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第六章
開戦前3
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そして最後の幕僚会議から二日経った現在――。
作戦準備の期間はたった三週間しかなかった。怒濤のように過ぎ去ったが、そのなかでやるべきこと、やらないべきことを峻別し、当日を迎えることができた。
少しでも未練があると、生来神経質なきらいのあるアドルフは、体のあちこちにむずがゆさを覚え、唐突な作戦会議を開きかねない。総統時代、ドイツ国防軍の幹部たちはその性格に大いに振りまわされ、総統暗殺計画が実施された原因のひとつにもなっていた。
だからこそ、凪いだ水面のような心境でいられることがアドルフは嬉しかったようだ。幕僚や兵士を見渡しても、暗い顔をしている者は一人もいなかった。その平穏は、最後の会議でフリーデに魔獣の捕獲を要請し、それを彼女が承諾したがゆえの産物である。アドルフが思い描いた戦略は、味方の献身によって完成しつつあるのだ。
彼はリッドやディアナと共に、一方で〈死の森〉へ向かったフリーデ、他方でビュクシに派遣した交渉人の帰りを待ちながら乾燥とうもろこしを撒き、鳩のついばむしぐさを愛でていた。
そんな時間潰しに飽きた頃、アドルフは翼竜のうえに乗り、なんとうたた寝をはじめた。リッドの翼竜は人懐っこく、彼の存在を嫌がり、地面に振り落とす真似はしなかった。小休止を望んだ男を優しく迎え入れ、長い首を伸ばし、広場に群れる鳩のことをくちばしで小突きまわしている。
早朝の冷え込みは日が昇りだすと段々緩んできたが、快晴に近かった天候は風向きが変わったことで空に薄灰色の雲を送り込んできた。
チェイカと翼竜を使った戦いはいわば空戦の一種であり、雲は分厚いほうがいい。運気まで自分に味方していることを感じとりながら居眠りをはじめたアドルフに倣って、居合わせた作戦参加者も思い思いの格好で休憩をとった。
やがて物音に気づいたアドルフが目覚めたとき、トルナバの町役場からちょうど午前七時を告げる鐘の音が聞こえた。
五つめの鐘が鳴り渡り、彼は翼竜の下から声をかけられた。声色からリッドだとわかった。
「起きろ。世界征服の時間だぞ」
意識をすぐに覚ましたアドルフは「お前が冗談を言うなんて珍しいな?」と軽口を叩き、翼竜の上から起きあがり地面へと降り立つ。
そして大きく体を伸ばしながらアドルフはリッドのほうを振り返る。するとその隣には、ビュクシから戻ったとおぼしき交渉人が佇んでいた。
「いまさっき帰還いたしました、ヒトラーさん」
寄せ集め同然だった兵士のうち、交渉人はもっとも上品な顔だちの男である。セルヴァ語を身につけているため、アドルフに敬語で話す彼こそは行政府に最後通牒を突きつける仕事を任せてきた町役場の中堅幹部だ。
男はビュクシにて宿泊した後、早朝に移動手段であるチェイカを飛ばしてきたばかりのようで、真面目ぶった役人の表情にくわえ、上気した顔から興奮した様子が感じとれる。
アドルフが無言で握手を求めると、交渉人の男はおもむろに「申し訳ありませんでした」と頭を下げた。それは最後の上訴状も却下されたことを意味するジェスチャーに他ならない。
とはいえその結果は、アドルフとしては予想どおりである。謝られる筋合いはない。
「気に病むな。悪いのは行政府の連中である」
ねぎらいの言葉をかけ、軽く握手をかわすと、交渉人の男が気になることを口にした。
「そうかもしれませんが、注意すべき点もありました」
「なんだ?」
相手を萎縮させない程度に眉をひそめたアドルフを交渉人の男が見つめ返して言う。
「実は鉄兜団とおぼしきメンバーが集団行動をとっていました。普段は見かけてもバラバラに動いていたことを考慮すると何らかの指示があったものと思われます」
交渉人の男は公務の終業をはるかに過ぎた時間になって行政官から返事を貰ったが、その帰り際、行政府庁舎に入る黒衣の連中と鉢合わせたという。
