異世界行っても喘息は治らなかった。

万雪 マリア

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なんか貴族になるらしいよ、私

十話・トラウマ不可避

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 帰ってくるころには、いったいどれ程時間が経っていたのか、完全に朝日が昇っている。
 制服のままだったので、そのまま、女神の杖のちっちゃい版みたいなのを握って、寮の部屋から飛び出す。
 途中、なんだか笑われたりしたけど気にしない。うん、気にしないもんね!



「今日はトーナメント形式で試合をします」
 とは先生の言葉だ。
 なんでも、本来は昨日ので実力を測るつもりだったらしいが、キングガンクの登場でそうにもいかなかったらしく、トーナメント形式で実力を知り、一週間後に専攻分けがあるので、それに使うらしい。
 ちなみに、トーナメント表を見てみたが、「イザベラ=ユグドラ」という人物が、シードという名目で、決勝戦に自動進出となっていた。イザベラ、って誰?
 最初に戦うのは私だ。向かい会ったのは、内巻きの黒髪に、紅茶色の目をした少女だ。少女は、「まあ最初にわたくしに当たった事を後悔するとよろしくてよ」と言っていた。
 いやあ本当に後悔するべきである。
 ただしお前が。
「エルノア。ハルカ。両者位置について、構え」
 少女は、木製の棒を手に取った。よく見ると、先っぽに黒真珠のような、あるいは黒曜石のような宝珠が付いている。
「はじめっ!」
 そう言った瞬間であった。
 私が唖然としたのは。
 対峙している少女は、即座に「【ファイア】」と叫んだわけだが。
 ショボい。ものすごくショボかったのだ。
 ぽやん、と、小さな赤い光が灯る。ヘナヘナと力なくこちらに寄ってきたかと思うと、私に触れる前に弾け飛んで消えた。
 え、何? 今のがファイア? 私がやったのと全然違うんだけど?
 別の意味で唖然としていると、少女は、得意げに鼻を鳴らす。
 あ、うん。これが普通のレベルなのね。
 じゃあ、悪目立ちするなって言われてるし、かなり力をセーブして……。
 いや、冷静に考えると、微調整するよりパラノイア・ワールド使った方が速いじゃん!
「ところで」
「なによ」
 少女の後ろに軽い障壁と、水でできた無数の針を出現させる。
 水、と言っても、ダイアモンドを砕くぐらいの水圧になるまで圧縮しまくったものである。常人があたれば、ただじゃすまないのは確実だ。
「後ろには、気を付けた方がいいよ?」
 少女が振り返るも、時すでに遅し。障壁によって幾分か弱められた針が、少女に突き刺さる。
 貫通はしなかったものの、甲高い悲鳴を上げると、あまりのショックにか、腰が抜けてへたり込んでしまった。
 少女は、「あ……」と力なく座り込むと、「ああああああああああ」と頭を掻きむしり始めた。
 「あああああああああ」と叫ぶ。叫ぶ。聞いてるこちらの鼓膜が破れそうなぐらいに叫ぶ。
 やがて、少女の身に異変が起きた。肌がボロボロと灰の様に崩れて、眼球がボトリと転げ落ちた。
 さらに、濡れたカラスの羽のようだった髪の毛が、一瞬で白く染まり、やがて抜け落ちた。
 眼球が入っていたくぼみは、短い方をキュッと絞った楕円のような形になっていて、黒かったはずなのに紅く光輝いている。
 やがて、口から大量の血液と嘔吐物とそのどれでもない黒い蟲のようなものを吐き出して、
 え、何このトラウマ。
 私の唇からは、意図したわけでもないのに「うえ」と音が出る。
 直後、少女だったモノが落とした、紅茶色の眼球と、自分の目が合ったような錯覚に陥った。
 それと同時に、目の前にあるが元は人間だった事__。
 それも、ついさっきまで目の前で軽口を叩いていた人間だった事__。
 否応なしに突きつけられた現実は、あまりに残酷だった。
 たとえ、ほとんど初対面のような人物だったとしても。
 目の前で、人が、死んだのだ。

 気付いたら、私の口は、勝手に悲鳴を上げていた。
 甲高い声が、実習棟を埋める。
 すぐに喉がからからと渇き、壊れた笛みたいな不協和音を上げる。
 溢れるまでの涙は熱いぐらいなのに、頬を伝う頃には全身に鳥肌が立つぐらい冷たい。いや、別の事で鳥肌が立っているのかもしれない。
 涙は止まらない。余計体内の水分が奪われたからか、不協和音ですらない、はくはくという喘ぎが、口から漏れていく。
 目の前のヒトだったモノは、驚く事にさらに変化を続けていた。
 僅かに残った肉が再生し、くっつく。ただし、ありえない方向に関節がねじ曲がり、ブリッジ運動をした時のような体勢になる。ただし、内側に折れた腕と、異様な方向にねじ曲がった首が、もう人じゃないと言うかのようだった。
 さらに、筋肉が、丁度さっき崩れ去った皮膚のように、ボロボロと灰色の塊になって崩れ落ちていく。 
 もはやもとがなんだったのか、思い出す事もできない。
 欠片ほど残った本能が、眠れ、眠れ、と叫ぶ。
 見てはいけない。このまま直視していれば、気が狂う。
 まるで、パソコンの強制シャットダウンみたいに、無理矢理意識が閉じられる。この体の、防衛本能なのだろうか?
 倒れ込む直前に見たのは、少女だったモノが、まるで最初から灰でできた細工みたいに、サラサラ、崩れ去っていく所だった。





 使えないわね。
 イザベラは、自分が魔法を使えないのは棚に上げて、あのブルジョアを罵っていた。
 彼女を構成していた魔子を、空中で分解したのだ。ただし、奇麗に消えるはずもなかったのだが。
 いらないモノは、捨てればいい。
 代えは、いくらでも効くのだ。
 実際、少女と同じような待遇のものは、学校を探せばどこにでもいる。
 使えないモノは捨てる。イザベラは、欠けたマグカップを捨てるのと同じ感覚で人を捨てていた。
 いや、イザベラだけでない。全ての貴族には、同じような意識が植え付けられているのだ。
 甘やかされて育ったイザベラには、それが間違っていると考える材料も、教える大人もいなかった。


 だって、そうでしょう?
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