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第一章

少年期7

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 翌日、アドルフはフリーデと図書室で落ち合った。

「君はひどいやつだな。話を持ちかけておきながら、自分で考えさせるなんて。おかげで昨晩は夜明け近くまで眠れなかったぞ!」

 目を合わせるとすかさずフリーデが絡んでくる。昨日の一件で距離感が少し縮まった様子だが、かわりに鬼のような形相で睨んでくる。

 そう、アドルフは〈計画〉の立案を請け負う一方、そのアウトラインは語らず、「自分ならどうするか、考えてこい」と言い放ったのだ。

 理由は明白である。他人に任せきりでは責任感が希薄になるのだ。自分の考えで動いてこそ、人間は精神に負荷をかけ、成長する。よってアドルフは、自分の立場を改善するには何が必要かを自分の頭で考えてこいと告げてあったのだ。

「さて、宿題の答えは出たかね?」

 急に大人びた声でいうアドルフだが、寝不足の掠れた声でフリーデが答える。

「当たり前だ、必死に考えたんだから。ただし、正解かどうかはわからない」
「間違っていてもよいのだ。自分の頭を使うことに意味がある」

 アドルフがフォローを入れると、フリーデが切れ長の目を細めて若干ためらいながら言った。

「結論からいうと、院長先生に相談したほうがいいと思う。最初は力づくで解決する方法を模索した。僕は魔法を学んでいるし、ヤーヒムをはじめ、子供相手なら、戦えば勝てる自信はあった。でもそこで考え直したんだ。力で屈服させるだけでは不十分だと」

 フリーデが言い終わると、すかさずアドルフが問いを放った。

「ふむ。なぜそう思った?」

 感心したような顔をするアドルフに、フリーデはさらに答えた。

「おそらくこの国の社会は、魔人族が圧倒的な力をもっているからこそ、僕たち亜人族に差別を強いている。同じ真似をしたくなかったというのがひとつめの理由。もうひとつは、力を使って勝ち、相手を屈服させても、差別をなくしたことにはならないからだ。僕という個人の立場を変えられても、全体を変えることにはならない。だから不十分だと思ったし、根本的な解決に到るには院長先生の助言を貰い、大人の知恵を武器としたい」

 ここまで話を聞いたアドルフは、フリーデの出した答えに及第点を与えた。彼自身、暴力を使った問題解決は下策だと思っており、だからこそフリーデと同じように夜更けまで対策を練った。

 つまり暴力を否定する点で両者は同じような結論に到っていたわけで、期待以上の回答を出したフリーデをアドルフは率直に褒め、こう付け加えた。

「院長先生に知恵を拝借する必要はない。先生がもたらす程度の考えを、我の〈計画〉は確実に上まわっておる。先生にはべつの面で役立って貰う」

 父親のような存在の院長先生を、自分と同格か、それ以下の存在と見なす発言に、さすがのフリーデも呆気にとられた顔になる。しかしアドルフは、話し合いをまとめにかかったのか、腰かけた椅子から立ち上がって思わせぶりに言った。

「そういえば、フリーデよ。金はもってきたか?」

 念を押すようなひと言に、フリーデは慌てて反応する。

「これだけしかなかったけど、足りるのか?」

 彼女が上着のポケットから取り出したのは、お小遣いを貯めたものであろう一〇〇クロナ貨幣だ。部屋に置いておくと盗まれるので肌身離さず所持していたようだ。

「十分である。我の九〇〇クロナと合わせれば、目標額は越えた」

 金の話になった途端、嬉しそうに笑うアドルフだが、フリーデはその目的を知らないうえに、アドルフの貯めた額の大きさにも驚いた。

「ずいぶん大金をもっているんだな。まさかこれまでのお小遣いを全部貯めたのか?」
「正解である。我はこの脚が治った暁には、自前のチェイカを買うつもりでおる」

 そう、当初は純粋な好奇心から、しかしいまでは冒険者になるという目的のために、アドルフは大金を貯めている真っ最中だった。けれどそんな大事な金を、この場面で叩いてしまっていいのだろうか。不安を感じたとおぼしきフリーデは、アドルフの取り出した貨幣をまじまじと見た。

 その視線の意味も知らずアドルフは、図太い顔つきで言った。

「今日は授業のない、自由行動の日である。先生は邸宅におるであろ。すぐに押しかけるぞ」

 院長先生の邸宅は〈施設〉のすぐ裏にあるため、時間はまったくかからない。大人なら、重要な話があるときは事前に約束を貰うものだが、アドルフたちは幸い子供なので、自分の都合で図々しくむかう。

 ところが――。

 重厚な木製のドアを開け、広い玄関に踏み込んだ直後、アドルフとフリーデはとんでもないものを目にする。

「あれほど慎重に運ぶよう言われたのに、さすがの旦那様もご機嫌斜めだったわ」
「不可抗力やで。ワイはそこの石に躓いたんや」
「偶然を言い訳にできないよね。足元を見ていれば避けられた事故だよ」

 ちょうど玄関前の廊下で、三名の者たちが騒がしく何かを拾い集めていた。よく見るとその破片は大ぶりな花瓶の一部のようであり、この者たちが割ったのは一目瞭然である。

 彼らはいったい何者か。わかりやすく言えば、院長先生が雇った従者である。三人とも亜人で、種族はオークだった。

 そんな従者たちが大失敗をやらかした直後という、あいにくなタイミングでお邪魔した形だが、従者とアドルフは顔見知りなため、彼は遠慮なく声をかけた。
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