緋黒の焔〜ヒトラー異世界戦記〜

影山ろここ

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第六章

最後通牒2

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「お待たせして申し訳ありません」

 腰を低めながらパベル、そしてルツィエの前に進み出た男は、この公邸の主であるビュクシの行政官、オットー・ヴァインベルガーだった。年齢はパベルの倍以上あると思われ、豊かな口ひげを蓄えた肥満体の紳士である。

 髪の色からして魔人族なのは間違いないが、評議会でしかるべき地位を占めなければ大都市の行政官には就けないし、つまりは相当の出世株ということだ。

「例の調査、無事に終えられたようですな。作戦ご苦労様でした、大佐殿」

 オットーはパベルたちに頭を下げ、ルツィエのことを軍の階級で呼んだ。わざわざそうした理由は明白である。政務の場におけるイェドノタ連邦の王族は、月並みな〈殿下〉という呼称を避け、所属の肩書きで呼ばれることを好むからだ。同じようにパベルは相手に自分を「総督閣下」と普段は呼ばせているし、そうした例は枚挙に遑がない。

 とはいえルツィエは、相変わらず空腹に襲われ、行政官の顔を見ようともしない。やむを得ずパベルは彼女の代理で返事をした。

「ヴァインベルガーよ、貴公もこれでひと安心だな。余も兄として、妹が国家にささやかな貢献をできたことを誇らしく思っている」
「何を申されますか。しかるべき地位の御方は、しかるべき結果を出すものでございます」

 臣下の礼を込めた儀礼的会話もそこそこに、机にむかってブリーフケースを放った後、オットーは応接ソファに戻って慌ただしく腰をかけた。ちなみに彼は秘書官を連れていなかった。政治家としての地位を鑑みれば不自然とも言える行動だが、それは元々パベル自身が許可したことだ。

 というのも、鉄道敷設計画が動きだして以来、辺境州を管轄するパベルは、この肥満体の行政官といくども会談を重ねており、計画の政治面で協力し合う間柄になっていた。つまりパベルの失態を尻拭いする以前から両者の付き合いは長いのだ。

 鉄道敷設ルートの調査隊の長こそはルツィエの任だが、辺境州においてその補給等のサポート及び想定される敷設地の行政府を取りまとめる折衝はひとえに総督であるパベルの仕事だった。

 その頃から彼は実務に明るいオットーを買い、王族の権威をひけらかすような真似は慎んだが、それが結果的に〈積み荷〉の事後処理を支援して貰う要因になったのだから、謙虚な姿勢はいかなる仕事においても役に立つ。

 おかげで人の嫌がる仕事を進んでやったオットーは、失態続きの王子殿下に幻滅したそぶりを見せず、むしろあらためて忠誠を尽くすような声を出すのだった。

「国家への貢献と言えば、これで鉄道敷設計画も順調に動きだしますな。我々ビュクシ行政府もさらなる頑張りをお約束いたします」

 その献身的な発言を聞きとったパベルは、顔を引き締めながら簡素な態度で応じた。

「貴公の力添えあっての計画推進だ。変わらぬ働きぶりを期待している」

 パベルがこのとき示したのは、鉄道敷設調査隊に活動拠点を貸し与え、補給物資を提供してくれたことへの感謝だった。本当ならばルツィエがやるべき仕事だが、パベルはつい勇み足をしたわけだ。

 ルツィエたち調査隊が活動したのは、中央大陸最北端の王都を離れ、南端の港町カサブランカまで届く長大な距離。現在は王都ヴァリのある北リベレツ州でのみ運行されている鉄道を、大陸を縦断させつなぐ一大計画のためだ。実現すれば、現在船舶で二〇日以上かかっている所要時間を七日に短縮できる。物流その他に与えるメリットは計り知れない。

「カサブランカは南方大陸開拓の最前線ですからな。あそこでしかとれない資源や特産物を陸路で運べるようになり、発展から取り残されてきた内陸の辺境州も多大な恩恵に与れるでしょう。ぜひ早期の竣工を願っておりますぞ」

 オットーの力強い発言にパベルは品の良い笑みで応えた。

「広大な未開の地が開拓される。冒険者たちの活躍する時代がもう一度来るのやもしれぬ」

 未来の発展に夢をはせる二人だが、この計画がもつ最大の意義は鉄道敷設という巨大土木事業によって慢性化する一方だった失業問題を解決する点にある。また、路線開発が進むことで内陸部の投資が進み、経済格差の是正にたいする期待もある。

 かつての繁栄に翳りの見えたいま、抜本的な景気対策が急務となって久しい。だが、連邦国家は国内の憂慮を野放しにするつもりはなく、評議会議長である第一王子の指導のもと鉄道敷設をきっかけに果敢な取り組みがはじめられていたのだった。

 そして指導部の命を受けたパベルたちは、これらの行動を秘密裏に進めていたが、むろん表沙汰にできない理由があった。それは鉄道敷設地の用地買収に絡んだことである。計画に協力させたオットーにさえ知らせていない秘められた事実があったのだが、今日は腹を割って伝えねばならない。

「ところで貴公、今日は折り入って頼み事がある」
「頼み事? 何でしょうか?」
「ビュクシ西部からトルナバにかけて広がる鉄道敷設用地のことだ。所有者はこの行政府になっていたと思うが、特殊な方式で供与して貰いたい」
「ほう。どのような?」

 すぐれた文官らしい聡明さを瞳に湛え、オットーはにこやかに問うた。パベルにとって思いのほか悪い反応ではない。彼は横に動かした視線をすぐさま戻してから発言を続けた。

「これは後日、新設する鉄道省の者から聞くことになるだろうが、指導部は用地買収を時価でなく、長期借り上げ方式にして支出を抑えたいと考えている。計画の必要物資に買い占めが起きることと同じくらい、用地価格のつり上げを懸念しているのだ。頼み事とはつまり、土地取引において行政官の個人的な利益を望むな、ということである。建設期間中は膨大な需要が生じるのだから、金が望みならそこで稼いでくれ、よいな?」

 頼み事と言ったわりに、パベルはほとんど命令口調だったが、指導部の意思を代弁した格好だから当然とも言える。そしてそれを受けとめたオットーの側も臣下の礼に則って丁重に拝命するのみだった。

「ご心配には及びません閣下。国家事業で景気が浮揚すれば税収も増えるでしょう。市政を担う者としてそれだけで大助かりです。それに南方大陸の開拓が進むのであれば、ここビュクシは材木の供給地として存在感を示せるはずですから」

 産業の発展によほど自信があるのか、度量の広さを見せつけたオットーに、パベルは思わず「そうか、ありがたいことだ」と満足そうにつぶやいたが、その反応は本心の表れでもあった。

 国家事業は莫大な資金が動く以上、私腹を肥やそうとする者が必然的に出てくる。しかし薄々想像していたとおり、オットーの政治姿勢は国益優先だったらしい。鉄道経由地の行政官が全て彼のような人物であれば計画の推進側もありがたい限りなのだが、実際は個人的利益を追求する連中も少なくないだろうとパベルは懸念している。

 またそうした不安は辺境州を管轄する彼を個人的に悩ませており、正直なことをいえば一刻も早く鉄道敷設関係の仕事から手を引きたいと願わせていた。実際それほど折衝の数が多く、普段の業務にも支障が出ていたからだ。

 軍事組織である鉄兜団が敷設ルートを策定させたいま、用地買収にある程度目端をつけた時点で指導部からしかるべき責任者を立てて貰うのが望ましい。できるなら、管轄地の幾つかを牛耳る小領主のごとき権力者に睨みの利く豪腕な人物を――。

 そんな思索にパベルが意識をそらした直後、応接間の扉を控え目にノックする音が鳴った。(続く
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