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第四章
ルアーガ遭遇戦1
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ルツィエたちが〈死の森〉でルアーガと遭遇したのと同時刻――
パベル殿下の命令で編成された捜索部隊は、危険な任務にふさわしい規模に膨れあがっていた。
本陣である飛空艇には、部隊長であるアドルフとゼーマン、ノインの元従者であるマクロが同乗していた。しかし戦闘補充要員などというダルい任務を与えられ、ゼーマンは腐っていた。おかげで空気は煙たくなるほど悪いが、随伴したマクロが愛想を振りまきアドルフの気分を楽にする。
「もっと笑いなさいよ。仏頂面してると運が逃げてくわよ♪」
マクロがおネエ口調でゼーマンに話しかける。相変わらず絵に描いたようなオカマぶりだ。彼女は存在するだけで型破りな雰囲気を振りまき、ただでさえ亜人族を見下すゼーマンに嫌悪感を抱かせる。
「オレにまとわりつくな、あっちへ行け!」
邪険にされたマクロはそうした扱いに慣れているのか、傷つく様子もなく飛空艇の片隅に腰かけ鼻歌を唄いはじめる。
アドルフの腹づもりでは、この大人数を全員〈死の森〉へ投入することは考えていない。魔法の能力と信頼感、精神的な強さを鑑み、殿下の言った〈積み荷〉を回収する本隊は自分とフリーデ、それとリッドを想定していた。
ノインとディアナは魔獣との戦闘に備えたグループで、ゼーマンは戦力として期待してない。すでに彼にはマクロと一緒に待機班に組み込むことを伝えてある。
こうした決定に仲間たちは異論を挟まなかった。理由はいくつか考えられるが、最大の理由は出発前、パベル殿下の放った有無を言わせぬお墨付きである。
「余はこのリッドを通じ、アドルフに魔法を授けた。元々素質があったのか、この者は高位魔法を会得し、見事余の期待に応えてみせた。頼れる存在ができたことを喜べ。アドルフを余と思い、その背中に全てを預けるがよい」
高位魔法という言葉に仲間たちはどう反応したか。おそらく大多数は半信半疑であったはずだ。アドルフの能力に疑念を抱いたというよりも、現実味が湧かなかったのだろう。彼女らは魔導書に書かれた〈文字にできない言葉〉が暗号の束であり、アドルフが暗号技術に通じていたなどという裏事情を知らない。
それでも頼もしさという点で信頼感を抱いたのは、これまで彼が発揮してきた力、目の前の壁をぶち破る突破力のようなものを実際体験してきたからだ。
「僕はアドルフを信じる。そのうえで自分のなすべきことを全力で果たす」
相変わらず恐ろしげな顔でフリーデが言ったことに、海軍帽をかぶり直しながら「そうだな」と呼応したのはディアナだった。あとの面々も気持ちの入った返事をよこし、部隊長であるアドルフを満足させた。
唯一態度がおぼろだったのはゼーマンである。しかし彼の場合、仲間と呼べる存在ではなかったし、部隊加入も副所長にねじ込まれたのが実情。気の抜けた顔で宙を睨み、何を考えているか判然としなかったが、期待感の薄いアドルフは深入りしなかった。
ところで〈死の森〉だが、そこは防毒装備がないと二四時間居続けることがきわめて困難な場所であり、アドルフたちが捜索に手こずり戻れなくなった場合、さらなる救助が不可欠となる。そうなったとき、ビュクシとの連絡役が必要だ。アドルフはその仕事をマクロとゼーマンの二人に託した。
そうした舞台裏のやり取りを経て現在に視点を移すと、部隊の編成を狙いどおりに整えたアドルフは、手にした地図と羅針盤を見やりながら進路を保っていた。
幸い状況は緩やかな追い風で、帆を張り直す手間が省けた分、彼は操船作業をマクロの手を借りながらひとりでこなしていた。そんな飛空艇に並走する形で二機のチェイカと一匹の翼竜が付き従う。
チェイカ組はフリーデとノインで、翼竜に跨がるのはリッド、及びディアナである。リッドはわざわざ自前の翼竜を引っ張り出してくれた。この任務に向ける意気込みの表れと受け取り、アドルフは心の底で感謝の念を抱いている。
思えばリッドは、まだ出会ったばかりのアドルフにたいして目を見張る献身ぶりであった。彼女自身は「私は戦い慣れているから」と協力する理由を述べ、他のメンバーたちをいたく安心させた。
風景の変わらぬ淡々とした航路が続き、アドルフはその途中を雑念と共に過ごした。意識は決して逸らさないが、他にするべきことがなかったからだ。
やがて退屈な時間が過ぎ去った頃、殿下が地図に記した積み荷の墜落地点が近づいてきた。彼がそれに気づこうとしているとき、誰かがつぶやきを洩らした。翼竜に跨がるリッドの声だった。
