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夢を見ていたと、彼女は言った。
たった今、隣で目を覚ましたばかりの彼女は、そう言って今の夢の名残りを惜しむように微笑んだあと、ふと大事なことに気づいたような顔になった。
「今、お前には無理だろって顔してません?」
イタズラっぽい笑顔を浮かべて、ボクを試すように質問する。不覚にも、その笑顔に胸が高鳴ってしまう。
「何がですか?」
わざと驚いた声を出した。表情を作る必要はなかったのに、ぎこちない作り笑いも浮かべてしまう。
「だって、目が見えないのに、どうやって夢なんて見るんだって、普通は思うじゃないですか」
「まあ、確かに、ちょっとだけ思った」
窮屈な市バスの座席だと、距離が近過ぎてどうしても彼女の横顔が目に入る。見ていると、嘘を吐くことが後ろめたくなって、あっさりと認めた。
すると彼女、島本沙織さんは、悲しんだり怒ったりするような素振りはなく、やっぱりという嬉しそうな顔になって、今朝の笑顔を取り戻して続けた。
「じゃあ、目が見えない人間の、夢ってどんな感じだと思います?」
沙織さんの横顔の向こうに、京都市内の街並みが流れる。いつも、タクシーや観光バスで渋滞が頻発する道なのに、今日に限って車は流れるように進んだ。
「どんなって? そうですね・・・」
時間を稼ぐために、考えるフリをして彼女の膝元に目を落とした。まだ、一枚の写真を手に持って、大事そうに丸くなった角を指で撫でている。
「真っ暗で、音だけ聞こえるとか?」
気を遣い過ぎて回りくどい言い方をすると、余計に傷つけてしまうような気がして、思ったままを口にした。
「生まれつき目が見えない人は、そういう人もいるみたいですけど」
「島本さんの場合には?」
質問を返したが、思いがけず声が裏返ってしまった。動揺を隠したくて、一度咳払いをしたが、沙織さんは特に何も気にしていない様子で微笑みを絶やさない。
目が見えないのにムスッと黙ってると、誰も話しかけてくれないから、いつも笑うようにしている。初めて会ったとき、そんな風に教えてくれたことを思い出した。
彼女は今朝、「これが、お母さんとわたしの唯一の写真なんです」と、懇願するようにボクにその写真を預け、写真の場所に連れて行ってほしいと依頼したのだ。
「わたしの場合、5歳の頃まではまだ見えてたんで、ちょっと違うんですよ」
クイズの回答を披露する子どものように、沙織さんは得意げに話す。ボクも相槌を打ちながら続きを促すが、正直なところ、それどころではなかった。
あと、10分足らずで目的の場所に到着してしまう。その前に、何か言い訳のようなものを考えておきたかった。
改めて、沙織さんの膝元の写真を見た。
それは、ただのアスファルトの写真だった。
カメラを下に向けたままシャッターが切れたのだろう、暗い地面がぼやけて浮かぶだけの、撮り損ねた写真だ。
沙織さんは、16歳だと言っていた。ボクと同い年だ。事前に聞いていた彼女の母親が亡くなった時期も考慮すると、もしかして1年もの間、母親の写真だと思いながら、暗い地面の写真に手でも合わせていたのかもしれない。
「不思議なんですけど、夢の中では、目が見えるんですよね」
沙織さんの頬は緩み、笑顔が自然に溢れていた。良い夢でも見たのだろうか。写真を撫でる指先も、どこか穏やかで優しい。だが、それが余計に胸をざわつかせる。
「夢の中では、目が見えて、どんな場所にも行けるのに、目が覚めたらまた何も見えない状態に戻ってるんです」
どう返事をすればいいか迷っていると、バスのアナウンスから、目的地の名前が聞こえてきた。
ボクはまだ打ち明けることができなかった。先週から、何度も彼女の身体に転生しているということをどう説明すればいいか迷っていた。
たった今、隣で目を覚ましたばかりの彼女は、そう言って今の夢の名残りを惜しむように微笑んだあと、ふと大事なことに気づいたような顔になった。
「今、お前には無理だろって顔してません?」
イタズラっぽい笑顔を浮かべて、ボクを試すように質問する。不覚にも、その笑顔に胸が高鳴ってしまう。
「何がですか?」
わざと驚いた声を出した。表情を作る必要はなかったのに、ぎこちない作り笑いも浮かべてしまう。
「だって、目が見えないのに、どうやって夢なんて見るんだって、普通は思うじゃないですか」
「まあ、確かに、ちょっとだけ思った」
窮屈な市バスの座席だと、距離が近過ぎてどうしても彼女の横顔が目に入る。見ていると、嘘を吐くことが後ろめたくなって、あっさりと認めた。
すると彼女、島本沙織さんは、悲しんだり怒ったりするような素振りはなく、やっぱりという嬉しそうな顔になって、今朝の笑顔を取り戻して続けた。
「じゃあ、目が見えない人間の、夢ってどんな感じだと思います?」
沙織さんの横顔の向こうに、京都市内の街並みが流れる。いつも、タクシーや観光バスで渋滞が頻発する道なのに、今日に限って車は流れるように進んだ。
「どんなって? そうですね・・・」
時間を稼ぐために、考えるフリをして彼女の膝元に目を落とした。まだ、一枚の写真を手に持って、大事そうに丸くなった角を指で撫でている。
「真っ暗で、音だけ聞こえるとか?」
気を遣い過ぎて回りくどい言い方をすると、余計に傷つけてしまうような気がして、思ったままを口にした。
「生まれつき目が見えない人は、そういう人もいるみたいですけど」
「島本さんの場合には?」
質問を返したが、思いがけず声が裏返ってしまった。動揺を隠したくて、一度咳払いをしたが、沙織さんは特に何も気にしていない様子で微笑みを絶やさない。
目が見えないのにムスッと黙ってると、誰も話しかけてくれないから、いつも笑うようにしている。初めて会ったとき、そんな風に教えてくれたことを思い出した。
彼女は今朝、「これが、お母さんとわたしの唯一の写真なんです」と、懇願するようにボクにその写真を預け、写真の場所に連れて行ってほしいと依頼したのだ。
「わたしの場合、5歳の頃まではまだ見えてたんで、ちょっと違うんですよ」
クイズの回答を披露する子どものように、沙織さんは得意げに話す。ボクも相槌を打ちながら続きを促すが、正直なところ、それどころではなかった。
あと、10分足らずで目的の場所に到着してしまう。その前に、何か言い訳のようなものを考えておきたかった。
改めて、沙織さんの膝元の写真を見た。
それは、ただのアスファルトの写真だった。
カメラを下に向けたままシャッターが切れたのだろう、暗い地面がぼやけて浮かぶだけの、撮り損ねた写真だ。
沙織さんは、16歳だと言っていた。ボクと同い年だ。事前に聞いていた彼女の母親が亡くなった時期も考慮すると、もしかして1年もの間、母親の写真だと思いながら、暗い地面の写真に手でも合わせていたのかもしれない。
「不思議なんですけど、夢の中では、目が見えるんですよね」
沙織さんの頬は緩み、笑顔が自然に溢れていた。良い夢でも見たのだろうか。写真を撫でる指先も、どこか穏やかで優しい。だが、それが余計に胸をざわつかせる。
「夢の中では、目が見えて、どんな場所にも行けるのに、目が覚めたらまた何も見えない状態に戻ってるんです」
どう返事をすればいいか迷っていると、バスのアナウンスから、目的地の名前が聞こえてきた。
ボクはまだ打ち明けることができなかった。先週から、何度も彼女の身体に転生しているということをどう説明すればいいか迷っていた。
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