異世界行っても喘息は治らなかった。

万雪 マリア

文字の大きさ
20 / 60
勝手に勇者にされました。まる。

十四話・襲撃イベキタコレ

しおりを挟む
 気が付いたら、目の前の皿は真っ白。カス一つ残っていない。
 口の中に残る、さっぱりとした香りが名残惜しい。もっと味わって食べればよかった。
 その時、体の中で一つ、きしむような音がした。……気のせいかな? そうだと思いたい。
 かちこち、部屋の中の時計の針が、やけに大きく響いた。
 外には、よく手入れされた庭が。
 ……ちょっと散歩してみようかな?
 喘息対策は十分にしてある。というか、魔力で飽和してるだけだけど。
 ちょっと、試してみたい魔法があるんだよね。
「【フラ……げほっ!」
 大きくせき込んだ。
 せきは止まらず、タンまで出てくる。
 口の中に苦いものがたまる。
 しかし、詠唱をやめようと思うと、すぐにせきは止まった。
 あきらめて普通に外に出ることにした。




 奇跡的に誰にも見つからず外に出ることができた。
 真昼なのに、色濃い花の香りが立ち込める。薄緑の庭木は目にも優しい。
 青い薔薇、黄色い百合、赤い牡丹……どれも、領色をテーマにしているのだろう。黒い金属製の、緻密な模様のアーチには、弦薔薇が絡みついている。
 ……ん?
 遠くに、何かが見える?
 この体は視力がいい。両目視力は、どちらも1,5を超えている自信がある。
 柔らかいミルクチョコレート色の髪の毛に、褐色と白色の中間の肌。神経質が出ている顔。瞳は冴え冴えするようなアイスブルーだ。服装は、小奇麗だとはいえ、貴族が着るような華美な洋服じゃない。どちにかというと、商人が普段店で着る制服……みたいな?
 ……んー?
 よく覚えてないが……なーんか会ったことがあるような……………?
 正門の前に、男性がいる。
 しかも、なんか門叩いてる。
 いやダメでしょ。身なりからして貴族ではないだろうけど、貴賤関係なく人の家の門叩くのはだめでしょ。
 これは、一応、形だけだけど、というかあんな身内いらないけど、この家の養女として追っ払うべきでしょ。
 門の方に向かうと、やっぱりどこかで見たことあるような気がする。
 んー……。

 ……………あ!

 あれだ。ほぼ一回しか会ってないようなモンだけど、一応肉親関係にある、お兄ちゃん__もとい、ジン・スターライトだ。
 いやあ、アンチェ姉さんの抹茶髪と緑目が頭に残ってたから、とっさに出なかったよ。
 でも、肉親だからって容赦はしないよ。
 だって、まともにあったのって一回だけだもん。
 ジン兄さんは、私を見つけると、門越しに声をかけてきた。
「あ、キミ家の人? ちょっとノア呼んでくれない? ジンお兄ちゃんが来ましたよーって言ったら絶対来るから」
 どうやら私がその「ノア」だとわかっていないようだ。
 ……ところでその「ノア」ってなんなんだろ? 「ノア」って男性名のはずだよね? あだ名なら「ノア」よりも「エル」とか「エルー」じゃないの?
「ええ。家の人です。__お久しぶりですね」
 敬語は性に合わない。
 ジン兄さんは、頭に二個ぐらいはてなマークを浮かべている。
 ああ、そうか。成長したからわからないんだ。
「ジン、お兄様?」
 ジン兄さんは一瞬硬直したあと、私を指さして、
「ノア、なのか……?」
 と聞いた。
「うん。エルノアだよ。久しぶりね」
 このさい、人を指すなと言うのは無粋なものだろう。
 だってこれは、感動(?)の再開(?)なのだ。



 私がエルノアだとわかると、もともとでかかった態度がよりでかくなった。
「久しぶりだね、妹よ。挨拶もそこそこに、本題に入らせてもらうね」
 柔和な笑みを浮かべた。
 私は、とりあえず中に入れてあげよう、門の前に立たすのも忍びないし、また叩かれても困るし……と思いながら。
「君の」
「私の?」
 そこで、とたんに声を切って無表情となる。
「僕は、薬売りの商人になるんだ。それになるための努力もしてるし、才能もある」
 あー……。
 これアレだわ。勝手に才能があると勘違いしてる、中二病に多いパターン。
「だけど、大店おおなたの旦那は僕の才能を理解してないんだ! この僕を、クビにしやがった!」
 と、声をほどほどに抑えて叫んだ。
 うん確定。こいつ、能力があると勘違いしてる系中二病だ。一番典型的な例は、「くっ俺のレフトハンドが……!」と言いながら押さえるヤツ。まだそういうヤツじゃかっただけよいとしよう。
「でねエルノア。お兄ちゃんは調べたんだよ。魔法使いの血には薬の作用があるって。魔力が強いほど強い薬になるって」
 んあれ? なんか嫌な予感が……。
 てか、ということは、私の体って薬ってコト? 喘息もちで体が薬ってなんか矛盾してる。
 ジン兄さんはこちらを見て、少し笑った。
「エルノアは平民だから大した魔力にはならないだろうけど、お兄ちゃんのために、その体、役立ててやるよ!」
 その瞬間、腕に強い痛みを感じた。
 はじかれたように見ると、ジン兄さん……いやジンの手には血の付いたナイフ。私の腕には、そりゃあ見事な赤い筋ができてる。
 とっさに、「【ヒール】!」と叫んだ。
 傷口はふさがり、大した痛みもなくなる。
「駄目じゃないか、エルノア。お兄ちゃんの役に立ちたいだろ?」
 いやな笑みを浮かべてこちらを見る。
 超警戒。即座に魔法を使って対処セヨ。
 頭の中でそんなアナウンスが流れる。
 お兄ちゃんは、地面に落ちた私の血を、嬉しそうに瓶に詰める。
 でも。
 私の血が、ジンの指に触れた瞬間だった。


 血から、まばゆい蜜柑色の光が放たれて、そのまぶしさに目を閉じた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】ドアマットに気付かない系夫の謝罪は死んだ妻には届かない 

堀 和三盆
恋愛
 一年にわたる長期出張から戻ると、愛する妻のシェルタが帰らぬ人になっていた。流行病に罹ったらしく、感染を避けるためにと火葬をされて骨になった妻は墓の下。  信じられなかった。  母を責め使用人を責めて暴れ回って、僕は自らの身に降りかかった突然の不幸を嘆いた。まだ、結婚して3年もたっていないというのに……。  そんな中。僕は遺品の整理中に隠すようにして仕舞われていた妻の日記帳を見つけてしまう。愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。  日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

少し冷めた村人少年の冒険記 2

mizuno sei
ファンタジー
 地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。  不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。  旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...