請けは、「庶民に助けられるなんて」と言っていた、伯爵令嬢の家と契約しているパティシエの作ったガレットである。表面は、あらかじめ塗っていたであろう卵液によってつやつやと輝いている。一枚、口の中に入れると、濃厚なバターの香りが、アーモンドの香りと合わさって、鼻孔をくすぐる。一口噛めば、乗っかるようなバニラの香りと、しっとりしているのにサクサクとした食感が歯に触れる。かといって、くどいほど甘いわけではない。おそらく、生地に入っているであろう塩のおかげであろう。
最も、イザベラにとっては、「この程度」なのだ。おそらく、伯爵令嬢のパティシエが全力をなげうって作ったこのガレットであっても、イザベラお抱えのパティシエの作る、一枚一枚が芸術品のようなガレットには到底かなわない。素材も方法も、何もかも違うのだ。当然である。
イザベラの評価は、いつもと同じ。「この家格にしては、頑張った方であろう」である。
お茶は、ダージリンのファーストフラッシュだ。赤みがかった黄色の水色が、この茶葉のとれた時期を物語っている。鈴蘭のような、青林檎のような__詩的な表現になるが、若草のような香りが、離れているイザベラの鼻にも伝わる。はたして、これは紅茶本来の香りなのか、それとも魔術で増幅させた香りなのか。おそらく後者だろう。
味は、若干渋みが強い。しかし、負けず劣らずのコクと、強い甘みが感じられる。とろりとした液体は、普通の人なら飲み込んでしまう事すら惜しいと考えるだろうが、イザベラにとっては、やっぱり「この程度」なのである。
「どうでしょうか? イザベラ様」
「えぇ。なかなかね」
洗練された微笑みは、高い身長と相まって、ニ、三歳年上にも見える。すぐに、レース過多の扇子で覆われてしまったのが少し惜しいぐらいだ。
しかし、お菓子を食べ、お茶を飲み、どうでもいい会話を交わす事は、あくまでお茶会の脇役にしか過ぎない。
お茶会の真の目的というのは、大体どこかの令嬢が調子に乗っているだの、どこの家が没落しそうだの、そんな話をする事である。
今回の場合、話に上がるのは、当然ながらエルノアの事で。
「あの庶民、回復魔法なんか使って、何をしたかったのかしら」
「ええ本当に。しかも、使っていたのは【女神の杖】でしてよ」
「【女神の杖】が、神殿で管理されている大事な神具だと知らないのかしら」
そう。エルノアが作り出した、【女神の杖】は実在していたのだ。
最も、本物の【女神の杖】の材質は金属であり、申し訳程度の__にしてはやたらと神々しい光を放っていた__あの白い宝玉ははめられていない。
だからどう考えても、エルノアの持っていた【女神の杖】は偽物なのだが、
「もしかして、神殿から盗んだのかしら」
「いやだわ、これだから庶民は」
そんな、あるはずのない噂話をしている。
エルノアは、神殿に基本的な生活基盤を置く事になる。つまり、巫女見習いだ。神具の手入れなどを任される事になる……つまり、今は盗みたくとも盗む事などできるわけがないのだが。
イザベラは、隠す事のない悪意に同調し、助長し、より悪化させて行っている。
だって、自分が魔法を使えない事がもしばれたら、どうなるか分かったものではない。
確かに、エルノアがあの場にいなければ、教師もまとめて死んでいただろう。
「恩を売ったつもりなのかしら」
「そうですわ、きっとそうです!」
女子生徒が、やたらと強く肯定する。
「じゃあ、ちょっと痛い目を見てもらいますか」
「そうですわね」
「いいえ、報いというものです。これは神罰であり、私達は何も関与していない。いいですわね?」
一体何の報いなのだろうか、と考えざるを得ないイザベラの回答に、皆が首を縦に振る。
【神罰】。
いくらエルノアを虐めても、「イザベラに陰口を吐いた。神に選ばれた枢機卿の娘に暴言を吐くなど、神罰を受けても仕方がない」とでもでっち上げておけばいいだろう。
ただ一人、イザベラだけは、エルノアの見せた驚異的な魔力と召喚術を思い、「大丈夫かなぁ」と思っているが、取り巻きはみなやる気……いや殺る気なので、任せておけば大丈夫だろう。
イザベラは、丁度目の前のガレットと同じような甘い思想を胸に、令嬢を見つめた。
「そうよ、庶民は、黙って這いつくばって靴でも舐めてればいいのに」
「本当に。ねぇ? イザベラ様」
そういって、イザベラに媚びた視線を投げるのは、ブルジョワの娘だ。
本来なら、彼女のような、元庶民は、魔法は使えないはずだ。しかし、没落しかけの男爵の血を取り入れたとかで、簡単な魔法なら使える。もっとも、普通の貴族とは比べるまでもないけれど。
