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【30】知者と恥者

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「では皆さんここからは私、時定が指揮を致します。策を講じますので兄上は十分に惣一郎を引き付け撤退をしてください。それも本気の撤退です」

「惣一郎相手となると気に食わんが、時定が言うのだ……あいわかった」

「此度は釣り野伏せを使用します。望月殿はよく存じ上げてると思いますが改めて説明致します。
 全軍を三隊に分け、そのうち二隊をあらかじめ左右に伏せさせておきます。
 機を見て敵を三方から囲み包囲殲滅する戦法です。 まず中央、兄上の部隊のみが敵に正面から当たり、敗走を装いながら後退してください。これが「釣り」であり、敵が追撃するために前進すると、左の望月部隊、右の久我軍が両側から伏兵として襲います。
 これが「野伏せ」であり、このとき敗走を装っていた中央、兄上の部隊が反転し逆襲に転じることで三面包囲が完成します。
 更に我々の部隊が、その隙に後方へ周り惣一郎以外を完全に叩きのめします」

「なるほど釣り野伏せの応用版か。よう考えちょうやないか」
(なるほど釣り野伏せの応用版か。よく考えてるじゃないか)

「久我!聞こえたな?時定の号令で動けよ!大事な時におしゃぶりに吸い付いたままになるなよ!」

「うるさいでちゅね!おしゃぶりは付属品みたいなものでちゅよ!時定よ、指示を頼むぞ」

「し、くくっ……承知しました」

「今、笑ったでちゅか?笑ったでちゅよね!?」

「でちゅでちゅやかましいわ!少し黙っとれ!貴様が喋るだけで士気が下がるわ!」

「全く相変わらず無礼な男でちゅね。ええい!もうよいわ!」

 久我の目付きが一気に変わった。

「全軍!時定の号令があるまで絶対に動くなよ!動いたものには、わし自らその首を
 ねてやるわ!覚悟せい!!」

「ははっ!!!」

 流石は天下人の軍。たった1度の号令により全兵士の目付きが一瞬で変わった。


 前方の魔女軍本隊に対面する時宗隊。
 全体にほんの数秒間、静寂が訪れる。

 その瞬間は不意に訪れた。

 先手を切ったのは時宗隊。

「全軍!惣一郎の首を取れーーー!!!」

「おぉぉぉーーー!!!」

「付け上がりおって!雑兵どもが!皆殺しだぁぁぁーーー!!!時宗の首を取れば全て終わる!!最優先で奴を狙え!!」

「皆!怯えることはない!前を向いて戦え!お前達は俺の背中を見てればよい!」

 奮戦するも数で劣る時宗隊がジリジリと押されて来た。

「引くな!ここが踏ん張り時だ!!」

「はっはっは!見たか!時宗!結局はお前の負けということだ!
 全軍一気に押せーーー!!!」

 一気に時宗隊のデッドラインまで進行して来た魔女軍。
 奮戦するも撤退を余儀なくされている時宗隊。

「ちっ!全軍撤退だ!いいか!誰も死ぬな!殿しんがりは俺が担う!
 全軍下がれ!!」

 次に時宗隊は武士軍のセーフティーラインまで、ゆっくりと下がっていった。

「はっはっは!追い詰めたぞ。不出来な弟よ。いざ、今一度死ぬがいい……
 し……っ!?」

「今です!全軍攻撃開始です!」

 各地で号令が下される。

 久我陣営。

「時定からの指示でちゅ!全軍!蹂躙せよ!」

「おぉぉぉーーー!!!」

 望月隊。

「全員準備はよかね?すり潰せ!!」
(全員準備はいいね?すり潰せ!!)

「おぉぉぉーーー!!!」

 時宗隊。

「全軍!反転!撫で斬りじゃぁ!!」

「おぉぉぉーーー!!!」

 戸惑い隊列も乱れ、最早軍となさなくなっていた。

「ええい!怯むでない!全員隊列を組み直せ!」

 しかし1度崩れた隊列はそう簡単に戻らなかった。1つは惣一郎が率いる魔女軍は即興軍であったこと。これもまた大きな原因だったであろう。

 崩れた隊は1つまた1つとほころびから薙ぎ倒されていった。
 これを非常事態と感じ取った惣一郎は、直ぐ様撤退のために退路を確保しようと動き出す。

「全軍撤退だ!早急に退路を確保せよ!」

「惣一郎さまからの命令だ!退路だ!退路を……!?」

 撤退する軍が見たものは絶望に満ちた光景だった。

「おぉぉぉーーー!!!」

「全軍!退路を潰しなさい!」

「なにぃぃーー!!!」

 すぐ後ろに現れたのは、先ほどまで武士軍の後方で指揮をしていた時定軍が、突然唯一の退路に現れたのだ。

「なぜ貴様がそこにいるのだぁ!!
 おのれぇ!時定ぁ!!!」

「全部隊に告げます!惣一郎以外を皆殺しにしてください!決して惣一郎を殺してはなりません。我等との格の違いを惣一郎に見せつけてください!」

「承知!」

「任せるでちゅ!」

「了解だ!」

 そこからはただの蹂躙行為であった。
 逃げ惑う者にも一切の情け容赦はなく、徹底的に殺されていった。

 ものの数十分程でその場に立っている敵は惣一郎のみとなった。

「なんという失態……ルミエラに会わす顔がない」

「相変わらず愚かな男でちゅね。時定の指示がなくば、わしの手で責任を取っていたところでちゅ」

「そうだな。久我の言う通り定の言葉がなければ、お前など100万回殺してるところだ」

「ならば殺すがいい。殺せ!!さぁ!どうしたんだよ!やれよ!」

さえずるな。お前などいつでも殺せる。行くがいい、次は兄上や久我殿の好きなようにしてもらう。見逃すのはこれが最後だ。失せろ、惣一郎」

 優しい時定には似つかわしくない言葉遣いであった。

 それは時定自身の覚悟を決めた、決別の言葉でもあった。

「覚えていろ……必ず、必ず俺を逃がした事を後悔させてやる。必ずお前達の首をルミエラに差し出してやる」

「負け犬の遠吠えにしか聞こえんな」

「でちゅね。この場合、時定が知将ならば惣一郎は最後の最後まで恥将でちゅね」

「おしゃぶり将軍も上手いこと言うじゃねーか!」

「おしゃぶり言うなでちゅ!おしゃぶりはオプションでちゅよ!
 ふ・ぞ・く・ひ・ん!!」

「うっるさいわ!でっかい声で!
 大体気持ちわりんだよ!顔はオッサンなのにおしゃぶり咥えて、ちんちくりんなんてよ!」

「仕方ないじゃないでちゅか!こっちに転生した時には既にこの姿だったんでちゅから!カスタマイズ出来るなら強くてニューゲームにするでちゅよ!」

「なに?強くてニューゲームって?」

「知らないでちゅ!」

「いや、お前も知らんのかーい!」

「兄上も久我殿も落ち着いて……」

「と、とにかく俺たちが占領した地域は大きくなった。勝って兜の緒を締めよ!だぞ」

「でちゅね」

「だな」

 武士軍による完全勝利に終わり、魔女軍の防衛ラインは大きく後退する事となった。

「すまないルミエラ……私を罰してくれ」

「何を言う。そなたを罰する筈がないであろう。兵はまた作ればよい。それよりも疲れたであろう、ゆっくり休むのだ」
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