緋黒の焔〜ヒトラー異世界戦記〜

影山ろここ

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第二章

ルツィエ・スターリン・バロシュ3

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 彼女の発言は青年の想定したものではなかったが、同時に彼の記憶を刺激するひと言だった。というのも、今回の任務に就いて以来、青年は〈爆縮〉を使うたび、ルツィエの視線をいくども感じとっており、不可解に思っていたからだ。しかしいまの申し出であらましを理解できた。姫殿下はおそらく、未履修な〈爆縮〉魔法に関心を抱き、その詠唱文を口読みで理解しようとしていたのである。

 青年の考えが間違いでなかった証拠に、ルツィエの双眸は星空のように煌めいていた。その幼き情熱は青年の見立てを軽々と上まわっているように思える。

 本当のところ、青年の用いる〈爆縮〉は国防軍が管理する魔導書の外典にのみ記載されており、一種の秘術に属するものであった。つまりそれを学びとること自体、普通の兵士に許されることではなかったが、隊員たちの仕事には王族であるルツィエの願望を満たすことも含まれている。

 一般に魔法は、自力で詠唱文を読み解かねば身につかない。ただし魔導書の外典、すなわち魔法体系の例外に属する魔法はその限りでなく、口伝によって授かることが唯一の修得方法であった。

 よって青年はこのとき、二つの事柄を天秤にかける。王族への配慮と〈爆縮〉の機密保持。相手が何の取り柄もない王族風情なら、青年は恐らく後者を選んだはずだが、ルツィエは年少にして位階をきわめた魔導師であり、秘術に属する〈爆縮〉といえど運用する力は有している。

「どうぞ、姫殿下。こちらへ」

 まだ魔法の起動まえだったこともあり、青年はルツィエを呼び寄せ、チェイカ越しに絵本でも読み聞かせるような構えをとった。魔法の段取りを強調する意図は明らかで、そこには兄妹愛のごとき微笑ましさが感じとれる。

 青年に限らず、魔導師はだれでも体内のオドを起動し、必要とあれば〈文字にできない言葉〉を唄い、展開にした術式に大気中のマナを集めた後、最後に魔法の名称を軽く述べ、魔法を発動させる。

 すぐれた術者はこのとき、短縮法を自在に操ってみせる。本来長い詠唱文が必要な魔法をごく短時間、術者によっては一秒にも満たない時間で発動させられるのだ。

 けれど青年はルツィエのために、詠唱文をわざとゆっくり口ずさんだ。位階こそCクラスに留まるものの、青年は〈爆縮〉魔法との相性がよく、通常は修得困難なその魔法をクラスBまで扱うことができた。鉄兜団に入れたのもそれが理由だ。

 そんな青年が思うのも何だが、ルツィエはいまだ成長過程にある。

 史上最年少で鉄兜団の隊長職に就き、たった十歳未満で魔導書を制覇したという噂は王都の魔導師を震撼させたが、相性の悪い魔法は運用に時間がかかるし、それ以外の魔法も実戦を積まねば真価は発揮できない。クラスSをきわめたとしても、それが飾りでは意味がないのだ。

 せめて実地で様々なことを学び、より成長して頂きたい。王族バロシュ家の一員として、そのうちごく当然のように任されるであろう大軍指揮、組織運営を自在におこなえるほど逞しく育って貰いたい。

 青年はそんな気持ちで〈爆縮〉を披露し、この魔法を使うときのコツというか、イメージを共有させてやりたいとはっきり意識した。魔導師の子供は魔導師。魔法を通じて語り合えると。

 彼の考えは紛れもなき良心にもとづいていたが、部隊長であるルツィエ本人はその恩着せがましい態度が少々鬱陶しく感じられていた。

 純粋な忠誠心に混じる、善人面した親愛の情。彼女はそんなものを欲していなかったし、むしろ忌々しいと思っていた。

 何よりルツィエは調査隊任務に飽きが来ていた。見知らぬ土地での冒険も、慣れれば単調な事務作業のくり返し。圧倒的な破壊力をもたらす〈爆縮〉魔法さえ、たかが森の木々を燃やすためだけに使われる。そんな退屈さが我慢できなかった。

