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第六章
密談する二人2
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「お前は知らないだろうが、私はアドルフに汚されたんだ」
「ほう?」
話を切り出した途端、挑戦的に鼻を鳴らすフリーデ。リッドはそこへ過去の醜聞を暴露する。
「アドルフは最初に〈遵守〉という魔法を覚えたとき、それを使ってこの私に裸になれと命じた。彼の株を下げたくはないが、事実だから仕方ない。聖職者をまえにしてあるまじき態度だと、私は怒り心頭に発した。そんな犯罪者のごとき輩に個人的興味など持つわけがない」
アドルフのやらかしを告げ口するような真似はフリーデの不快を招く。そんなことは百も承知でリッドは彼との結びつきを断ち切る策に出た。印象ではなく事実を突きつければ、さすがのフリーデも反論はできまいと読み、切実な表情を押し出したリッドは途切れがちに言葉を継いだ。
「幸か不幸か、私の体は聖職者にしては男性の気を引くようにできている。アドルフとて人の子だ。そうした劣情を抱くのは自然と言えるが、司祭相手はまずい。私はその手のアプローチには応えられないし、嫌悪してしまう。彼の人となりに立派な点があることは間違いないが、よもや恋愛感情のごときものを抱くふうに私はできていないんだ」
過去の傷を告白する流れに即して、少々しおらしい演技も混じったが、ただの司祭にしてはまさに迫真とも言える出来映えだった。
そうした自負にもとづきながら、リッドは最後に決め台詞を放った。
「翻ってフリーデ、お前はそういうしがらみとは無縁だ。だれかを好きになるということにおいて全くの自由だ。いや、好きと決めつけてはいけないのかもしれないが、少なくとも私はお前の抱く熱情をそう受け取った。堂々とアドルフに向き合うがいい。女性の魅力を語れるほど世情に通じた人間ではないが、この私から見てもお前は素敵な女に思えるぞ」
もしアドルフが女性を選ぶ段になったとき、最適な恋愛対象になりえるだろう、と言い添え、リッドは教会の説教師を思わせる顔つきになった。悩める信徒を良き方向へ導く、彼女本来のあり方に立ち戻ったのである。
だがフリーデのこぼした返事は、苦悩からの解放とはほど遠かった。
「無理だな。僕はアドルフにそういう対象として見られないと思っている」
ぽつりと言ってフリーデは黙り込んだ。その表情は打って変わって悲しげな色が差し、リッドは思わず慰めの台詞を放ってしまう。
「そんなことがあるもんか。お前は自分を過小評価している」
「違う。正当な評価だ」
言葉尻こそ淀みなかったが、直視するリッドの先でフリーデは突然、落涙をはじめてしまった。機嫌を損ねた鬼のごとき顔を崩し、閉じられた瞼から大粒の涙が雨滴のように落ちてくる。
自分の発言に相手を泣かす要素があっただろうか。自問自答するリッドをよそに、フリーデは悔しげに呻き、涙声でさらに言った。
「認めたくはないが、アドルフは君のような、豊かな胸をもつ女が好きなんだ。唐突に邪悪さを発揮したというのが何よりの証拠だ。僕のような胸の貧相な女を好むわけがない。いまの話ではっきりわかったよ。ほんと、認めたくはなかったんだが……」
両手で胸を抱き、こぼれ落ちる涙が頬を伝う。こんなことになってしまうとはリッドにとって想定外であるばかりか、天におわす《主》ですら予定していなかったのではないか。
嫉妬にくわえて劣等感。人の子の業はかくも深い。すでに司祭としての一面を取り戻したリッドは目の前の事態を冷めた目で眺めながら、同時にこの苦悩する信徒をどうにかしてやらなくてはと真剣に考えを練りはじめた。
負の感情がこじれた者に生半可な慰めは通じない。癒せる言葉もない。その苦しみに寄り添うと言えば簡単だが、触れていい場所は限られる。たとえ聖職に就く者とはいえ、彼らの発揮する慈愛は万能というわけではなく、《主》がもたらす力のほんの一部でしかないのだ。
