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第二章
出発準備2
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時間を元に戻して現在――。
魔導書を益体もなくめくりながら、昼食後のアドルフはリッドの顔芸を思い出し、くすくす笑った。
「年齢で言うと我のほうが年下のはずだが、実年齢は異なる。老成した大人が気まぐれに若者をからかうような真似をして、気の毒なことをしたな」
憎むべき相手以外に悪意を発揮する趣味は、アドルフにはない。むしろ〈遵守〉という魔法を使いこなすことで、良い経験をしたと思っている。
制限もあるとのことだが、相手の抵抗感を計算に入れれば十分有益である。有益どころか、正しく使えば様々なことが実現できそうだ。
「問題はオドの消耗とやらだな」
リッドいわく、人狼は元々オドの総量が非常に多いという。アドルフ自身、収容所で働くようになってからその事実を聞いた気はするが、労務以外の場で使う機会がないため、あまり深い認識は持っていなかった。
ただリッドの話では、それは明白なアドバンテージになるとのこと。〈遵守〉のような消耗の多い魔法を使っても簡単には枯渇しない。その特性は魔法の運用を飛躍的に高めるとリッドは彼に断言した。
そして同時に教えてもくれた。もしも空気中にマナがなくても、体内のオドを転換させることでその不足を補うことが可能であり、その逆も可能であると。
実際の運用は慣れるしかないとのことだが、知識の有無はきわめてデカい。
「命懸けの任務を前にまたとない準備ができたな、出立の用意をするか」
時計を見ると、フリーデたちと約束した時間が迫っていた。アドルフは身の回りの物を収めたバッグを肩に担ぎ、もう戻れないかもしれない部屋をあとにした。
囚人棟を出た彼は、その足でパベル殿下の宿泊する邸宅を訪れた。殿下はちょうど数名の平職員、及び司祭のリッドと話し込んでいた。一応ノックをして入室したアドルフだが、最初のうちは相手にされない。
「チェイカと飛空艇、それから〈増幅器〉を用意せよ。足りない分は街の者から借り上げろ。代金は余が支払う」
殿下の命令を受け、一人の職員が部屋を出ていった。
アドルフはその隙をつきパベルに挨拶をした。
「準備が進んでおるようだな。今日はよろしく頼む」
「やあ、アドルフ。お前に話したいことがあったんだ」
高貴な身分を存分にひけらかし、長椅子にふんぞり返ったパベルが飄々と手招きする。緊張感は皆無だが、それをするのはもっぱらアドルフの仕事だ。
「何であろか?」
無礼に思われない程度に近づくと、予想外の通達があった。
「収容所側からも人員を同行させることにした。積み荷の落下した地点は、ルアーガが出現したことからわかるとおりきわめて危険な場所である。積み荷の回収に遭遇する敵との戦い。これら全てを囚人だけに任せるのは酷かと思ってな」
パベルの言い分は妥当ではあるが、アドルフは軽んじられたと受け取った。
「失礼ながら殿下、我は昨日リッドから魔法を授かり、魔導師の位階をきわめたと思っておる。我一人がいれば、どのような状況にも対処できるはずだが」
自然、彼は口答えをしてしまった。パベルは大らかにも不快を示さなかったが、それでもアドルフの発言を軽薄な動作で退けた。
「お前の覚醒ぶりについては司祭より耳にした。しかし魔導書を読み解いたことと、実戦において力を発揮することのあいだには隔たりがある。魔法を自由自在に運用するためには経験値が必要だ。力量がいくら高くても技量、すなわち経験が足りなければ魔導師は真価を発揮できない」
気だるい口調ではあったが、パベルの述べたことは重要な示唆を含んでいた。
「それにアドルフよ、クラスの高い魔法ほど大量のマナを消費するものだ。裏を返すと、マナの供給をしくじれば魔法は思いどおりに発動しない。経験の浅いお前がそうした状況に陥らないと断言できるか?」