こうした情報を総合すると行政官と鉄兜団は連携している可能性が高く、彼らが個人行動を止めたのは非常事態にたいする備えと見なしうる。
「深夜は魔獣が危険ですので、やはり明け方前に出発しました。到着の遅延もお詫びいたします」
「謝罪には及ばん。むしろよくやってくれた」
アドルフは再度労をねぎらうべく、男の肩を気安く叩いた。交渉人の男は感激したのか、顔を上気させながら頭を下げてくる。
そのときだった。広場の真ん中に小さな歓声が湧いた。
見れば、作戦に集った兵士たちが一箇所に集まっている。彼らの視線の先をアドルフも追った。
空に浮かんだそれは最初小さな点にしか見えなかった。しかしひと塊の黒い点はたちまち秒速でバラけはじめ、視力の良い者にはチェイカの姿がはっきり見えたはずである。
静かな喝采は徐々に大きくなり、アドルフの確信も高まった。間違いない。魔獣を捕獲すべく〈死の森〉に向かったフリーデがトルナバの空域まで戻ってきたのだ。
「ヒトラーの旦那!」
兵士の一人が叫び声をあげ、両腕をうえに突きあげた。敵への情報漏洩を気にしていたアドルフだが、魔獣活用策のことは昨日の時点で兵士にも伝達済みである。ゆえにフリーデが到着した意味をこの場の全員が理解していた。
「まだ二〇歳にもなっておらんのに旦那はないであろ」
冒険者気質の抜けない兵士の発言に苦笑しつつも、そこにこめられた祈るような期待を捉え損なうアドルフではない。情勢の変化を受け、たちまち疾風のような檄を全員に飛ばす。
「準備につけ。あれらを先導する形で我々もビュクシへ立つ」
音量は普通だが、よく通る声でアドルフは言った。兵士たちはすでに準備を整えたチェイカへと次々に飛び乗った。
そんな光景を目にしながらアドルフは思う。今回の計画はきわめて順調に進んだと。
とにかく敵失に助けられた。相手の抵抗を想定しながらも、もし早い段階で上訴が通ってしまったら対魔人族という構図はつくれなかったはずだし、野心の追求はそこで妨げられざるをえなかった。
前世でも彼は、政敵の度重なるミスによって政権奪取をはたせた。例えば首相に指名された一九三三年までのあいだ、彼と同じ経済政策を用いて失業問題を解決する政治家が現れていたら、独裁者ヒトラーの台頭はなかったのである。
問題は敵の生み出した隙を有効活用することだ。計画を立て、兵を集め、高い士気をたもちながら行動する。その先頭にアドルフは立つ。何度もやってきたことだ。ミュンヘン一揆でも、レームの粛清でも、ピストルを片手に部下を率いた。普通の政治家には考えもつかない、命知らずな革命家のごとき真似を。
だからこそ、今回の作戦指揮も翼竜のうえから直にとることになっている。
リッドが飛び乗った背後へ、体を滑り込ませる。周囲をぐるりと見渡せば、他の連中も己のチェイカを発進させようとしていた。この間、一分もかかっていない。正規軍でないことを考えると優秀だ。
ビュクシには三時間で着く。急襲は午前一〇時頃になるだろうか。それは当初概算した到着時間と寸分変わらないことを意味する。
もっとも、たったひとつだけアドルフの思惑どおりに進まないことがあった。
彼に口惜しさを感じさせること。それはノインの不在だ。結局、開戦に踏み切る最後の瞬間になっても彼女は姿を見せなかった。
劇的な瞬間とは、得てして期待を裏切るような形で訪れる。意見を異にし、部隊を離反した者が、いざ戦闘のとば口に立とうとする局面で颯爽と現れる。根がロマンティストなため、アドルフは幕僚のだれもが想定しなかった美しい展開に賭けていた。しかしそれが果たされることはなかった。
――やむを得ん。結果を出せばノインも必ずわかってくれる。個人の幸福を求めるには、先んじて全体の利益を追求せねばならんことを。
見上げれば、空はうねり狂う大地のように曇ってきた。アドルフは部隊全体が見える位置で後方に眼を向けた。
遠くの空域に見えた黒い点は、いまや複数の飛行物体として視認できた。いちばん先頭を行くのはフリーデの搭乗するチェイカで、その次に巨大な風船が続いている。
「あれが魔獣の幼生を乗せた気球だな」
翼竜の手綱を握りながらリッドが口にした。それがたんなる気球でないことはこちらへ接近する速度に着目すればわかる。フリーデが力学魔法で操っているため、加速度がついているのだ。
