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【31】雷玄の凄み

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 第一次大規模侵攻から日を待たずして、第二次大規模侵攻作戦が始まろうとしていた。
 作戦の指揮を取るのは御館さまこと岸島雷玄。
 嘗て西の狂王きょうおうと言われていた戦バカである。

「それでは、次の作戦に移行しましょう。ここで別動隊の出番となります。御館さまを軸に動いてください。
 部隊は……
 第二部隊:岸島雷玄隊
 第五部隊:晴乃利光隊
 第七部隊:ヒューズ隊
 三部隊の出番です。パミラ殿は本陣待機で宜しくお願いします。
 今あなたを失うのは大きな損失になりますので。
 予定よりも早く惣一郎が一度出陣してきましたが、やはり最終砦は生易しくない魔女軍本隊を引き連れて、今一度惣一郎が出てくるでしょう」

「だろうな。そうと分かっていながら、わしは出らんでよいのか?」

「今回は力押しでも頭脳戦でもありませんからね。単純な城攻めです。相手は間違いなく籠城してくるでしょう。奴らにとってあの砦が最終ですからね。なので時間をかけて確実に削ぎ落とします」

「その期間はいか程と考えてる?」

「考えてません」

「え?」

「今回に関しては期間に定めなく包囲します。そうですねー……奴らがこの包囲が日常と思えるまで永遠に、とまで言っておきます。勿論、兵の入れ替えはしますよ。
 徐々に疲弊させていき、惣一郎にとって貴重な時間を奪っていきます」

「時間?」

「結局のところ、惣一郎を殺さず戦闘を回避するならば、完全包囲を続け戦わずして砦を奪うほうが無難なのです。あ、少し言葉を間違えましたね。勿論、投降してくる者、逃げ出して来る者は容赦なく殺してくださいね。
 ねた首は砦の中にどんどん投げ入れてください。これで簡単に士気は下がります」

「あの時俺たちをあぶり出した方法か……相変わらず容赦のないやり方だ……」

「砦陥落と同時に本城付近の全方向に砦を築きます。そしてここからが重要です。まぁ結果として2年後の話にはなると思いますが、ルミエラが出産を迎える瞬間に全軍一斉攻撃を開始し、ルミエラの子と総一郎を殺します」

「それでは姫様は!?」

「残念ながらこのタイミングがベストなんです」

「ふざけるな!約定と違うではないか!」

「助けない。とは言ってませんよね?あくまでも助ける上でのタイミングが、ここってだけですよ。そうですね……まぁあなたの危惧するように大きな危険も伴いますが、世界を守り姫を守るなんて難易度の高すぎるミッションを成功させるには、多少の危険を措かさないとうまく行きませんよ」

「それで姫様が死んだら……殺してやる」

「ご自由に」

「おいヒューズ。時定の話を遮るな」

 雷玄の何気ない一言ではあったが、雷玄の顔を見たヒューズの背筋は一瞬にして凍り、飼い猫のような姿になる。

 ヒューズが見た雷玄の目はハンターが獲物を仕留める瞬間の目をしつつも、強者が弱者を往なすような顔にも映ったからである。

「す、すみませんでした」

「いいえ、ヒューズ殿あなたの思いも分かりますので私は敢えて何も言いません。
 ただ1つだけ言葉を贈らせてもらいます。
 私情を挟み大局を見誤るな。
 これだけは肝に銘じて今後動いてください。あなたではないと救えない場面もあります」

「し、承知した……」

「かくいう私も私情を挟んでしまい1度は死んでいる人間です。だからこそ分かるのです。あの時、こう動けば誰も死ななかったなど。それゆえに此度の戦には一切の私情を挟んでおりません。それはここにいる武士たち全員です。
 ヒューズ殿、今一度冷静になって周りを見渡されよ」