こういうときリッドは、問題の基準を変えることにしている。わかりやすく言うと、同じ土俵のうえで勝負しないのだ。人の子には多様な面がある。その事実を少しでも気づかせてやるのだ。
「聞いてくれないか、フリーデ。苦しむお前の助けになるかわからぬが、私の見たところアドルフという男の価値観は普通の男性のそれに比べるとだいぶ変わっていると思うのだが」
「何を今さら。あいつだっておっぱいの大きい子のほうが良いに決まってる」
依然、これまでの流れを踏まえて噛みつくフリーデだが、リッドは心乱されず穏やかに続ける。
「それはそうかもしれない。だが変わり者であればあるほど、独特な価値基準で生きているものだ」
一旦言葉を区切り、リッドは空を見上げた。そこから彼女が語ったのはアドルフのとった行動の軌跡だ。ルアーガ遭遇戦を中心に、初対面の頃から見せた野心家ぶり。その行き着く流れの果てとして立案された一連の計画、それが着々と具体的になっていること。
「ひょっとすると私の知らない、お前だけが知っている昔のアドルフも、同じような一面を発揮し続けてきたのではあるまいか。短い付き合いだが、断じて言えることがある。あれは根っからの政治家であって軍人だ。権力や富、名声が欲しいだけなのかもしれないが、どこか純粋さを感じさせる。不思議なやつだ。何が彼をそうさせるのかは私にはわからない。しかしその答えはフリーデ、お前のようにずっと傍にいた人間だけがたどり着けるのではないか、どうだろう?」
その語りは、いわばフリーデの自尊心に訴える言葉だった。濃密な時間をともに過ごした人間であればあるほど、ひとは周囲の雑音に左右されない強い自信を手にできる。
フリーデにそれがないわけがないとリッドは考えたのだ。するとはたせるかな、彼女の読みはフリーデという女の抱えた真実に届いたようだ。
その証拠に彼女は、雨に打たれた子犬のような顔をやめ、切れ長の目に光がともった。力を取り戻した視線はリッドとは違う方向へ向けられたが、瞳の色は容易に見通せないほど深い。きっと両目に映るもの以外を、過去という遠い空を凝然と眺めとっているのかもしれないとリッドには感じられた。
そう、きっとリッドの知らない、もしくは見えていなかったアドルフの姿を、フリーデはいまありありと想起したのだろう。
そうなるともう、余計な言葉は要らなかった。リッドがいちばん望んだとおり、フリーデは自分の心と向き合ったのだろう。何かの答えとなる道しるべは、心のなかに最初からあったりする。相手をそういう状態へ導けば、説教師の仕事は終わったようなものだ。
「なるほどな、君の言うとおりだ。どうやら僕は見るべきものを誤っていた」
晴れやかな表情とは言いがたいが、フリーデは透明感のある声で言った。
それを聞き届け、リッドは思った。自分がひと月近く付き合ったアドルフという男の価値観は、相手の容姿や愛嬌といった外面的要素に置かれていない。彼はたぶん、他人とは違う世界が見えており、そこにたどり着くために絶えず必死なだけだ。
より長い付き合いをもつフリーデなら、気づかないわけがない。しかし直情的というのか、向こう見ずというのか、独特の視野の狭さが二人の共通点だ。それは長所とも短所ともなりえるが、似た者どうしという点で共感を抱かせるのは確かだろう。
「さすが教会の司祭だけあるな。まあ何だ、いまのはかなり説得力があったよ」
ようやくフリーデの視線がリッドを捉え、青空を映した双眸はこれまでにない色を放っていた。しかも心無しかお辞儀をしており、リッドは取り急ぎ胸元で十字を切るはめになった。
「どういたしまして。すぐさま認識を切り替えられたのはお前の心の強さだ。私の見た感じ、アドルフは戦いで輝く者を尊ぶだろう。そしてお前は戦いでこそ輝くのを望む者に思える。利害の一致といえば趣はないが、噛み合ない二人ではない。彼にむけた感情がどれほど本気か知りえないものの、自信を喪失する材料ではないだろうと私は思う」