しかし、魔法が使える、というだけでイザベラより格上なのだ。………彼女たちは知る由もないし、知らなければイザベラは絶対の格上なのだけれど。
イザベラは、彼女という異分子がいる事を不快に思い、しかし彼女の言っている事には同調するので、軽くうなずいた。
そして、そのまま、どう考えても子供だけのお茶会で出すようなものではない品質の紅茶とお茶請けに手を伸ばす。
お茶請けは、「庶民に助けられるなんて」と言っていた、伯爵令嬢の家と契約しているパティシエの作ったガレットである。表面は、あらかじめ塗っていたであろう卵液によってつやつやと輝いている。一枚、口の中に入れると、濃厚なバターの香りが、アーモンドの香りと合わさって、鼻孔をくすぐる。一口噛めば、乗っかるようなバニラの香りと、しっとりしているのにサクサクとした食感が歯に触れる。かといって、くどいほど甘いわけではない。おそらく、生地に入っているであろう塩のおかげであろう。
最も、イザベラにとっては、「この程度」なのだ。おそらく、伯爵令嬢のパティシエが全力をなげうって作ったこのガレットであっても、イザベラお抱えのパティシエの作る、一枚一枚が芸術品のようなガレットには到底かなわない。素材も方法も、何もかも違うのだ。当然である。
イザベラの評価は、いつもと同じ。「この家格にしては、頑張った方であろう」である。
お茶は、ダージリンのファーストフラッシュだ。赤みがかった黄色の水色が、この茶葉のとれた時期を物語っている。鈴蘭のような、青林檎のような__詩的な表現になるが、若草のような香りが、離れているイザベラの鼻にも伝わる。はたして、これは紅茶本来の香りなのか、それとも魔術で増幅させた香りなのか。おそらく後者だろう。
味は、若干渋みが強い。しかし、負けず劣らずのコクと、強い甘みが感じられる。とろりとした液体は、普通の人なら飲み込んでしまう事すら惜しいと考えるだろうが、イザベラにとっては、やっぱり「この程度」なのである。
「どうでしょうか? イザベラ様」
「えぇ。なかなかね」
洗練された微笑みは、高い身長と相まって、ニ、三歳年上にも見える。すぐに、レース過多の扇子で覆われてしまったのが少し惜しいぐらいだ。
しかし、お菓子を食べ、お茶を飲み、どうでもいい会話を交わす事は、あくまでお茶会の脇役にしか過ぎない。
お茶会の真の目的というのは、大体どこかの令嬢が調子に乗っているだの、どこの家が没落しそうだの、そんな話をする事である。
今回の場合、話に上がるのは、当然ながらエルノアの事で。
「あの庶民、回復魔法なんか使って、何をしたかったのかしら」
「ええ本当に。しかも、使っていたのは【女神の杖】でしてよ」
「【女神の杖】が、神殿で管理されている大事な神具だと知らないのかしら」
そう。エルノアが作り出した、【女神の杖】は実在していたのだ。
最も、本物の【女神の杖】の材質は金属であり、申し訳程度の__にしてはやたらと神々しい光を放っていた__あの白い宝玉ははめられていない。
だからどう考えても、エルノアの持っていた【女神の杖】は偽物なのだが、
「もしかして、神殿から盗んだのかしら」
「いやだわ、これだから庶民は」
そんな、あるはずのない噂話をしている。
エルノアは、神殿に基本的な生活基盤を置く事になる。つまり、巫女見習いだ。神具の手入れなどを任される事になる……つまり、今は盗みたくとも盗む事などできるわけがないのだが。
イザベラは、隠す事のない悪意に同調し、助長し、より悪化させて行っている。
だって、自分が魔法を使えない事がもしばれたら、どうなるか分かったものではない。
確かに、エルノアがあの場にいなければ、教師もまとめて死んでいただろう。
「恩を売ったつもりなのかしら」
「そうですわ、きっとそうです!」
女子生徒が、やたらと強く肯定する。
「じゃあ、ちょっと痛い目を見てもらいますか」
「そうですわね」
「いいえ、報いというものです。これは神罰であり、私達は何も関与していない。いいですわね?」
一体何の報いなのだろうか、と考えざるを得ないイザベラの回答に、皆が首を縦に振る。
【神罰】。
いくらエルノアを虐めても、「イザベラに陰口を吐いた。神に選ばれた枢機卿の娘に暴言を吐くなど、神罰を受けても仕方がない」とでもでっち上げておけばいいだろう。
ただ一人、イザベラだけは、エルノアの見せた驚異的な魔力と召喚術を思い、「大丈夫かなぁ」と思っているが、取り巻きはみなやる気……いや殺る気なので、任せておけば大丈夫だろう。
イザベラは、丁度目の前のガレットと同じような甘い思想を胸に、令嬢を見つめた。
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