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第一章
少年期8
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「お前たち、院長先生はご在宅か?」
フリーデと並んで立ち尽くしていると、ようやくアドルフたちの来訪に気づいたのか、従者のひとりが後ろを振り返りながら言った。
「あら、アドルフじゃない。旦那様ならいらっしゃるわよ。呼んできてあげるわね♪」
高い裏声でまっさきに反応した従者はマクロという。体格は立派な男性だが、いつもお姉口調で話し、ひらたくいえばオカマだ。トルナバ全体を見渡しても、そんな輩は彼女しかいない。
すかさず奥の部屋にむかいかけたマクロだが、その背中にひょろりとやせ細った男性が呼びかけた。
「もうちょいで片づくんやし、最後まで手伝ってほしいんやで」
どこか遠地の出身なのか、トルナバでは見かけない訛りを発する従者はその名もブローカーという。キャラの濃いマクロに負けず劣らず、ブローカーは奇抜な格好で自己主張している。
彼らを見慣れないフリーデは違和感を抑えきれなかったのか、小さな声でぽつりとこぼした。
「あの痩せた男はなぜ道化師の姿をしているのだろう。アドルフは知ってるか?」
そう、この三人は元々旅芸人の一員だったらしく、なかでもブローカーという男は、いまでも派手な化粧を顔面に施し、真っ赤な唇のピエロの姿で自分の出自を誇示しているのだ。
「難しい言葉でいえば、アイデンティティというやつだ。そして海のように広い心をもった院長先生は、元旅芸人の怪しげな連中をわざわざ従者にした。着目すべきはそちらのほうだ」
淡々と解説するアドルフだが、怪しげといえば、マクロも同様。そしてここにはもう一人、花瓶の破片を手際よく拾っている怪しげな従者がいた。
その名はバリュウ。見た目はとにかく毛深い。しかもピチピチのタイツを身につけ、ふさふさに生えた胸毛を惜しげもなく披露しているから、その毛深さがいっそう目立つ。
前世の記憶に照らし、いちばん近いイメージを探すと、バレエダンサーであろう。もしくはアドルフの知識にはないが、ロック歌手のフレディ・マーキュリーか。
「なるほど、あれらは旅芸人の一味だったのか。勉強になったよ」
素朴な感想を口にしたフリーデだが、普通の生徒は院長先生の邸宅に用はなく、従者の個人情報など大して知られていない。
だがアドルフだけは例外的に、この三名の従者と接点があった。それは何を隠そう、アドルフのほうがマクロ、ブローカー、そしてバリュウから一方的に好かれていたからである。
「そうだ、アドルフ。きょうは私が腕によりをかけてアップルパイを焼いたのよ。せっかくだから食べていきなさい」
「マクロだけ抜け駆けはずるいんやで。ワイもアドルフと遊びたいんや」
「じゃあ僕は、渾身の歌を一曲捧げよう。ララリララ~!」
仕事をそっちのけで騒ぎだす三名。全員が青いスカーフをしていることから、アドルフは密かに彼らを〈青い三連星〉と呼び、憎めない相手だと思っている。
理由はあるとき、院長先生の娘であるノインの発言を偶然立ち聞きしたからだった。それは〈施設〉の女児に囲まれた彼女が、ため息混じりに愚痴った印象的なひと言である。
――パパも物好きよね。あんな変わり者ばっか従者に雇うなんて。
そう、こんな自己主張の強い従者たちをノインも歓迎していなかった。むしろ父親の道楽に疑いの目を向ける常識人の顔をして嘆いていた。
しかしアドルフは、そこから先の話も鮮明に覚えている。記憶違いがなければ、それは確かこんな台詞だった。
――でもね、あいつら三人ともオークなんだって。生まれたときからそれ以外の仕事に就けない境遇にいて、あんな芸を身につけちゃったんだって。なのに旅の楽団からクビにされちゃったらしくて、他の仕事に就けない連中をパパは可哀想で雇っちゃったんだって。
このときの発言で重要な点は、三人が失業者になった理由ではない。三人の従者の出自がオークにあるという点が重要だ。
読書家のアドルフには腑に落ちる話だが、オークは往々にして、醜い容姿をした下等な亜人として描かれる。実際このセクリタナにおいても、その理解はかなり正しい。野生化したオークは魔獣と変わらない凶暴さをもち、鼻つまみ者として扱われる。
しかしごく少数だが、なかには社会化したオークもおり、彼らは容姿も普通の亜人族と遜色ない。ただその他多数が魔獣の仲間と見なされているため、彼らは露骨に劣等種として扱われている。亜人族の差別を知ったいまになれば驚きは少ないが、オークの立場の悪さはその比ではない。
そんな連中がまともな生業を営めず、楽団などの見せ物でかろうじて食い扶持をつなぐ風習は、いかなる文明世界においても共通している。
マクロ、ブローカー、バリュウという三人の社会化したオークたちは、そうした不幸な出自ゆえに人類社会の外側に弾き出されかけ、開明的な院長先生はそれをよしとせず、自分が雇用することで彼らを再び社会の内側に招き入れたわけだ。
――私たちが冷たくしたら、オークは人類に絶望して野生に帰ってしまう。せっかく縁があったんだ、そういう結末は寂しいじゃないか……だってさ。ほんとパパはお人好しなんだから。
かつてノインがこぼしたぼやきを思い返しつつも、アドルフは本来の用事に頭を切り替えた。
「我らは院長先生に会いに来た。不在でないなら上がらせて貰う」
フリーデと一緒に土足で進むと、青い三連星たちは「それじゃごゆっくり♪」「後で遊ぼうやで!」「ランララ~」と三者三様の反応をかえす。そんな風変わりな返事を背に受け、アドルフたちは瀟洒な邸宅の奥へと大股で進んでいくのだった。(続く