 ゆっくりと1人1人の顔を見渡すヒューズ。
 1人また1人と見ていく中でヒューズは自然と落ち着きを取り戻していった。と同時に絶大なる安心感に満たされていった。

「見えましたか?」

「時定殿……武士とは物凄いな。先程は大変失礼をした。そして改めて礼を言う。
 心より感謝する」

「礼を言うにはまだ早い。その礼は全てが終って、改めて聞かせてください」

「あ、ああ。すまない。ありがとう」

 暫く静寂が訪れ、雷玄が口を開く。

「作戦は全て理解した。定、包囲に必要な兵を10日に1度入れ替えてくれ。極限状態で人の集中力が保てるのは、その程度だ。よいな、全ての兵を10日に1度、必ず入れ替えろ」

「はっ。心得ております」

「ならばよし。では取り掛かるとするかの。利光、ヒューズ。着いて参れ」

「承知つかまつった!」

「承りました」


 雷玄は利光とヒューズを連れて包囲する場所の地形などをゆっくりと歩きながら確認をしていた。時定も雷玄の指示を承る為に共に歩くことにした。
 時に地面に触れ草木を撫で、1つ1つ何かを確認し頷きながら。

 利光とヒューズには雷玄がしている行動の意味は何も分からなかった。

 そんな時間が淡々と過ぎていき、ふと雷玄の足が止まった。

「雷玄殿?」

「ここだな。定!ここは4でヒューズを配置しろ」

「はっ!」

「ここからここまでは1でいいが副長クラスを置いておけ」

「はっ!」

「ここは2で利光を配置な」

「はっ!」

「残りのこの場所は1で俺が入る」

「はっ!」

「それを踏まえた上で策を練ろ。特にヒューズの場所には幾重の仕掛けも用意しておけよ。あそこで多くの者を刈り取れる」

「心得ております」

 利光は知っていた。雷玄が攻城戦と包囲戦の鬼であることを。ゆえに驚きはなかったが味方側で見たときに、とんでもない絶景だと思えた。

 ヒューズは知らなかった。この布陣の凄みとカラクリが。

「雷玄殿、これはいったい……」

「ん?あーまぁ取り敢えず各々配置について、定の指示に従っとけ。そうすりゃ意味は自然と分かる」

「不安のまま配置につくのはちょっと……」

「うるさいのぉ。説明するのが難しいんじゃ。黙って持ち場につきやがれ」

「貴方といい、時宗殿といい本当に荒い人が多いようですね。その岸の国とは」

「だからなんだよ。てめぇはいちいち頭で考えすぎなんだよ!少しは自分の感覚を信じて動いてみやがれ」

「ヒューズ殿、申し訳ないがこれに関しては雷玄殿が正しい。正論ばかり並べても行動が伴っていなければ、相手に信用されない。相手に信用されたいなら、時に直感で動き結果を残せ。答弁はその時にするといい」

「ヒューズ殿、殿の人の才を見抜く目は一級品です。それも戦に置いてどの位置に誰を配置し、人数比率も考え常に最善の配置をされます。あなたがこの包囲網の要所に布陣されることを誇りに思っていただいて結構です。
 武の化身と言われた浮島時宗と浮島時定の大殿おおとのというだけでは、ご納得頂けませんでしょうか?」

「い、いや……す、すまない。十分だ」

「定、包囲は最低でも1年はする予定だ。そこで時宗たちには別行動をさせる予定なんだろ?お前はお前の指示をしっかりと伝達出来る副官のみを置いて、お前は時宗の元へ戻れ。こっちは任せておけ」

「承知いたしました。それでは利光殿、ヒューズ殿、そして御館さま。
 どうかご武運を」

「おう!」


 こうして惣一郎が立て籠る砦の長い長い包囲戦が始まった。
 一見してみると根比べのように感じるが、惣一郎という男に根気はない。

 必ずどこかで仕掛けてくる。そのタイミングは絶対に逃さず戦力を刈り取りながら苦しめていく、惣一郎が逆立ちしても勝てない作戦が今、始まった。


 一方その頃時宗と久我陣営はというと、うん。普通に宴会してただけだったようだ。

 これ主人公時宗じゃなくて時定じゃね?
 って思ってしまうくらい時定が活躍しまくっている事は、時宗には内緒にしておこう……
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