リッドが口にしたのは、最後の一押しみたいなものだった。言葉の応酬はすでに片がつき、フリーデは端然と頷きながら決まり悪く小声で礼を言った。
「ありがとう。大事なことに気づかせてくれて」
ふと見れば、普段のおっかない表情も弛んでいる。それを眺めとったリッドは軽く目を細めた。
「えらくしおらしい発言だな」
「これから亜人族は敬虔さを得ようとしているのだから、当然のことを言ったまでだ」
話を綺麗にまとめながら、フリーデは再びむすっとした顔で悪態をついた。その微妙な感情のあり方は、彼女がリッドの説教に丸め込まれたわけではないことを物語っている。
その証拠に、これで終わりとばかりに教会を離れようとしたフリーデは、何か言い忘れたことを思い出したらしくリッドのほうを振り返る。そのへの字に曲がった口許は、彼女が最初に示した疑念をもう一度この場に呼び戻した。
「いずれにしろ、君の誤解を解くのはやるべきことが終わってからにしようじゃないか」
「誤解?」
一瞬、理解が追いつかないふりをしてとぼけたリッドにさらなる発言が追いすがる。
「君がアドルフに関わる動機の不純さも、戦いを通じて否応なく晴れるかもしれないと言っているんだ。それにこれだけは言っておくが、アドルフの隣に立つのは僕だ。もしも不服ならそのことを力で証明してやる」
決然と言って、フリーデは文字どおり背中で意志を語りながら教会の建物から姿を消した。
あとにぽつんと残されたリッドはしばし枯れ木のような寂しさをともなって考える。
どうやらかけられた嫌疑そのものは完全には解消されていなかったようだ。リッドは心のなかに小さな苦笑を浮かべ、自分の胸に手を添えた。
――不純も何も、私にそれを決める権利はないんだがな。
言葉にならない言い訳は、周囲の空気に溶け込まなかった。代わりに外から吹き込んだ寒風がリッドの思いをさらい、遠くへ連れ去ってしまう。赤い屋根がまばらに立ち並ぶ、トルナバの田舎びた街並みへと。
「ほう?」
話を切り出した途端、挑戦的に鼻を鳴らすフリーデ。リッドはそこへ過去の醜聞を暴露する。
「アドルフは最初に〈遵守〉という魔法を覚えたとき、それを使ってこの私に裸になれと命じた。彼の株を下げたくはないが、事実だから仕方ない。聖職者をまえにしてあるまじき態度だと、私は怒り心頭に発した。そんな犯罪者のごとき輩に個人的興味など持つわけがない」
アドルフのやらかしを告げ口するような真似はフリーデの不快を招く。そんなことは百も承知でリッドは彼との結びつきを断ち切る策に出た。印象ではなく事実を突きつければ、さすがのフリーデも反論はできまいと読み、切実な表情を押し出したリッドは途切れがちに言葉を継いだ。
「幸か不幸か、私の体は聖職者にしては男性の気を引くようにできている。アドルフとて人の子だ。そうした劣情を抱くのは自然と言えるが、司祭相手はまずい。私はその手のアプローチには応えられないし、嫌悪してしまう。彼の人となりに立派な点があることは間違いないが、よもや恋愛感情のごときものを抱くふうに私はできていないんだ」
過去の傷を告白する流れに即して、少々しおらしい演技も混じったが、ただの司祭にしてはまさに迫真とも言える出来映えだった。
そうした自負にもとづきながら、リッドは最後に決め台詞を放った。
「翻ってフリーデ、お前はそういうしがらみとは無縁だ。だれかを好きになるということにおいて全くの自由だ。いや、好きと決めつけてはいけないのかもしれないが、少なくとも私はお前の抱く熱情をそう受け取った。堂々とアドルフに向き合うがいい。女性の魅力を語れるほど世情に通じた人間ではないが、この私から見てもお前は素敵な女に思えるぞ」
もしアドルフが女性を選ぶ段になったとき、最適な恋愛対象になりえるだろう、と言い添え、リッドは教会の説教師を思わせる顔つきになった。悩める信徒を良き方向へ導く、彼女本来のあり方に立ち戻ったのである。
