61 / 147
第二章
ルツィエ・スターリン・バロシュ2
しおりを挟む
そんな幼女は実のところ連邦最高指導者《魔王》のもうけた子女のひとりであった。部隊の長ではあるが、厳密にはまだ新任で、それは王族の特権にもとづく一種のコネ人事とも言えた。その証拠に、いまや辺境州総督に転任した彼女の兄も、かつては鉄兜団の隊長職に就いていたほどである。
兄の名はパベル・リブイン・バロシュ。何を隠そう、アドルフに捜索部隊を編制させたパベル殿下とは彼のことだ。
ちなみに幼女の名前はルツィエと言う。
一般的なものとは異なる、虹色に輝く白髪の地毛をもち、魔人族のなかでも特別な地位にあることが血統からして明らかだった。そんな高貴な髪を抑えつけるように幼女は金色の飾りのついた兜をかぶっており、彼女がが風を正面に受けるたび、高い位置で結わえた二つの髪の束がはためき、長い麦の穂のように舞い踊る。
その有様は年齢に似合わず、美麗かつ可憐だ。きっと部隊の隊員たちはそう考え、幼女の指揮を受けることに誇りを感じているに違いない。
もっとも隊員たちにとって、幼女に忠誠心を覚えることは仕事の一部に過ぎなかった。とりわけ部隊の指揮経験が浅いことを思えば、慣れるまで補佐役が必要となる。そのため今回の調査任務においても、兄パベルとさほど歳の変わらぬ青年がルツィエのサポート役に就いていた。
その編制は、部隊の隊列にも現れている。青年は幼女の右翼を担い、何かあればすぐ声をかけられる位置に身を置いていた。
青年にとって一番大事な役割は、まだ経験の浅い姫殿下に組織の操り方を教え込むことにある。行動の大枠に関してのみ助言し、細かい部分については殿下の判断で行わせる。それは一種の教育的配慮である。
何しろ青年がルツィエの調査隊抜擢を知ったとき、彼女は九歳になったばかりだったのだ。一般に子供と言われる年齢で、普通なら大人たちに混じることさえ負担となる。しかしながらイェドノタ連邦の王族たちはそのようなことで指導者としての義務を放棄しない。
力ある者にはあえて危険な任務を与え、才能を磨くのが一族のやり方である。
ルツィエにもその方針が適用され、高所恐怖症だった彼女は苦手な飛行任務を必死になって克服し、いまでは立派なチェイカ乗りだ。
かくして青年のような年長者の支援を受け部隊長に収まったルツィエであったが、彼女には部隊の統率以外にも任務が与えられていた。それは調査により判明した最適の鉄道敷設予定ルートを地図に書き込み、最終的に王統府へ提出する役目である。
未開拓地は魔獣の住処だ。それをどのように切り拓くのがもっとも効率的か。魔獣討伐の熟練者たちが行う議論を主導し、ときに細かい温度差が生じるやり取りをまとめあげ、それを「本案」と名づけた報告書に仕立て上げねばならない。その作業は軍事行動から遠いが、任務全体においてもっとも重要な作業、かつ複雑であった。
その一端を明かすと、たとえばカーフクルズ山脈を越える際、ルツィエはそこに迂回路をつくるルートを併記すべきと他の隊員より進言されたが、より望ましきはカーフクルズ山脈のもっとも薄い部分に穴を空けることだと主張し、合議の上で隊員全員から支持を得た。
トンネル工事と迂回路では前者のほうが費用は高くつくかもしれないが、おそらく指導部の見解としては所要時間の短縮を優先するだろうし、魔獣との接点を小さくすることは開拓を進めるうえで至上命題ともなる。
上司の喜びそうなことを考えだすのは組織で仕事をする者にとって最優先事項だ。ルツィエがそうした思慮深い判断を抜かりなくまとめあげたことは、補佐役の青年ばかりでなく、古参の隊員たちにも安心と信頼を同時に抱かせた。
最年少のルツィエはこのようにして軍事と実務の最終判断を担う。では他の隊員たちは何をなすべきかと言えば、むろん、姫殿下のサポートだけではなかった。魔獣との遭遇戦を行うのは当然として、彼らは別の任務もおびている。それは辺境州総督から委譲された権限で、敷設ルートと重なり、いずれ伐採する森の一部にあたりをつけるべく、これに火を放ち、敷設作業の目印を設けることだ。
ルツィエを補佐する青年隊員は、その仕事も並行して命じられていた。いっけん地味な任務に見えるが、実際に森を燃やすには相当の火力が必要だ。しかも周囲を延焼させない配慮が必須なため、青年は爆発のエネルギーを内部圧力の上昇に向かわせる〈爆縮〉魔法を作業に用いてきた。
折しもルツィエの率いる調査隊はチェイカの高度を下げ、砂漠化が進むステップ高原を眼下に見晴らし、滞留を続けていた。そこはオアシスも点在する場所で上空より遥かに過ごしやすい。青年をはじめとする鉄兜団の隊員たちも、上空との寒暖差でいくらか汗をかいていた。ルツィエも上着のボタンをひとつ外しながら、派手な動作でくしゃみをした。
「姫殿下、お風邪を引かれます」
今回の敷設ルートはカーフクルズ山脈を越えた地点に置かれ、特に議論を要するものではなく、青年はルツィエの指示さえあれば〈爆縮〉魔法を詠じるところだったが、姫殿下の動きに意識を散らし、魔法の詠唱を一旦止めてしまう。
だがこのとき、肝心のルツィエは意外な反応を青年にたいして向けた。