パベルの忠告は的外れには思えず、アドルフは襟を正して答えた。
「場数の少なさを指摘されたら承諾せざるをえん。貴殿の言うことに従おう」
その発言に頷き返し、パベルは用意していたであろう腹案を指示してきた。
「捜索隊にはそこのリッドにくわえ、収容所職員のゼーマンを同行させる。リッドはお前が一人前の働きをするためのお目付役といった位置づけだが、ゼーマンに関しては危険を顧みない者を募ったところ、副所長から推薦があり、最終的に余が選抜した」
「ほう、ゼーマンが?」
傲慢で鳴らす新人主任の名前が出たことにアドルフは少々驚いたが、些細な反応だったため、パベルは構わず話を続ける。
「なに、ゼーマンは戦闘要員の補充といったところだ。敵の多い場所ゆえ、頭数はいくらいても困らぬだろう。いずれにせよ、部隊を率いるのはアドルフ、お前だ。余の代理人として、リッド及びゼーマンの使い途は全面的に委ねた。余が望むのは積み荷の回収、それのみである。無事果たせば、仲間を解放させられるだけの金をプレゼントする」
念願の褒美をあらためて告げるパベルだったが、それは同時に、万全の布陣を与えたのだから必ず任務を遂行せよと圧力を受けたも同然だった。
「十分な計らい、ありがたく承った。積み荷を回収し、再び戻ってくると約束しよう」
軍人ではないから敬礼などしないが、斜めに頭を下げて最大限の敬意を払った。しかしアドルフの心はささくれだっていた。パベルが求めたのは積み荷の回収、やはりそれだけだった。
同じく墜落したパベルの管理下にあった者たちはどうすればいいのか、指示は一切なかった。恐らく生存が見込めないことを理由に計算に入れなかったのだろう。つまり彼らは責任者であるパベルに見捨てられたわけだ。
アドルフは総統時代、敵と定めた相手には容赦なく立ち振る舞い、同胞には過大な献身を求めた。その一方で、上官の不手際で死にゆく者を蔑ろにせず、ときに将軍であろうとも責任者にはしかるべき代償を求めた。
――本来ならお前こそが死を賭さねばならんのだぞ、若造。
老いた青年の静かな怒りは、胸の内にしまわれた。彼は黙って遠くの窓を眺め続けた。
魔導書を益体もなくめくりながら、昼食後のアドルフはリッドの顔芸を思い出し、くすくす笑った。
「年齢で言うと我のほうが年下のはずだが、実年齢は異なる。老成した大人が気まぐれに若者をからかうような真似をして、気の毒なことをしたな」
憎むべき相手以外に悪意を発揮する趣味は、アドルフにはない。むしろ〈遵守〉という魔法を使いこなすことで、良い経験をしたと思っている。
制限もあるとのことだが、相手の抵抗感を計算に入れれば十分有益である。有益どころか、正しく使えば様々なことが実現できそうだ。
「問題はオドの消耗とやらだな」
リッドいわく、人狼は元々オドの総量が非常に多いという。アドルフ自身、収容所で働くようになってからその事実を聞いた気はするが、労務以外の場で使う機会がないため、あまり深い認識は持っていなかった。
ただリッドの話では、それは明白なアドバンテージになるとのこと。〈遵守〉のような消耗の多い魔法を使っても簡単には枯渇しない。その特性は魔法の運用を飛躍的に高めるとリッドは彼に断言した。
そして同時に教えてもくれた。もしも空気中にマナがなくても、体内のオドを転換させることでその不足を補うことが可能であり、その逆も可能であると。
実際の運用は慣れるしかないとのことだが、知識の有無はきわめてデカい。
「命懸けの任務を前にまたとない準備ができたな、出立の用意をするか」
時計を見ると、フリーデたちと約束した時間が迫っていた。アドルフは身の回りの物を収めたバッグを肩に担ぎ、もう戻れないかもしれない部屋をあとにした。
囚人棟を出た彼は、その足でパベル殿下の宿泊する邸宅を訪れた。殿下はちょうど数名の平職員、及び司祭のリッドと話し込んでいた。一応ノックをして入室したアドルフだが、最初のうちは相手にされない。