フリーデと並んで立ち尽くしていると、ようやくアドルフたちの来訪に気づいたのか、従者のひとりが後ろを振り返りながら言った。
「あら、アドルフじゃない。旦那様ならいらっしゃるわよ。呼んできてあげるわね♪」
高い裏声でまっさきに反応した従者はマクロという。体格は立派な男性だが、いつもお姉口調で話し、ひらたくいえばオカマだ。トルナバ全体を見渡しても、そんな輩は彼女しかいない。
すかさず奥の部屋にむかいかけたマクロだが、その背中にひょろりとやせ細った男性が呼びかけた。
「もうちょいで片づくんやし、最後まで手伝ってほしいんやで」
どこか遠地の出身なのか、トルナバでは見かけない訛りを発する従者はその名もブローカーという。キャラの濃いマクロに負けず劣らず、ブローカーは奇抜な格好で自己主張している。
彼らを見慣れないフリーデは違和感を抑えきれなかったのか、小さな声でぽつりとこぼした。
「あの痩せた男はなぜ道化師の姿をしているのだろう。アドルフは知ってるか?」
そう、この三人は元々旅芸人の一員だったらしく、なかでもブローカーという男は、いまでも派手な化粧を顔面に施し、真っ赤な唇のピエロの姿で自分の出自を誇示しているのだ。
「難しい言葉でいえば、アイデンティティというやつだ。そして海のように広い心をもった院長先生は、元旅芸人の怪しげな連中をわざわざ従者にした。着目すべきはそちらのほうだ」
淡々と解説するアドルフだが、怪しげといえば、マクロも同様。そしてここにはもう一人、花瓶の破片を手際よく拾っている怪しげな従者がいた。
その名はバリュウ。見た目はとにかく毛深い。しかもピチピチのタイツを身につけ、ふさふさに生えた胸毛を惜しげもなく披露しているから、その毛深さがいっそう目立つ。
前世の記憶に照らし、いちばん近いイメージを探すと、バレエダンサーであろう。もしくはアドルフの知識にはないが、ロック歌手のフレディ・マーキュリーか。
「なるほど、あれらは旅芸人の一味だったのか。勉強になったよ」
素朴な感想を口にしたフリーデだが、普通の生徒は院長先生の邸宅に用はなく、従者の個人情報など大して知られていない。
だがアドルフだけは例外的に、この三名の従者と接点があった。それは何を隠そう、アドルフのほうがマクロ、ブローカー、そしてバリュウから一方的に好かれていたからである。
「そうだ、アドルフ。きょうは私が腕によりをかけてアップルパイを焼いたのよ。せっかくだから食べていきなさい」
「マクロだけ抜け駆けはずるいんやで。ワイもアドルフと遊びたいんや」
「じゃあ僕は、渾身の歌を一曲捧げよう。ララリララ~!」
仕事をそっちのけで騒ぎだす三名。全員が青いスカーフをしていることから、アドルフは密かに彼らを〈青い三連星〉と呼び、憎めない相手だと思っている。
理由はあるとき、院長先生の娘であるノインの発言を偶然立ち聞きしたからだった。それは〈施設〉の女児に囲まれた彼女が、ため息混じりに愚痴った印象的なひと言である。
――パパも物好きよね。あんな変わり者ばっか従者に雇うなんて。
そう、こんな自己主張の強い従者たちをノインも歓迎していなかった。むしろ父親の道楽に疑いの目を向ける常識人の顔をして嘆いていた。
しかしアドルフは、そこから先の話も鮮明に覚えている。記憶違いがなければ、それは確かこんな台詞だった。
――でもね、あいつら三人ともオークなんだって。生まれたときからそれ以外の仕事に就けない境遇にいて、あんな芸を身につけちゃったんだって。なのに旅の楽団からクビにされちゃったらしくて、他の仕事に就けない連中をパパは可哀想で雇っちゃったんだって。
このときの発言で重要な点は、三人が失業者になった理由ではない。三人の従者の出自がオークにあるという点が重要だ。
読書家のアドルフには腑に落ちる話だが、オークは往々にして、醜い容姿をした下等な亜人として描かれる。実際このセクリタナにおいても、その理解はかなり正しい。野生化したオークは魔獣と変わらない凶暴さをもち、鼻つまみ者として扱われる。
しかしごく少数だが、なかには社会化したオークもおり、彼らは容姿も普通の亜人族と遜色ない。ただその他多数が魔獣の仲間と見なされているため、彼らは露骨に劣等種として扱われている。亜人族の差別を知ったいまになれば驚きは少ないが、オークの立場の悪さはその比ではない。
そんな連中がまともな生業を営めず、楽団などの見せ物でかろうじて食い扶持をつなぐ風習は、いかなる文明世界においても共通している。
マクロ、ブローカー、バリュウという三人の社会化したオークたちは、そうした不幸な出自ゆえに人類社会の外側に弾き出されかけ、開明的な院長先生はそれをよしとせず、自分が雇用することで彼らを再び社会の内側に招き入れたわけだ。
――私たちが冷たくしたら、オークは人類に絶望して野生に帰ってしまう。せっかく縁があったんだ、そういう結末は寂しいじゃないか……だってさ。ほんとパパはお人好しなんだから。
かつてノインがこぼしたぼやきを思い返しつつも、アドルフは本来の用事に頭を切り替えた。
「我らは院長先生に会いに来た。不在でないなら上がらせて貰う」
フリーデと一緒に土足で進むと、青い三連星たちは「それじゃごゆっくり♪」「後で遊ぼうやで!」「ランララ~」と三者三様の反応をかえす。そんな風変わりな返事を背に受け、アドルフたちは瀟洒な邸宅の奥へと大股で進んでいくのだった。(続く
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