緋黒の焔〜ヒトラー異世界戦記〜

影山ろここ

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第一章

少年期10

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 アドルフ・ヒトラーを覚醒させたのは第一次大戦という修羅場であり、敗戦後に出会ったひと組の母子であることはすでに述べた。

 しかしそんな彼を政治家として覚醒させたのは敗戦後に上司となったカール・マイヤー大尉である。
 マイヤーの任務は軍人にたいする思想教育であり、急激に左寄りになりはじめていたドイツ国を共産主義から防衛すべく、その先兵である軍人にしかるべき愛国心を植えつけようとしたのだ。

 そんなマイヤーは出会ってすぐ、アドルフの話し方にひとを引きつける力があることを見抜き、教育将校という肩書きを与えつつ、彼の才能を開花させた。

 才能とは何か。むろん、卓越した演説家としての素質である。

 アドルフは思想教育の対象となった軍人にたいし、一方で大戦の被害を語り、他方でそれを捨て駒にした戦犯を説いた。

 被害は具体的な数字で示した。大戦全体を通し、栄養失調が原因で死んだドイツ人は三〇万人に達したこと。つまりけた違いに多くの餓死者が出たこと。そしてそのような尊い犠牲を無駄にしたのは軍内部に浸透し、敗戦前に反乱を起こした共産主義者、ユダヤ人たちであることを語った。

 彼らは死ぬ気で国を支えるのではなく、自分の持ち場をサボタージュして、軍の統制に混乱をきたし、ドイツを敗戦へと導いた。

 軍内部の思想教育を通じて本領を発揮しはじめたアドルフに、マイヤー大尉は次なる使命を授けた。それは当時林立していた政党に諜報員として潜入し、内部の人間となりつつその動向を把握することが目的だった。そしてアドルフが加盟したナチス党はそのなかのひとつにすぎなかった。

 マイヤーはこのとき、任務に赴くアドルフにたいして重要な示唆を与えている。のちに第一次大戦は、世界初の総力戦という概念で語られるようになったが、マイヤーはその本質を見抜き、ドイツの敗戦は総力戦を戦い抜く力の無さが原因であり、なおかつただでさえ脆弱なアキレス腱をぶった切る邪魔者の存在をアドルフに刷り込んだ。

 邪魔者とは何か。くり返しになるが、共産主義者とユダヤ人である。

 マイヤーの教えはアドルフを本物の政治家になるきっかけとなった。彼は元々、民族の純粋性を好み、とりわけドイツ人に愛着をもっていた。だから生まれ育った多民族国家オーストリアではなく、より純化されているドイツの志願兵となったほどだ。

 マイヤーの教えは、そんなアドルフが、敗戦の原因を理解するうえで説得力をもち、ドイツを本当に強い国にするためには共産主義者とユダヤ人を叩き潰し、何としても総力戦をなしうる国家へと生まれ変わらせねばならないという主張に彼を目覚めさせた。だからこそ彼は、ロシアの併呑を望んだ。

 人生にはその人との出会いがなければ到れなかった境地があり、前世のアドルフにとってそれはマイヤー大尉の存在に他ならなかった。

 翻って今回の転生においても、出会いはくり返される。不遇な孤児であったアドルフに人並みの生活と教育の場を用意し、新たな世界を理解する手助けをしてくれたこと。この点において院長先生は、他ならぬマイヤー大尉と同等の存在、地上に光る北極星だった。

 先生が許可をくれた図書室が必要な情報をもたらし、アドルフはすでにこのとき、子供にしては高度な思考で現状の打破をめざしていた。

 先生がこのあいだの授業でふいに言ったことを彼は鮮明に覚えている。

 ――伝説の《勇者》にだってなれるかもしれない。

 たとえ運命が邪魔しようと、そうなる夢を見られることを院長先生は示してくれた。齢八歳にしてアドルフは迷わない。頭に描きだす〈計画〉をもとに彼は、トルナバという村の攻略を小さな孤児院からスタートさせるのだった。

 ***


「はぁ? 馬鹿じゃないの?」

 議論に加わって早々、ノインが放った言葉はアドルフの主張を全否定するものだった。

「亜人族差別をやめさせるって、それがどんなに大変なことかわかって言ってるの? パパだってやむをえず受け入れざるを得なかったのに、あんたみたいな子供が無理に決まってるわ。ヤーヒムはこの町の子供たちのボスなの。それとつるんでるディアナは〈施設〉を牛耳ってる。このふたりを倒すなんて正気とは思えない」

 アドルフが目的を語っただけで彼女はこの剣幕である。

 ちなみに院長先生は「しばらく子供たちだけでやりなさい」と言い残し、話し合いの場を応接間に移しながら、その場を辞去していた。

 他方で、のっけから拒否反応を示すノインだが、さすがに院長先生の指示とあって、「他をあたりなさい」とまでは言わなかった。つまりそこには、わずかではあるが、アドルフの攻略する余地が残っている。

「まあ、そう思うであろな。我もお前と同じく、情勢は理解しておる。孤児院の勢力図はヒト族とつながるディアナ派が三分の二を占め、残り三分の一程度が良識人の集まり。それをノイン、お前がまとめあげておる」

「状況がわかっているなら話は早いわ。数で勝てないの。力比べなら勝負にさえならない。差別のしわ寄せがアドルフたちにむかったのは可哀想だと思うけど、子供たちを動かすのは数で上まわるか、喧嘩の勝ち負けよ。あたし、勝ち目のない殴り合いなんてご免だわ」

 そう吐き捨てるように言って、ノインは院長夫人が配膳した紅茶に手を伸ばし、お嬢様らしく静かに口をつけた。

 ここまで概要を披露しただけで、アドルフの提案はいわばサンドバッグ状態。ぼこぼこに叩かれ、普通の人間ならぐうの音も出ない。

 だがしかし、アドルフはアドルフなのである。ノインの反論にあった正しい側面、すなわち武力で劣るという点は、フリーデの魔法を禁じている以上織り込み済みだった。

 思えば前世のアドルフはつねに武力を背景にしていた。総統になるまえは突撃隊、総統就任後は親衛隊と国防軍。百戦錬磨の戦闘集団がいつもそばにいた。

 けれどその事実は、武力抜きで勝てないことを意味しない。まだ駆け出しのとき、ミュンヘンのビアホールで支持者集めに奔走していたアドルフは、その身ひとつで世界に戦いを挑んでいた。そのとき彼が武器としたのは唯一、言葉だけである。

 そう、言葉の力。その威力をいちばんよく知るアドルフは、ノインがぶちまけた正論にヒビを入れようとし、真っ正面からこう言い放ったのだった。

「お前は情勢把握ができておるだけで、体面ばかり取り繕い、腰抜け同然だな。澄まし顔を見せつけながら、内心ビクビクしておる。自分の立場が危うくなるのが怖いのだ」
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