〈死の森〉から戻ったばかりの彼女は防塵マスクを着けており、顔の半分は見えなかった。その背後にフリーデが引き連れた魔獣〈空飛ぶヒトデ〉の姿が見えた。地上から数メーテル浮き上がったその胴体は、黄色い光を点滅させながら、いわゆる警戒色のようなものを放っている。
魔獣の誘導に成功したのはもう明らかだった。したがって段取りはこれで全て整ったと見てよい。そうなるとなすべきことはたったひとつである。立案した作戦どおり、全速力でビュクシへ向かうだけだ。
「進軍開始!」
防塵マスクを着けたアドルフの裂帛を合図に、翼竜が大地を蹴り、空へと舞いあがった。そのあとに動力音もけたたましくチェイカの隊列が続く。
全軍の発進を見届けたあと、アドルフはひとりでほくそ笑んだ。リッドは正面を向いているため、背中越しにそれを見るわけにはいかない。だが、次第に洩れてくる哄笑を無視することはできなかったようだ。
「どうした? 随分嬉しそうだな」
気づけば高笑いとなったアドルフは空を見上げながら返事をする。
「べつに嬉しがっておらんし、それをするのは時期尚早だ。我はいま単にホッとしておる」
口ではにべもなく否定するが、本心は異なっていた。
アドルフは自分の要求に応えた者には惜しみなく称賛を捧げる男であったから、フリーデがそれをやり遂げたことが愉快で堪らなくなったのだ。
彼女は確かにエディッサの調達をみずから買って出た。
しかしそのときアドルフは、同時にもうひとつ別の事を要求した。これはフリーデだけに伝え、他の幕僚たちが知る由もない命令だ。
達成できれば御の字くらいに思っていたが、後方を振り返れば彼女がそれをなし遂げたことは一目瞭然である。困難な任務であったことは想像に難くないが、戦力の増強という点では申し分ない。
笑いが止まらなくなったアドルフはついに両手を打ち鳴らす。何が彼をそんなに喜ばせたのか。肝心の答えは、前方を見つめるリッドが妙に平静な声でつぶやき返してきた。
「仕事のできるやつだとは思っていたが、まさかフリーデがエディッサを三体も連れてくるとは。母親の一体だけでもひと苦労だったろうに、正直言ってちょっと驚かされた」
作戦準備の期間はたった三週間しかなかった。怒濤のように過ぎ去ったが、そのなかでやるべきこと、やらないべきことを峻別し、当日を迎えることができた。
少しでも未練があると、生来神経質なきらいのあるアドルフは、体のあちこちにむずがゆさを覚え、唐突な作戦会議を開きかねない。総統時代、ドイツ国防軍の幹部たちはその性格に大いに振りまわされ、総統暗殺計画が実施された原因のひとつにもなっていた。
だからこそ、凪いだ水面のような心境でいられることがアドルフは嬉しかったようだ。幕僚や兵士を見渡しても、暗い顔をしている者は一人もいなかった。その平穏は、最後の会議でフリーデに魔獣の捕獲を要請し、それを彼女が承諾したがゆえの産物である。アドルフが思い描いた戦略は、味方の献身によって完成しつつあるのだ。
彼はリッドやディアナと共に、一方で〈死の森〉へ向かったフリーデ、他方でビュクシに派遣した交渉人の帰りを待ちながら乾燥とうもろこしを撒き、鳩のついばむしぐさを愛でていた。
そんな時間潰しに飽きた頃、アドルフは翼竜のうえに乗り、なんとうたた寝をはじめた。リッドの翼竜は人懐っこく、彼の存在を嫌がり、地面に振り落とす真似はしなかった。小休止を望んだ男を優しく迎え入れ、長い首を伸ばし、広場に群れる鳩のことをくちばしで小突きまわしている。
早朝の冷え込みは日が昇りだすと段々緩んできたが、快晴に近かった天候は風向きが変わったことで空に薄灰色の雲を送り込んできた。
チェイカと翼竜を使った戦いはいわば空戦の一種であり、雲は分厚いほうがいい。運気まで自分に味方していることを感じとりながら居眠りをはじめたアドルフに倣って、居合わせた作戦参加者も思い思いの格好で休憩をとった。
やがて物音に気づいたアドルフが目覚めたとき、トルナバの町役場からちょうど午前七時を告げる鐘の音が聞こえた。
