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第三章

第四王女ルツィエ1

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 転生とは実にまだるっこしい。

 老成した思考を残しながらもやけに頭の冴えたルツィエ・スターリン・バロシュは、まだ一歳にして自我をもった途端、流れる時間の鈍さに退屈を覚えた。

 母親が魔人族のなかでもとびきり美しい髪をもち、端正な目鼻立ちの女性でなかったとしたら、退屈は怒りへ転じたかもしれない。だが幸いなことに、彼女を生んだヘレナは肖像画の題材になるような麗しい貴婦人であり、その美貌は「妾が成長すればこんな女になるのか」と、はじめて母を認識したルツィエに衝撃を与えた。

 その反面、乳飲み子としての自分も歴然とあったことから、ヘレナの乳房を押しあてられる授乳の時間をルツィエは身体が張り裂けそうになるほど欲する貴重な栄養摂取としか感じなかった。たとえ元男性と言えど、母親を性的な目線で見る気持ちは一切湧かなかったのである。

「ルツィエ、私のかわいい子。愛しているわ」

 親から授かった新たな名前を連呼されても、どこかくすぐったいばかりで、胸の辺りが熱をおびたかのごとき感情にルツィエはとらわれた。《主》の裁定なるものによってほとんど強制的に押しつけられた第二の生だが、母の寄せる無条件の愛はルツィエに一度はあじわった懐かしい母性を思い起こさせた。

 何もかもが許され、自分が世界の中心にいると思える感覚。それをまざまざと追体験していると判じたとき、転生のもたらした退屈さは逆にいつまでも終わらない春の木洩れ日を連想させ、ルツィエは自分の境遇を前向きに捉えはじめた。ときどきヘレナのもとへ顔を出す父の慈愛にみちた眼差しも、彼女の幸福をしっかりと支えてくれた。

 甘やかされて育ったと言われたら否定はできないだろう。満ちた月のごとき乳児期を経て、ルツィエは周囲の誰からも愛された結果、我がままな幼児へと成長した。ひとりで歩けるようになって半年が過ぎたある日、お供を連れて街なかへ出かけた彼女は「みんなと同じことがしたい」と言い張り人気のパン屋に乗り込んだ挙句、長蛇の列に割り込みたちまち諍いを巻き起こした。

 その店の名物は、砂糖をカラメル状に焼きつけ、中心にホイップクリームをたっぷり詰めた〈木こりの椅子〉という菓子パンだった。同じパン目当ての客には、幼児のやることだからと許されはしたものの、同行した随伴者は大恥をかいたという。

 そんな奔放さを振りまくルツィエだが、腹の内には小さな不満がいくつもあった。そのひとつは転生の際に結んだ約束が実際は不十分にしか叶えられなかったことだ。
 彼女は前世の名前が運命として引き継がれることになっていると聞き、二度目の生を安心して営めるとたかをくくった。ところが蓋を開けてみると、与えられた名前はスターリンという苗字だけで、おまけにセカンドネームとしてであった。

 てっきりヨシフの女性名を授かると思い込んでいたため、別名で呼ばれる恥ずかしさは、母との交流に馴染むまで残り続けた。彼女が自分をルツィエという名で違和感なく認識するようになったのは、言葉を話せる歳を迎え、最初の家庭教師がついた頃であったから、だいぶ長期間困らされたのは事実である。

 もうひとつは、容姿に関することであった。美しい女性の娘に生まれつきながら、ルツィエは父にも母にも似ない子供に育っていた。

 決して醜いわけではない。だが目が死んでいるのだ。それなのに薄く開かれた口許がやけに精彩を放ち、周囲の大人は心のうちで「いきいきとした死人を思わせる不気味な幼女」とみなし、変わり者扱いをはじめた。母親は情操の面を改善することで瑞々しい瞳を取り戻させようと努力したが、ルツィエの外見は変わらなかった。彼女自身それを快く思わなかったが、前世の魂を引き継いだ代償と諦め、あるがままを受け入れることにした。

 最後のひとつは、事情はやや複雑である。

 ルツィエとして転生したスターリンは総じて幸せといえる境遇にあった。たんなる幸せどころでなく、宝くじに一等当選するくらい幸福な人生をたぐり寄せたと断じてよいほどだった。
 なぜなら彼女が生を受けたバロシュ家とは、連邦の指導者三〇〇名からなる評議会を配下に置き、その頂点に君臨するやんごとなき人物、すなわち《魔王》直系の家柄だったからだ。

 平凡な国民から見れば天上のごとき高みにあり、選ばれた者のなかでもひと握りな、言い換えれば生まれながらにして桁外れな成功が約束されたも同然の立場だった。それを幸福といわずして何と呼べばよいか。
 なのにルツィエは、自分の境遇に満足しなかった。そのじれったい気持ちを知るには、若干の説明を要する。
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