「チェイカと飛空艇、それから〈増幅器〉を用意せよ。足りない分は街の者から借り上げろ。代金は余が支払う」
殿下の命令を受け、一人の職員が部屋を出ていった。
アドルフはその隙をつきパベルに挨拶をした。
「準備が進んでおるようだな。今日はよろしく頼む」
「やあ、アドルフ。お前に話したいことがあったんだ」
高貴な身分を存分にひけらかし、長椅子にふんぞり返ったパベルが飄々と手招きする。緊張感は皆無だが、それをするのはもっぱらアドルフの仕事だ。
「何であろか?」
無礼に思われない程度に近づくと、予想外の通達があった。
「収容所側からも人員を同行させることにした。積み荷の落下した地点は、ルアーガが出現したことからわかるとおりきわめて危険な場所である。積み荷の回収に遭遇する敵との戦い。これら全てを囚人だけに任せるのは酷かと思ってな」
パベルの言い分は妥当ではあるが、アドルフは軽んじられたと受け取った。
「失礼ながら殿下、我は昨日リッドから魔法を授かり、魔導師の位階をきわめたと思っておる。我一人がいれば、どのような状況にも対処できるはずだが」
自然、彼は口答えをしてしまった。パベルは大らかにも不快を示さなかったが、それでもアドルフの発言を軽薄な動作で退けた。
「お前の覚醒ぶりについては司祭より耳にした。しかし魔導書を読み解いたことと、実戦において力を発揮することのあいだには隔たりがある。魔法を自由自在に運用するためには経験値が必要だ。力量がいくら高くても技量、すなわち経験が足りなければ魔導師は真価を発揮できない」
気だるい口調ではあったが、パベルの述べたことは重要な示唆を含んでいた。
「それにアドルフよ、クラスの高い魔法ほど大量のマナを消費するものだ。裏を返すと、マナの供給をしくじれば魔法は思いどおりに発動しない。経験の浅いお前がそうした状況に陥らないと断言できるか?」
パベルの忠告は的外れには思えず、アドルフは襟を正して答えた。
「場数の少なさを指摘されたら承諾せざるをえん。貴殿の言うことに従おう」
その発言に頷き返し、パベルは用意していたであろう腹案を指示してきた。
「捜索隊にはそこのリッドにくわえ、収容所職員のゼーマンを同行させる。リッドはお前が一人前の働きをするためのお目付役といった位置づけだが、ゼーマンに関しては危険を顧みない者を募ったところ、副所長から推薦があり、最終的に余が選抜した」
「ほう、ゼーマンが?」
傲慢で鳴らす新人主任の名前が出たことにアドルフは少々驚いたが、些細な反応だったため、パベルは構わず話を続ける。
「なに、ゼーマンは戦闘要員の補充といったところだ。敵の多い場所ゆえ、頭数はいくらいても困らぬだろう。いずれにせよ、部隊を率いるのはアドルフ、お前だ。余の代理人として、リッド及びゼーマンの使い途は全面的に委ねた。余が望むのは積み荷の回収、それのみである。無事果たせば、仲間を解放させられるだけの金をプレゼントする」
念願の褒美をあらためて告げるパベルだったが、それは同時に、万全の布陣を与えたのだから必ず任務を遂行せよと圧力を受けたも同然だった。
「十分な計らい、ありがたく承った。積み荷を回収し、再び戻ってくると約束しよう」
軍人ではないから敬礼などしないが、斜めに頭を下げて最大限の敬意を払った。しかしアドルフの心はささくれだっていた。パベルが求めたのは積み荷の回収、やはりそれだけだった。
同じく墜落したパベルの管理下にあった者たちはどうすればいいのか、指示は一切なかった。恐らく生存が見込めないことを理由に計算に入れなかったのだろう。つまり彼らは責任者であるパベルに見捨てられたわけだ。
アドルフは総統時代、敵と定めた相手には容赦なく立ち振る舞い、同胞には過大な献身を求めた。その一方で、上官の不手際で死にゆく者を蔑ろにせず、ときに将軍であろうとも責任者にはしかるべき代償を求めた。
――本来ならお前こそが死を賭さねばならんのだぞ、若造。
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