五つめの鐘が鳴り渡り、彼は翼竜の下から声をかけられた。声色からリッドだとわかった。
「起きろ。世界征服の時間だぞ」
意識をすぐに覚ましたアドルフは「お前が冗談を言うなんて珍しいな?」と軽口を叩き、翼竜の上から起きあがり地面へと降り立つ。
そして大きく体を伸ばしながらアドルフはリッドのほうを振り返る。するとその隣には、ビュクシから戻ったとおぼしき交渉人が佇んでいた。
「いまさっき帰還いたしました、ヒトラーさん」
寄せ集め同然だった兵士のうち、交渉人はもっとも上品な顔だちの男である。セルヴァ語を身につけているため、アドルフに敬語で話す彼こそは行政府に最後通牒を突きつける仕事を任せてきた町役場の中堅幹部だ。
男はビュクシにて宿泊した後、早朝に移動手段であるチェイカを飛ばしてきたばかりのようで、真面目ぶった役人の表情にくわえ、上気した顔から興奮した様子が感じとれる。
アドルフが無言で握手を求めると、交渉人の男はおもむろに「申し訳ありませんでした」と頭を下げた。それは最後の上訴状も却下されたことを意味するジェスチャーに他ならない。
とはいえその結果は、アドルフとしては予想どおりである。謝られる筋合いはない。
「気に病むな。悪いのは行政府の連中である」
ねぎらいの言葉をかけ、軽く握手をかわすと、交渉人の男が気になることを口にした。
「そうかもしれませんが、注意すべき点もありました」
「なんだ?」
相手を萎縮させない程度に眉をひそめたアドルフを交渉人の男が見つめ返して言う。
「実は鉄兜団とおぼしきメンバーが集団行動をとっていました。普段は見かけてもバラバラに動いていたことを考慮すると何らかの指示があったものと思われます」
交渉人の男は公務の終業をはるかに過ぎた時間になって行政官から返事を貰ったが、その帰り際、行政府庁舎に入る黒衣の連中と鉢合わせたという。
こうした情報を総合すると行政官と鉄兜団は連携している可能性が高く、彼らが個人行動を止めたのは非常事態にたいする備えと見なしうる。
「深夜は魔獣が危険ですので、やはり明け方前に出発しました。到着の遅延もお詫びいたします」
「謝罪には及ばん。むしろよくやってくれた」
アドルフは再度労をねぎらうべく、男の肩を気安く叩いた。交渉人の男は感激したのか、顔を上気させながら頭を下げてくる。
そのときだった。広場の真ん中に小さな歓声が湧いた。
見れば、作戦に集った兵士たちが一箇所に集まっている。彼らの視線の先をアドルフも追った。
空に浮かんだそれは最初小さな点にしか見えなかった。しかしひと塊の黒い点はたちまち秒速でバラけはじめ、視力の良い者にはチェイカの姿がはっきり見えたはずである。
静かな喝采は徐々に大きくなり、アドルフの確信も高まった。間違いない。魔獣を捕獲すべく〈死の森〉に向かったフリーデがトルナバの空域まで戻ってきたのだ。
「ヒトラーの旦那!」
兵士の一人が叫び声をあげ、両腕をうえに突きあげた。敵への情報漏洩を気にしていたアドルフだが、魔獣活用策のことは昨日の時点で兵士にも伝達済みである。ゆえにフリーデが到着した意味をこの場の全員が理解していた。
「まだ二〇歳にもなっておらんのに旦那はないであろ」
冒険者気質の抜けない兵士の発言に苦笑しつつも、そこにこめられた祈るような期待を捉え損なうアドルフではない。情勢の変化を受け、たちまち疾風のような檄を全員に飛ばす。
「準備につけ。あれらを先導する形で我々もビュクシへ立つ」
音量は普通だが、よく通る声でアドルフは言った。兵士たちはすでに準備を整えたチェイカへと次々に飛び乗った。
そんな光景を目にしながらアドルフは思う。今回の計画はきわめて順調に進んだと。
とにかく敵失に助けられた。相手の抵抗を想定しながらも、もし早い段階で上訴が通ってしまったら対魔人族という構図はつくれなかったはずだし、野心の追求はそこで妨げられざるをえなかった。
前世でも彼は、政敵の度重なるミスによって政権奪取をはたせた。例えば首相に指名された一九三三年までのあいだ、彼と同じ経済政策を用いて失業問題を解決する政治家が現れていたら、独裁者ヒトラーの台頭はなかったのである。
問題は敵の生み出した隙を有効活用することだ。計画を立て、兵を集め、高い士気をたもちながら行動する。その先頭にアドルフは立つ。何度もやってきたことだ。ミュンヘン一揆でも、レームの粛清でも、ピストルを片手に部下を率いた。普通の政治家には考えもつかない、命知らずな革命家のごとき真似を。
だからこそ、今回の作戦指揮も翼竜のうえから直にとることになっている。
リッドが飛び乗った背後へ、体を滑り込ませる。周囲をぐるりと見渡せば、他の連中も己のチェイカを発進させようとしていた。この間、一分もかかっていない。正規軍でないことを考えると優秀だ。
ビュクシには三時間で着く。急襲は午前一〇時頃になるだろうか。それは当初概算した到着時間と寸分変わらないことを意味する。
もっとも、たったひとつだけアドルフの思惑どおりに進まないことがあった。
彼に口惜しさを感じさせること。それはノインの不在だ。結局、開戦に踏み切る最後の瞬間になっても彼女は姿を見せなかった。
劇的な瞬間とは、得てして期待を裏切るような形で訪れる。意見を異にし、部隊を離反した者が、いざ戦闘のとば口に立とうとする局面で颯爽と現れる。根がロマンティストなため、アドルフは幕僚のだれもが想定しなかった美しい展開に賭けていた。しかしそれが果たされることはなかった。
――やむを得ん。結果を出せばノインも必ずわかってくれる。個人の幸福を求めるには、先んじて全体の利益を追求せねばならんことを。
見上げれば、空はうねり狂う大地のように曇ってきた。アドルフは部隊全体が見える位置で後方に眼を向けた。
遠くの空域に見えた黒い点は、いまや複数の飛行物体として視認できた。いちばん先頭を行くのはフリーデの搭乗するチェイカで、その次に巨大な風船が続いている。
「あれが魔獣の幼生を乗せた気球だな」
翼竜の手綱を握りながらリッドが口にした。それがたんなる気球でないことはこちらへ接近する速度に着目すればわかる。フリーデが力学魔法で操っているため、加速度がついているのだ。
〈死の森〉から戻ったばかりの彼女は防塵マスクを着けており、顔の半分は見えなかった。その背後にフリーデが引き連れた魔獣〈空飛ぶヒトデ〉の姿が見えた。地上から数メーテル浮き上がったその胴体は、黄色い光を点滅させながら、いわゆる警戒色のようなものを放っている。
魔獣の誘導に成功したのはもう明らかだった。したがって段取りはこれで全て整ったと見てよい。そうなるとなすべきことはたったひとつである。立案した作戦どおり、全速力でビュクシへ向かうだけだ。
「進軍開始!」
防塵マスクを着けたアドルフの裂帛を合図に、翼竜が大地を蹴り、空へと舞いあがった。そのあとに動力音もけたたましくチェイカの隊列が続く。
全軍の発進を見届けたあと、アドルフはひとりでほくそ笑んだ。リッドは正面を向いているため、背中越しにそれを見るわけにはいかない。だが、次第に洩れてくる哄笑を無視することはできなかったようだ。
「どうした? 随分嬉しそうだな」
気づけば高笑いとなったアドルフは空を見上げながら返事をする。
「べつに嬉しがっておらんし、それをするのは時期尚早だ。我はいま単にホッとしておる」
口ではにべもなく否定するが、本心は異なっていた。
アドルフは自分の要求に応えた者には惜しみなく称賛を捧げる男であったから、フリーデがそれをやり遂げたことが愉快で堪らなくなったのだ。
彼女は確かにエディッサの調達をみずから買って出た。
しかしそのときアドルフは、同時にもうひとつ別の事を要求した。これはフリーデだけに伝え、他の幕僚たちが知る由もない命令だ。
達成できれば御の字くらいに思っていたが、後方を振り返れば彼女がそれをなし遂げたことは一目瞭然である。困難な任務であったことは想像に難くないが、戦力の増強という点では申し分ない。
笑いが止まらなくなったアドルフはついに両手を打ち鳴らす。何が彼をそんなに喜ばせたのか。肝心の答えは、前方を見つめるリッドが妙に平静な声でつぶやき返してきた。
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