だがフリーデのこぼした返事は、苦悩からの解放とはほど遠かった。
「無理だな。僕はアドルフにそういう対象として見られないと思っている」
ぽつりと言ってフリーデは黙り込んだ。その表情は打って変わって悲しげな色が差し、リッドは思わず慰めの台詞を放ってしまう。
「そんなことがあるもんか。お前は自分を過小評価している」
「違う。正当な評価だ」
言葉尻こそ淀みなかったが、直視するリッドの先でフリーデは突然、落涙をはじめてしまった。機嫌を損ねた鬼のごとき顔を崩し、閉じられた瞼から大粒の涙が雨滴のように落ちてくる。
自分の発言に相手を泣かす要素があっただろうか。自問自答するリッドをよそに、フリーデは悔しげに呻き、涙声でさらに言った。
「認めたくはないが、アドルフは君のような、豊かな胸をもつ女が好きなんだ。唐突に邪悪さを発揮したというのが何よりの証拠だ。僕のような胸の貧相な女を好むわけがない。いまの話ではっきりわかったよ。ほんと、認めたくはなかったんだが……」
両手で胸を抱き、こぼれ落ちる涙が頬を伝う。こんなことになってしまうとはリッドにとって想定外であるばかりか、天におわす《主》ですら予定していなかったのではないか。
嫉妬にくわえて劣等感。人の子の業はかくも深い。すでに司祭としての一面を取り戻したリッドは目の前の事態を冷めた目で眺めながら、同時にこの苦悩する信徒をどうにかしてやらなくてはと真剣に考えを練りはじめた。
負の感情がこじれた者に生半可な慰めは通じない。癒せる言葉もない。その苦しみに寄り添うと言えば簡単だが、触れていい場所は限られる。たとえ聖職に就く者とはいえ、彼らの発揮する慈愛は万能というわけではなく、《主》がもたらす力のほんの一部でしかないのだ。
こういうときリッドは、問題の基準を変えることにしている。わかりやすく言うと、同じ土俵のうえで勝負しないのだ。人の子には多様な面がある。その事実を少しでも気づかせてやるのだ。
「聞いてくれないか、フリーデ。苦しむお前の助けになるかわからぬが、私の見たところアドルフという男の価値観は普通の男性のそれに比べるとだいぶ変わっていると思うのだが」
「何を今さら。あいつだっておっぱいの大きい子のほうが良いに決まってる」
依然、これまでの流れを踏まえて噛みつくフリーデだが、リッドは心乱されず穏やかに続ける。
「それはそうかもしれない。だが変わり者であればあるほど、独特な価値基準で生きているものだ」
一旦言葉を区切り、リッドは空を見上げた。そこから彼女が語ったのはアドルフのとった行動の軌跡だ。ルアーガ遭遇戦を中心に、初対面の頃から見せた野心家ぶり。その行き着く流れの果てとして立案された一連の計画、それが着々と具体的になっていること。
「ひょっとすると私の知らない、お前だけが知っている昔のアドルフも、同じような一面を発揮し続けてきたのではあるまいか。短い付き合いだが、断じて言えることがある。あれは根っからの政治家であって軍人だ。権力や富、名声が欲しいだけなのかもしれないが、どこか純粋さを感じさせる。不思議なやつだ。何が彼をそうさせるのかは私にはわからない。しかしその答えはフリーデ、お前のようにずっと傍にいた人間だけがたどり着けるのではないか、どうだろう?」
その語りは、いわばフリーデの自尊心に訴える言葉だった。濃密な時間をともに過ごした人間であればあるほど、ひとは周囲の雑音に左右されない強い自信を手にできる。
フリーデにそれがないわけがないとリッドは考えたのだ。するとはたせるかな、彼女の読みはフリーデという女の抱えた真実に届いたようだ。
その証拠に彼女は、雨に打たれた子犬のような顔をやめ、切れ長の目に光がともった。力を取り戻した視線はリッドとは違う方向へ向けられたが、瞳の色は容易に見通せないほど深い。きっと両目に映るもの以外を、過去という遠い空を凝然と眺めとっているのかもしれないとリッドには感じられた。