 端的にいってしまえば、ルツィエは個人の愉しみや喜びを求めていたのである。部隊長としての責任感などケシ粒ほどしか存在しない。

 そんな彼女の目の前で、青年の詠唱は形をなしはじめた。渦巻くマナを星形の術式に凝集させ、光の粒のようなものを辺りにきらめかせながら、異形の魔法はその姿を露にする。

「内なる崩壊を解き放て――〈爆縮〉」

 やがて詠唱を終え、投下に数秒要した術式は、ルツィエが瞬きしているあいだに鬱蒼とした森の木々を風圧でなぎ倒し、次の瞬間には中心に向かって縮まる直径一五メーテル程度の火球を発生させた。

 ルツィエは眼下を見おろし、青年が口ずさんだ〈爆縮〉の詠唱文を反復する。何度か遠目に見ていたそれだが、間近で観察すれば詳細を学びとれた。短縮法も聞き取れたし、その気になれば同程度の魔法を再現できるだろう。

 森を灼き払う意味しかない〈爆縮〉だが、狙いどおりの成果は得られたとばかりにルツィエは息を吐く。そして操縦するチェイカの翼越しに真下の光景を眺め続け、あらためて〈爆縮〉の威力に感動を覚える。

 目的こそ陳腐だが、やはり凄まじい破壊力なのだ。壮観なだけではない、まるで神が下した罰のような畏怖さえ覚える。同じような感情の動きは鉄兜団の精鋭たちにも伝播したようで、部隊全ての視線が森に沈む火球へと吸い寄せられた。

 破壊に到る流れを至近距離で観察したルツィエは、風圧で浮きあがったペンダントを胸元へ押し込み、考えた。自分ならこの魔法をどうやって使うだろうと。

 魔獣を倒すのも楽しいが、他の使い途もありそうだ。魔法の教師は決して教えない危険な使い途が。

 愉快な想像に引き寄せられ、ルツィエは一瞬注意をそらしかけた。しかし〈爆縮〉がその半径を狭め、魔法が最終段階を迎えた瞬間、彼女は驚きで目を見張った。なぜならその視界に、想像より遥かに愉快なものが現れたからだ。

 真っ先に聞こえたのは空を斬り裂くような悲鳴だった。それは魔獣が発する生命反応に他ならないが、〈爆縮〉の投下中に魔獣と遭遇すること自体、さほど珍しいことではない。特に〈死の森〉は魔獣の住処なのだから、想定されてしかるべき事故だ。

 しかしルツィエ以外の隊員はその声を聞いてすぐさま表情を変えた。理由は次第に明らかとなる。

 彼らが遭遇する魔獣には種類があり、強いのもいれば、弱いのもいる。総じて鉄兜団のようなエリート集団にとって大抵の魔獣は雑魚か、雑魚以下だった。

 そうした思い込みは驕りと言いがたく、彼らは敵を侮るほど愚かではない。しかし徐々に音量を増していく魔獣の叫び声は、彼らに警戒心を、もっと言えばある種の恐怖を感じさせた。

 さしもの鉄兜団でさえ予想できない敵。だれひとり、そんなものが姿を現すとは思っていなかったのだ。事務的な作業に退屈を覚えていたルツィエ以外はだれも。

 そう、たったひとりルツィエだけが異なる反応を示した。歓喜に弛んだ唇は小さく上下に動き、何事かつぶやいた後、彼女は甲高い笑い声をたてる。

 もっともその場違いな笑声はこの場にいるだれの耳にも入らなかった。唖然と息をのむ絶句だけが隊員たちの鼓膜を打ち、全ての視線は火球を押し退ける物体に釘づけとなる。

 爆縮した火球の下から現れたのは小さな山ほどもある背中とチェイカの一〇倍はありそうな翼だった。それがクラスBの〈爆縮〉をくらってなお怒りをむきだしに吼える巨大竜、しかも魔法攻撃を自在に操るウィザード・ドラゴン〈ルアーガ〉に他ならないと鉄兜団の精鋭、そして部隊長であるルツィエ・スターリン・バロシュが判じるまでさして時間は掛からなかった。
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