「――何かが近づいてくる」
隣接する空域に異常があることを最初に発見したのは彼女だった。同じ違和感をフリーデも感じとった可能性は高いが、正確に目視できないため黙っていたのかもしれない。
そもそもフリーデはチェイカに乗っていたので、アドルフへの伝達手段は限られている。警戒の規模に応じて、弱い場合は挙手、強い場合は発煙筒を焚くことになっていたが、この状態ではまだ行動には移せない。
空域に出現しつつある異変の規模を測りかねるフリーデだが、まごついているあいだにリッドの翼竜が近くに身を寄せ、直接声をかけてきた。
「発煙筒があれば、それを焚け。魔獣はかなり大きいぞ」
さすがと言うべきか、まだ敵影も見えない段階でリッドは危険を察知したようだ。フリーデはすかさず発煙筒を取り出し、発火用の紐を引きちぎって、もくもくと煙を焚いた。
飛空艇の前方に突如燃え盛る煙が広がったことで、アドルフたちは自分たちの身に何か得体の知れないものが迫っていることを理解した。
「煙がめっちゃ焚かれてるわ。大丈夫かしら?」
ノインの元従者であるマクロがチェイカから立ちのぼる煙とアドルフの顔を交互に見やる。その面構えは女性らしく怯え、男性らしく掠れた声は不安な感情を伝えてくる。
アドルフはしばらく無言だった。そのあいだ、同乗したゼーマンが神経質な声をあげ、船上を騒がしくする。
「それ見たことか。だからオレは最初から乗り気じゃなかったんだよ!」
できることなら直ちに船から降りたいといわんばかりのぼやきだが、飛空艇の進路を変える権限は彼にはない。作戦を命じたのはパベル殿下だ。積み荷の回収任務で生じる対魔獣戦闘は避けて通れない。その代わりゼーマンは部隊長であるアドルフに意見をねじ込んだ。
「魔獣の圧力がこっちまで伝わってきやがる。ガチでやり合おうとするな」
その助言がどれほど正しいか、アドルフには判然としない。無駄に正面からぶつかる気はなかったが、安全にやり過ごせないことを前提に思考を組み立てはじめる。
異変を察知した以上、彼にできることは船の推力を下げることしかない。帆を下し、微速前進へと切り替える。敵魔獣との遭遇を少しでも遅らせ、陣形を整えるのが先決だった。
しかしこのときアドルフは、昨日の軍法会議のことなど完全に失念していた。ゆえに敗者となったゼーマンがどれほど個人的な恨みを溜め込んだのか、考えを及ぼすことができなかったのだ。
そうした気の弛みは彼に大きな代償を支払わせることになる。(続く
パベル殿下の命令で編成された捜索部隊は、危険な任務にふさわしい規模に膨れあがっていた。
本陣である飛空艇には、部隊長であるアドルフとゼーマン、ノインの元従者であるマクロが同乗していた。しかし戦闘補充要員などというダルい任務を与えられ、ゼーマンは腐っていた。おかげで空気は煙たくなるほど悪いが、随伴したマクロが愛想を振りまきアドルフの気分を楽にする。
「もっと笑いなさいよ。仏頂面してると運が逃げてくわよ♪」
マクロがおネエ口調でゼーマンに話しかける。相変わらず絵に描いたようなオカマぶりだ。彼女は存在するだけで型破りな雰囲気を振りまき、ただでさえ亜人族を見下すゼーマンに嫌悪感を抱かせる。
「オレにまとわりつくな、あっちへ行け!」
邪険にされたマクロはそうした扱いに慣れているのか、傷つく様子もなく飛空艇の片隅に腰かけ鼻歌を唄いはじめる。
アドルフの腹づもりでは、この大人数を全員〈死の森〉へ投入することは考えていない。魔法の能力と信頼感、精神的な強さを鑑み、殿下の言った〈積み荷〉を回収する本隊は自分とフリーデ、それとリッドを想定していた。
ノインとディアナは魔獣との戦闘に備えたグループで、ゼーマンは戦力として期待してない。すでに彼にはマクロと一緒に待機班に組み込むことを伝えてある。
こうした決定に仲間たちは異論を挟まなかった。理由はいくつか考えられるが、最大の理由は出発前、パベル殿下の放った有無を言わせぬお墨付きである。
「余はこのリッドを通じ、アドルフに魔法を授けた。元々素質があったのか、この者は高位魔法を会得し、見事余の期待に応えてみせた。頼れる存在ができたことを喜べ。アドルフを余と思い、その背中に全てを預けるがよい」
高位魔法という言葉に仲間たちはどう反応したか。おそらく大多数は半信半疑であったはずだ。アドルフの能力に疑念を抱いたというよりも、現実味が湧かなかったのだろう。彼女らは魔導書に書かれた〈文字にできない言葉〉が暗号の束であり、アドルフが暗号技術に通じていたなどという裏事情を知らない。
それでも頼もしさという点で信頼感を抱いたのは、これまで彼が発揮してきた力、目の前の壁をぶち破る突破力のようなものを実際体験してきたからだ。
