つがいの薔薇 オメガは傲慢伯爵の溺愛に濡れる

沖田弥子

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策略のパーティー 3

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 あんなのは何も知らなかった子どもの戯れ言だ。
 けれど澪の心の深いところで、その誓いは胸に刻まれていた。
 僕は、若さまの花嫁になる……と。
 そして澪自身もそれを心のどこかで望んでいた。晃久は澪にとって王であり、彼こそが唯一無二の存在だから。
 だが現実として、果たせるわけはなかった。
 晃久も遠い日の約束なんて、もう覚えていないだろう。

 パーティーでの祝福されるふたりの姿が瞼の裏に蘇れば、そのたびに涙は溢れる。宴は未だ続けられているようで、夜風に乗って流麗な音楽が流れてきた。
 コツコツ、と扉を叩く音に、膝を抱えていた澪は顔を上げる。
 風だろうか。
 けれどまた同じノックが繰り返されて、訝しく思いながら玄関へ向かった。

「澪。俺だ」
「若さま!?」

 どうしてここに。
 まだパーティーは続いているはずなのに。
 扉を開けようと手を伸ばしたが、咄嗟に踏み止まる。

 会ってはいけない。
 晃久は別の人と結婚するのだ。
 もう澪との戯れのような遊びは終わりにしなければならない。
 晃久と直接会って話せば、決断は鈍ってしまう。それに今、彼の顔を見たら、身の程知らずな言い分が口から零れてしまいそうで怖かった。
 うそつき、だなんて。
 そんなこと、決して言ってはいけない。

「どうした。澪、開けろ」
「若さま……帰ってください。パーティーに戻ってください」

 少しの間があった。澪に拒絶されたことが、晃久は理解しがたいようだった。

「怒っているのか? あれは俺が決めたことじゃない。勝手に仕組まれていた」
「若さま、もう、終わりにしましょう」
「……何だと? どういうことだ」

 扉越しに問いかける低い声音に、澪は引き絞られる胸を奮い立たせて答えた。

「もう僕と、会ってはいけません。若さまは恵子さまとご結婚されるんですから。僕と一緒にいては誤解を招きます」

 きっと晃久に相対していたら、言えなかっただろう。扉一枚を隔てた空間が、澪を毅然と言い切らせた。
 そしてこれが正しいことであり、晃久が幸せになるためなのだと思えばこそだった。
 長い沈黙をもって迎えられる。
 やがて晃久は呻るような声を上げたかと思うと、取っ手がガチャリと回された。びくりとしたが、鍵は掛けられていた。施錠されているにもかかわらず、晃久は諦めずに取っ手を回し続けた。

「おまえ、本気で言っているのか? とにかくここを開けるんだ。俺の目を見て、もう一度俺が他の女と結婚すると、俺に接吻されたその口でほざいてみろ」

 晃久は相当怒っているようだ。絶対に開けてはいけないと、固く己の胸に言い聞かせて澪は軋む扉を見つめ続ける。

「お願いです、若さま、今日は帰ってください……」

 小さく訴えると、扉は軋むのをやめた。うるさく鳴り響いていた取っ手は沈黙する。
 砂利を踏む靴音が耳に届いた。晃久は諦めて帰るらしい。
 去り際に、彼はひとこと吐いた。

「俺の言ったことを、忘れるなよ。澪」

 晃久の気配が遠ざかる。
 言ったこととは、どれを指しているのだろう。
 弟ということだろうか。
 それとも、主人は晃久だということか。
 そのどれもなのか。

「若さまの……花嫁になる……」

 まさか、遠い日のあの約束を指しているわけはない。
 澪が突然帰ってしまったので、彼は不愉快に感じたのだろう。日が経てば晃久もけろりとしているはずだ。以前、商売で大損をさせられたと怒り狂っていたときも、数日後には笑顔になり、あれはもう片付いたと嘯いていた。
 きっと今回も、怒りが収まって冷静に考えられれば、婚約を受け入れるのだろう。侯爵家の令嬢でお父上は仕事の上得意となれば、晃久に断る理由はない。
 近いうちに、ご結婚されて、恵子さまが奥様になってこの屋敷に住む。そしてお子様が生まれて父親になった若さまは、奥様と共に子どもたちが庭園で遊ぶのを眺めて……。
 その未来はとても喜ばしいはずなのに、澪の心は引き千切られるほどの痛みに悲鳴を上げた。

 僕は、若さまが幸せになることを喜べない。
 なんという狭量。これも、愛人の子という生まれのせいなのか。
 母は一度たりとも奥様について悪口を言ったことなどなかった。旦那様へ不満を零すこともなかった。体を小さくして日陰の身を堪え忍んでいた。
 僕には耐えられるのだろうか。
 想像しただけで、こんなにも激しく胸が揺さぶられるというのに。
 澪は一晩中、涙を零し続けた。
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