「このくらい平気だわ。それよりお前の魔法を間近で見せて欲しいのだけど」
兄の名はパベル・リブイン・バロシュ。何を隠そう、アドルフに捜索部隊を編制させたパベル殿下とは彼のことだ。
ちなみに幼女の名前はルツィエと言う。
一般的なものとは異なる、虹色に輝く白髪の地毛をもち、魔人族のなかでも特別な地位にあることが血統からして明らかだった。そんな高貴な髪を抑えつけるように幼女は金色の飾りのついた兜をかぶっており、彼女がが風を正面に受けるたび、高い位置で結わえた二つの髪の束がはためき、長い麦の穂のように舞い踊る。
その有様は年齢に似合わず、美麗かつ可憐だ。きっと部隊の隊員たちはそう考え、幼女の指揮を受けることに誇りを感じているに違いない。
もっとも隊員たちにとって、幼女に忠誠心を覚えることは仕事の一部に過ぎなかった。とりわけ部隊の指揮経験が浅いことを思えば、慣れるまで補佐役が必要となる。そのため今回の調査任務においても、兄パベルとさほど歳の変わらぬ青年がルツィエのサポート役に就いていた。
その編制は、部隊の隊列にも現れている。青年は幼女の右翼を担い、何かあればすぐ声をかけられる位置に身を置いていた。
青年にとって一番大事な役割は、まだ経験の浅い姫殿下に組織の操り方を教え込むことにある。行動の大枠に関してのみ助言し、細かい部分については殿下の判断で行わせる。それは一種の教育的配慮である。
何しろ青年がルツィエの調査隊抜擢を知ったとき、彼女は九歳になったばかりだったのだ。一般に子供と言われる年齢で、普通なら大人たちに混じることさえ負担となる。しかしながらイェドノタ連邦の王族たちはそのようなことで指導者としての義務を放棄しない。
力ある者にはあえて危険な任務を与え、才能を磨くのが一族のやり方である。
ルツィエにもその方針が適用され、高所恐怖症だった彼女は苦手な飛行任務を必死になって克服し、いまでは立派なチェイカ乗りだ。
かくして青年のような年長者の支援を受け部隊長に収まったルツィエであったが、彼女には部隊の統率以外にも任務が与えられていた。それは調査により判明した最適の鉄道敷設予定ルートを地図に書き込み、最終的に王統府へ提出する役目である。
未開拓地は魔獣の住処だ。それをどのように切り拓くのがもっとも効率的か。魔獣討伐の熟練者たちが行う議論を主導し、ときに細かい温度差が生じるやり取りをまとめあげ、それを「本案」と名づけた報告書に仕立て上げねばならない。その作業は軍事行動から遠いが、任務全体においてもっとも重要な作業、かつ複雑であった。
その一端を明かすと、たとえばカーフクルズ山脈を越える際、ルツィエはそこに迂回路をつくるルートを併記すべきと他の隊員より進言されたが、より望ましきはカーフクルズ山脈のもっとも薄い部分に穴を空けることだと主張し、合議の上で隊員全員から支持を得た。
トンネル工事と迂回路では前者のほうが費用は高くつくかもしれないが、おそらく指導部の見解としては所要時間の短縮を優先するだろうし、魔獣との接点を小さくすることは開拓を進めるうえで至上命題ともなる。
上司の喜びそうなことを考えだすのは組織で仕事をする者にとって最優先事項だ。ルツィエがそうした思慮深い判断を抜かりなくまとめあげたことは、補佐役の青年ばかりでなく、古参の隊員たちにも安心と信頼を同時に抱かせた。
最年少のルツィエはこのようにして軍事と実務の最終判断を担う。では他の隊員たちは何をなすべきかと言えば、むろん、姫殿下のサポートだけではなかった。魔獣との遭遇戦を行うのは当然として、彼らは別の任務もおびている。それは辺境州総督から委譲された権限で、敷設ルートと重なり、いずれ伐採する森の一部にあたりをつけるべく、これに火を放ち、敷設作業の目印を設けることだ。
ルツィエを補佐する青年隊員は、その仕事も並行して命じられていた。いっけん地味な任務に見えるが、実際に森を燃やすには相当の火力が必要だ。しかも周囲を延焼させない配慮が必須なため、青年は爆発のエネルギーを内部圧力の上昇に向かわせる〈爆縮〉魔法を作業に用いてきた。
折しもルツィエの率いる調査隊はチェイカの高度を下げ、砂漠化が進むステップ高原を眼下に見晴らし、滞留を続けていた。そこはオアシスも点在する場所で上空より遥かに過ごしやすい。青年をはじめとする鉄兜団の隊員たちも、上空との寒暖差でいくらか汗をかいていた。ルツィエも上着のボタンをひとつ外しながら、派手な動作でくしゃみをした。
「姫殿下、お風邪を引かれます」
今回の敷設ルートはカーフクルズ山脈を越えた地点に置かれ、特に議論を要するものではなく、青年はルツィエの指示さえあれば〈爆縮〉魔法を詠じるところだったが、姫殿下の動きに意識を散らし、魔法の詠唱を一旦止めてしまう。
だがこのとき、肝心のルツィエは意外な反応を青年にたいして向けた。
「このくらい平気だわ。それよりお前の魔法を間近で見せて欲しいのだけど」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
9
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる