緋黒の焔〜ヒトラー異世界戦記〜

影山ろここ

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第七章

ビュクシ攻防戦4

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 こんなことなら結界を張っておけばよかったとルツィエは思った。全体は無理でもせめて城塞の南側だけでも結界があれば、敵襲を一時的に食い止めるクッションの役目をはたしたに違いない。運用するには多数の魔導師を動員する必要があっただろうが、増援の可能性はゼロではなかったはずだ。

 それに相手を意固地にさせたのは行政官の不手際である。遺族を名乗っている連中も、どうせほしいのは金だろう。連中があっと驚くような金をくれてやればよかったのだ。どちらにしろ初動に致命的な誤りがあった。

「馬鹿丸出しだわ。金をケチるからこんな目に!」

 資本主義国家を統治した経験がないことでルツィエ、つまりスターリンは、転生した世界の大多数をひと皮むけば金の亡者だと思い込んでいるふしがあったから、予想外の強襲を浴びて混乱する鉄兜団を尻目に、理屈が通らぬ罵声を言い放ち、発進させたチェイカをでたらめに操った。

 城壁のはるか後方に待機していた彼女だが、魔獣三体の突進で陣形はすでに崩壊した。行動をともにしていた手勢はよく見ると一機しかいない。
 かろうじて位置関係の把握に努めるルツィエに向け、ペンダント越しに悪魔の声が聞こえた。

「フヒハハ。これだけの襲撃をやってのける輩が金に目が眩むとは思えぬが?」

 嫌らしい笑い声を立ててきたのはグレアムだった。戦闘の開始を察知し、通信回路を開いてきたのだ。

「黙りなさい害虫!」

 口汚く一喝したルツィエだが、相手の言い分は理解している。思いきりむかっ腹が立ち、それをどこかへぶつけねば気が済まなかったのだ。

「苦境を肌で感じているようだな。これを機に殊勝な性格を養うがよかろう」

 嫌みはまたしてもグレアムのものだ。ルツィエの顔色をからかったということは、視界を有している証拠だ。どういう理屈か以前から不明だが、気持ちが悪いことこの上ない。

 不快に歪んでいくルツィエの顔だが、頭は少しずつ冷めてきた。そのおかげで自分の現在地がどこか、ようやく理解が追いついてくる。
 朦々と立ちこめる土煙が風に流され、視界はとても悪かったが、曇り空から覗く太陽が目印となった。斜め上から差し込む日射しを頼りに、ルツィエはここが街の西側であることを知った。

 そこを基準にすると、城壁に陣取った前衛は街の反対側、北門のほうまで押し込まれたことがわかる。視界の左隅に猛り狂って暴れる〈空飛ぶヒトデエディッサ〉の影が見えたからだ。

 翻って後衛のルツィエたちは、魔獣の進路から弾き飛ばされる形で、街の西半分の領域へ押し出されたと思われる。

 住民保護の観点からすると、魔獣の進路が街の中心部から若干離れていたことだけが幸いだったが、パベルはすでにその優先順位を下げており、ルツィエの意識に上ることもない。

 彼女が真に意識したのは、一瞬にして出現した危機的状況への対処だった。
 態勢を立て直そうにも迂闊に動けない。強襲に成功した敵軍勢はエディッサの暴走を盾に各個撃破へ移ろうとするだろうし、余裕をなくして動きまわる自分たちは敵からすれば格好の的だ。

 なぜこんなことになったかなど、もはや考察している場合ではない。

 視界を塞ぐ土煙にむせたルツィエは、チェイカの姿勢を起こしながら防御魔法を展開した。どこから押し寄せるかわからない敵の攻撃を一時的に阻むためだ。

 早くも守勢一辺倒だがそうしないと命が危ないのだ。ルツィエを筆頭に鉄兜団が陥ったのはそうした絶体絶命の危機であった。

「こんなところで死なれては困る。さっさと切り札を使え」

 グレアムは他人事のような口調で発破をかけてくる。
 もちろんルツィエとて、できたらすぐ実行している。だが、集中の乱れた状態でべつのことに意識を奪われ、そこを魔導師に狙われたらどうなるか、結果は火を見るより明らかだ。いまは攻撃より防御に徹するのが、命をつなぐ最適解である。

 その判断が正しかったことを証明するように、ルツィエを追いかけてきたとおぼしき敵のチェイカが二機、煙る風を切り裂いて出現した。そのうち一機はチェイカを巧みに操りながら距離をつめ、息つく暇もなく〈火焔〉を連射してきたが、ルツィエの張った魔法の盾は二つの火球をはじき返し、それらは上空へ高々と舞いあがる。

 そうこうしているあいだに、今度は空が曇っていった。元々薄曇りの天候だったが、突如現れた雲はごく狭い空域にのみ密集している。

 瞬きする間もなくそれは黒雲に変わっていき、ルツィエともう一名の鉄兜団員の搭乗するチェイカへ影を落としはじめた。人工的な天候変化は〈稲妻〉の予兆に他ならない。

「姫殿下、お守りいたします!」

 同じように防御魔法を展開した味方のチェイカが、滑らかな動きで距離を詰めてくるのが目に入った。護衛に徹しようとする意気は買うが、防戦一方の戦況を変えるものではない。

 ルツィエが不満で鼻を鳴らすと、やがて一部の空だけが暗雲に染まり、雷鳴が断続的に鳴った。雲の隙間からは稲光りが見える。魔法の形成が急速に進んでおり、詠唱はとうに完了しつつあるのは瞭然だ。その魔法は秒単位で規模を膨張させ、こちらの息の根を止めに出るはずだ。

 目線を持ちあげると、遠間に佇む一機のチェイカ、すなわち紛れもない敵機が不気味な沈黙を続けている様子が目に飛び込んできた。相手のほうが上空にいるため操縦士の姿は見えにくいが、突風に煽られる銀髪がかろうじて視界に映った。髪の長さが短いため、男か女かは判別ができないが、それはもう不必要な疑問だ。

 ――あれが〈稲妻〉を練りあげた魔導師ね、癪に障るごみクズが!

 もっともルツィエはこのとき、敵の詠ずる魔法以外にも注意を向けねばならなかった。視界の片隅でエディッサがうごめき、浮遊する巨体が猛然と迫っていたからだ。

 西壁に激突して止まっていた魔獣が反転し、目障りなチェイカを叩き落しにきたのだろう。図らずも敵と魔獣の連携状態が生じつつあることをルツィエは心底忌々しく思った。

 確かに自分はデーシュトで、並みの魔導師に遅れをとる者ではない。だがクラスの差が戦闘の成否に直結するほど魔法を用いた戦いは甘くない。魔力が尽きるまで連続攻撃を放たれたらルツィエの反撃は困難になろうし、その間に魔獣の支援があればたちまち退路は断たれてしまう。

 湧きあがる危機感をバネに、ルツィエの頭は全力で戦況に集中していった。瞬く間に〈稲妻〉を完成させている敵のチェイカは厄介な存在ではあったが、曲がりなりにも盾を張った状態では致命傷になるまい。危ういのはここにエディッサがくわわり、防備が甘くなったところへ二の矢、三の矢を放たれることだ。

 一足飛びに進む彼女の思考がさらなる思考を導くまえ、敵の魔法がついに発動へと到った。事前に発生した暗雲が予告したように、その魔法は人の力が生み出した〈稲妻〉だった。限りなく黒に近い灰色の空から落とされた魔法の落雷は、大気を引き裂くほどの衝撃をルツィエと護衛に就いた鉄兜団員に浴びせかける。

 ルツィエたちが展開した魔法の盾は、その効果を完全に取り除くことはできず、骨の髄まで響き渡る電撃が彼女をチェイカごと打ち据えた。

 また同じ雷撃が、若干離れた空域からこちらに迫り来るエディッサに落ちたのも見えた。巻き添えをくらった形であるものの、魔獣は刺激を受けたのか進行の速度がむしろ高まった。

 しかし注意をそらした隙は敵に再攻撃の余地を与え、ルツィエは曇天から放たれた〈稲妻〉の直撃をもう一度受けた。彼女の幼い体は荒れ狂った電子の雨に打たれ、大人に比べれば弱い体力は著しく削り取られた。けれど血反吐をはくような苦痛のなか、ルツィエは満足そうに口許を歪めて笑った。

 余裕があったからではない。この数瞬で確実に把握できたことがあったのだ。それはルツィエの想定を裏切る要素が何ひとつなかったこと。〈稲妻〉の規模もそう。魔獣との連携もそう。危機は依然危機だが、予測不能なリスクは皆無だった。

 もちろん、油断のならない点はある。彼女が食らった〈稲妻〉の威力、さらに正確さは、なかなかのものと言っていい。
 魔導師としてのクラスはさして高くないのだろう。もしそうでなければ、ルツィエはいまごろ地上に叩き落され、動けなくなっているはずだ。

 問題は一定のクラスの魔法を複数回に分けて放ち、しかも狙った場所へ落とせる技量の持ち主が敵にいることだった。魔法を分散したぶん威力は落ちるが、そのかわり正確さは針に糸を通すかのごときであった。

 厳しい師匠のもとで、過酷な修行を経ただけに、ルツィエはこうした技量を獲得することがどれほど困難かを痛切に理解している。

 自分たちビュクシ防衛軍は相手方に潜伏したオフラーナを通じて情報を得ていた。にもかかわらず、その情報のなかにこれほどの手練がいるという警告は含まれていなかった。もし敵軍にこれと同等か、それ以上の魔導師がいた場合、冒険者を寄せ集めた愚連隊、といった認識はあらためなくてはならない。

 だがルツィエは同時に思う。相手の強みは所詮そこまでだと。
 エディッサの突進を武器に、いま頃きっと城内の到る所で各個撃破がはじまっている。劣勢を強いられた鉄兜団は、魔獣を従えた敵に翻弄され、反撃の機会さえ掴めぬままなぶり殺される恐れもあった。

 それでも自分ならこの状況を変えることができる。混乱で失いそうだった自分を強く叱咤した途端、ペンダントから悪意を含む声が聞こえた。

「窮地に陥っているようだが、死んで貰っては元も子もないのである」

 再び浮上したグレアムに得意の嫌みを言われた。意識を奮い立たせたルツィエは強烈な不満を覚えた。

「そんなことわかってるわ!」

 言われなくても必死にやっているし、これからやろうとしている。

「フム。我が輩にはそうは見えぬのだが。貴様には切り札を与えたはずだぞ?」

 グレアムが何を言いたいか、彼女はわかっていた。
 それでもまだ何か言い足りない様子の悪魔を無視し、ルツィエは通信機代わりのペンダントを軍服の胸ポケットに押し込んだ。

 彼女はすでに〈稲妻〉を浴びた衝撃から立ち直っていた。そして思考をめぐらせた、グレアムの言う切り札なるものは、おそらく相当な威力を持つ攻撃なのだろうと。

 しかし同時にルツィエは迷いを生じた。この空域における攻防を制するだけならよい。だがもし戦況全体を一変させてしまうほどの攻撃を放つことになったら、その手柄はルツィエではなくパベルのものとなる。

 本当にそれでいいのだろうか?

 確かな自分を取り戻しはじめた矢先、彼女は朝方から何度も抱いた不信に取り憑かれ、どんなことをしても勝つという信念に揺らぎが生じた。そんな躊躇はたった数秒であったが、彼女の迷いを斬り裂くように、護衛として随伴する鉄兜団員がルツィエの前にチェイカを寄せて言った。

「おそれながら姫殿下、私があの敵魔導師を押し止めます!」

 一箇所に居ても狙い撃ちされるだけであるから、ルツィエはその申し出を無言で承認した。

 その最中にも、怒り狂ったエディッサは進行の速度をあげ、気がつくとルツィエのすぐ傍まで迫っていた。感情の高ぶりを示すように黄色い点滅が止まらない。彼女は咄嗟の判断で魔獣と交錯する危険を冒し、すんでのところでその巨体を躱した。

 器用な動作だが、やる方は必死だった。現に背中は一時的に無防備となり、そのことに注意をむけた途端、今度はどこからともなく無数の光る矢が降り注いだ。
 敵魔導師がべつの魔法を放ったのだろう。ちょうどよく盾代わりになったエディッサが輝く矢を食い止めると、矢の突き刺さった場所に突如ガイコツ姿の騎士がわらわらと群がり、手に握った直剣を荒々しく突き立てはじめる。

 魔導書を深く読み込み、魔法のレパートリーの広いルツィエだからこそ、それがかなり珍しい類いの攻撃であると瞬時に理解できた。名称は〈死霊〉と言ったか。遠距離攻撃の利点と近接攻撃の戦闘力をミックスさせた、使用者にそれなりのセンスを要求する通好みの魔法だ。

 エディッサの動きに撹乱されたこちら側の空白を、的確かつ高速で叩こうという意図だろう。

 しかも攻撃はそれだけでは終わらなかった。視界の片隅で敵魔導師は、護衛の鉄兜団員にたいしても機敏に矢を撃ち放っているようだ。おかげで一流の魔導師であるはずの鉄兜団員が守勢にまわり、攻撃態勢に移れない様子が見てとれた。

 すぐれた魔導師に魔法を使わせず、みずからの攻撃ターンを維持し続けるのは並大抵の芸当ではない。もはやクラスを云々する次元の問題ではない。あの魔導師は戦闘技能の塊、魔導戦における天才と称すべき存在だ。ルツィエは自分たちが不利に陥ったことでその事実を認めざるをえなくなった。

 敵側が放つ〈死霊〉も直撃を受けない限り致命傷にはならないが、あくまでルツィエがエディッサの打撃を敏捷に避け続けることができたら、という前提つきの話だ。状況はエディッサと敵魔導師につきまとわれ、文字どおり綱渡り状態である。着地を一歩間違えたら、そこに待ち構えるのは奈落の底だ。

 戦況を変える意志こそ抱いたものの、苦境は相変わらず、しかもすぐには晴れそうにない。元来辛抱強い性格で、自分が不利に陥りながらも打開策の追求に余念のないルツィエだが、その心のなかで少しずつ擦り切れていくものがあった。それは彼女自身が抱える邪悪な性質への耐性である。

 この状況で生き残りを図っていき、なおかつ勝つためにとるべき最善の一手とは何か。忙しない体感時間のなかで、答えは程なくある普遍的とも思える解をなそうとした。

 グレアムの口にした切り札なるもの。それを行使する誘惑に彼女は取り憑かれはじめた。その威力がたとえパベルの功績に一役買うとしても、命の危険には抗えないと思われたのだ。

 しかしそのときだった。
 ルツィエの鼓膜を微かな振動のようなものが震わせた。(続く
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