そう、きっとリッドの知らない、もしくは見えていなかったアドルフの姿を、フリーデはいまありありと想起したのだろう。
そうなるともう、余計な言葉は要らなかった。リッドがいちばん望んだとおり、フリーデは自分の心と向き合ったのだろう。何かの答えとなる道しるべは、心のなかに最初からあったりする。相手をそういう状態へ導けば、説教師の仕事は終わったようなものだ。
「なるほどな、君の言うとおりだ。どうやら僕は見るべきものを誤っていた」
晴れやかな表情とは言いがたいが、フリーデは透明感のある声で言った。
それを聞き届け、リッドは思った。自分がひと月近く付き合ったアドルフという男の価値観は、相手の容姿や愛嬌といった外面的要素に置かれていない。彼はたぶん、他人とは違う世界が見えており、そこにたどり着くために絶えず必死なだけだ。
より長い付き合いをもつフリーデなら、気づかないわけがない。しかし直情的というのか、向こう見ずというのか、独特の視野の狭さが二人の共通点だ。それは長所とも短所ともなりえるが、似た者どうしという点で共感を抱かせるのは確かだろう。
「さすが教会の司祭だけあるな。まあ何だ、いまのはかなり説得力があったよ」
ようやくフリーデの視線がリッドを捉え、青空を映した双眸はこれまでにない色を放っていた。しかも心無しかお辞儀をしており、リッドは取り急ぎ胸元で十字を切るはめになった。
「どういたしまして。すぐさま認識を切り替えられたのはお前の心の強さだ。私の見た感じ、アドルフは戦いで輝く者を尊ぶだろう。そしてお前は戦いでこそ輝くのを望む者に思える。利害の一致といえば趣はないが、噛み合ない二人ではない。彼にむけた感情がどれほど本気か知りえないものの、自信を喪失する材料ではないだろうと私は思う」
リッドが口にしたのは、最後の一押しみたいなものだった。言葉の応酬はすでに片がつき、フリーデは端然と頷きながら決まり悪く小声で礼を言った。
「ありがとう。大事なことに気づかせてくれて」
ふと見れば、普段のおっかない表情も弛んでいる。それを眺めとったリッドは軽く目を細めた。
「えらくしおらしい発言だな」
「これから亜人族は敬虔さを得ようとしているのだから、当然のことを言ったまでだ」
話を綺麗にまとめながら、フリーデは再びむすっとした顔で悪態をついた。その微妙な感情のあり方は、彼女がリッドの説教に丸め込まれたわけではないことを物語っている。
その証拠に、これで終わりとばかりに教会を離れようとしたフリーデは、何か言い忘れたことを思い出したらしくリッドのほうを振り返る。そのへの字に曲がった口許は、彼女が最初に示した疑念をもう一度この場に呼び戻した。
「いずれにしろ、君の誤解を解くのはやるべきことが終わってからにしようじゃないか」
「誤解?」
一瞬、理解が追いつかないふりをしてとぼけたリッドにさらなる発言が追いすがる。
「君がアドルフに関わる動機の不純さも、戦いを通じて否応なく晴れるかもしれないと言っているんだ。それにこれだけは言っておくが、アドルフの隣に立つのは僕だ。もしも不服ならそのことを力で証明してやる」
決然と言って、フリーデは文字どおり背中で意志を語りながら教会の建物から姿を消した。
あとにぽつんと残されたリッドはしばし枯れ木のような寂しさをともなって考える。
どうやらかけられた嫌疑そのものは完全には解消されていなかったようだ。リッドは心のなかに小さな苦笑を浮かべ、自分の胸に手を添えた。
――不純も何も、私にそれを決める権利はないんだがな。
言葉にならない言い訳は、周囲の空気に溶け込まなかった。代わりに外から吹き込んだ寒風がリッドの思いをさらい、遠くへ連れ去ってしまう。赤い屋根がまばらに立ち並ぶ、トルナバの田舎びた街並みへと。
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