「僕はアドルフを信じる。そのうえで自分のなすべきことを全力で果たす」
相変わらず恐ろしげな顔でフリーデが言ったことに、海軍帽をかぶり直しながら「そうだな」と呼応したのはディアナだった。あとの面々も気持ちの入った返事をよこし、部隊長であるアドルフを満足させた。
唯一態度がおぼろだったのはゼーマンである。しかし彼の場合、仲間と呼べる存在ではなかったし、部隊加入も副所長にねじ込まれたのが実情。気の抜けた顔で宙を睨み、何を考えているか判然としなかったが、期待感の薄いアドルフは深入りしなかった。
ところで〈死の森〉だが、そこは防毒装備がないと二四時間居続けることがきわめて困難な場所であり、アドルフたちが捜索に手こずり戻れなくなった場合、さらなる救助が不可欠となる。そうなったとき、ビュクシとの連絡役が必要だ。アドルフはその仕事をマクロとゼーマンの二人に託した。
そうした舞台裏のやり取りを経て現在に視点を移すと、部隊の編成を狙いどおりに整えたアドルフは、手にした地図と羅針盤を見やりながら進路を保っていた。
幸い状況は緩やかな追い風で、帆を張り直す手間が省けた分、彼は操船作業をマクロの手を借りながらひとりでこなしていた。そんな飛空艇に並走する形で二機のチェイカと一匹の翼竜が付き従う。
チェイカ組はフリーデとノインで、翼竜に跨がるのはリッド、及びディアナである。リッドはわざわざ自前の翼竜を引っ張り出してくれた。この任務に向ける意気込みの表れと受け取り、アドルフは心の底で感謝の念を抱いている。
思えばリッドは、まだ出会ったばかりのアドルフにたいして目を見張る献身ぶりであった。彼女自身は「私は戦い慣れているから」と協力する理由を述べ、他のメンバーたちをいたく安心させた。
風景の変わらぬ淡々とした航路が続き、アドルフはその途中を雑念と共に過ごした。意識は決して逸らさないが、他にするべきことがなかったからだ。
やがて退屈な時間が過ぎ去った頃、殿下が地図に記した積み荷の墜落地点が近づいてきた。彼がそれに気づこうとしているとき、誰かがつぶやきを洩らした。翼竜に跨がるリッドの声だった。
「――何かが近づいてくる」
隣接する空域に異常があることを最初に発見したのは彼女だった。同じ違和感をフリーデも感じとった可能性は高いが、正確に目視できないため黙っていたのかもしれない。
そもそもフリーデはチェイカに乗っていたので、アドルフへの伝達手段は限られている。警戒の規模に応じて、弱い場合は挙手、強い場合は発煙筒を焚くことになっていたが、この状態ではまだ行動には移せない。
空域に出現しつつある異変の規模を測りかねるフリーデだが、まごついているあいだにリッドの翼竜が近くに身を寄せ、直接声をかけてきた。
「発煙筒があれば、それを焚け。魔獣はかなり大きいぞ」
さすがと言うべきか、まだ敵影も見えない段階でリッドは危険を察知したようだ。フリーデはすかさず発煙筒を取り出し、発火用の紐を引きちぎって、もくもくと煙を焚いた。
飛空艇の前方に突如燃え盛る煙が広がったことで、アドルフたちは自分たちの身に何か得体の知れないものが迫っていることを理解した。
「煙がめっちゃ焚かれてるわ。大丈夫かしら?」
ノインの元従者であるマクロがチェイカから立ちのぼる煙とアドルフの顔を交互に見やる。その面構えは女性らしく怯え、男性らしく掠れた声は不安な感情を伝えてくる。
アドルフはしばらく無言だった。そのあいだ、同乗したゼーマンが神経質な声をあげ、船上を騒がしくする。
「それ見たことか。だからオレは最初から乗り気じゃなかったんだよ!」
できることなら直ちに船から降りたいといわんばかりのぼやきだが、飛空艇の進路を変える権限は彼にはない。作戦を命じたのはパベル殿下だ。積み荷の回収任務で生じる対魔獣戦闘は避けて通れない。その代わりゼーマンは部隊長であるアドルフに意見をねじ込んだ。
「魔獣の圧力がこっちまで伝わってきやがる。ガチでやり合おうとするな」
その助言がどれほど正しいか、アドルフには判然としない。無駄に正面からぶつかる気はなかったが、安全にやり過ごせないことを前提に思考を組み立てはじめる。
異変を察知した以上、彼にできることは船の推力を下げることしかない。帆を下し、微速前進へと切り替える。敵魔獣との遭遇を少しでも遅らせ、陣形を整えるのが先決だった。
しかしこのときアドルフは、昨日の軍法会議のことなど完全に失念していた。ゆえに敗者となったゼーマンがどれほど個人的な恨みを溜め込んだのか、考えを及ぼすことができなかったのだ。
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