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妊娠 1
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久しぶりに見る街並みは、澪が去る前と何ら変わりなかった。長沢の診療所は大須賀家の隣町にあるので距離は近い。到着する頃には日が落ちてしまったので、診療所は既に閉まっていた。
「長沢先生、澪です。いらっしゃいますか?」
入り口の引き戸に呼びかける。こぢんまりとした診療所はひっそりと静まり返っていたが、中から声がした。
「開いてるよ」
晃久と顔を見合わせて、引き戸を開けた。上がり框のむこうには板敷きの廊下があり、磨り硝子の内部が診察室になっている。澪が小さい頃はよく母に連れてこられたので覚えている。
「失礼します」
「久しぶりだな、澪。大須賀家からいなくなったので心配していたよ」
白衣を纏った長沢は書き込みをしていたカルテから顔を上げると、椅子を回して澪の顔を見た。
「別のところに勤めていたのですが、帰れることになったかも……しれないです」
実際に大須賀家にある元の家に住めるかは未だ分からない。長沢は母が健在だった頃から澪たち母子を診察していたので、大須賀家の事情については熟知している。
医師であるので、病気以外のことには一切口を出さない。
「そうか。体調はどうだ」
椅子を勧められたので澪と晃久は腰を下ろす。
長沢は棚から澪のカルテを取り出した。看護師も常勤しているが、今日は診察が終了したので帰宅したようだ。
「今は何ともないです。でも……一ヶ月前くらいに発情期らしきものがきてしまって……体がすごく疼きました」
「抑制薬もなくなっただろう。ただ、抑制薬はあくまでも衝動的な発情を押さえておくための薬だから性欲を無くすわけではないし、妊娠を阻むわけでもないからね。発情期が発症した間、性交はあったか?」
ペンを走らせながら、長沢は平静に聞いた。患者の容態を的確に把握するための質問なのだと分かっていても、澪は口籠もってしまう。
「ええと……あの……」
「あった。毎日な」
「若さま……!」
晃久が代わりに答え、それを聞いた長沢はつと席を立つ。
「検査薬を使ってみよう」
「検査薬? 何の検査ですか?」
「妊娠しているか判定するための検査だ。ここに尿をかけて妊娠判定を行う。すぐに済むよ」
長沢は白い棒のようなものを取り出して澪に差し出す。
妊娠判定という言葉に、澪は臆した。
「……これで、すぐに、妊娠しているかわかるんですか?」
棒は手のひらほどの大きさで、尿をかけるという部分は化繊で作られているようだった。
「妊娠していると尿中hCGの分泌量が増えるので検知できる。しかし男性体のオメガの妊娠は症例が少ないので不確実な要素が多い。あくまでも念のための検査だよ」
「澪。自分の体をよく知るためだ。検査してくれ」
長沢と晃久に促され、澪は了承して手洗いへ向かった。検査薬に尿をかけてみたが、特に棒に変化は見当たらなかった。
診察室へ戻り、長沢に棒を手渡す。
吟味した長沢は、さらりと告げた。
「妊娠しているかもしれないよ」
「……えっ!?」
驚いて身を乗り出す。長沢はとても冗談を言っているようには見えない。
「ここを見てご覧。青い線が薄らと見えるだろう。陽性反応だ」
確かに長沢の言うとおり、先ほどは何も反応がなかった棒の一部が青に染まっていた。
けれど照明に透かせば判別できるといった色合いで、とても薄い。
「間違いじゃないですか? すごく薄いですけど……」
「hCGの濃度が低いということだ。妊娠初期に見られる。だが間違いとも言い切れない。陽性だからといって確実に妊娠しているとは断言できないので、経過を観察することが大事だ」
妊娠という事実が形を成して現れたことに、澪は茫然とした。
もしかしたら、お腹に晃久の子が宿っているかもしれない。
連日の別荘でのセックスはとても濃厚で、奥の口が開いて晃久の雄芯の先端を包み込むような感覚があった。そうして何度も精を呑んでしまった。妊娠してもおかしくないと思えた。
でも澪はオメガであり、ふつうの女性とは違う体だ。本当に子どもを産めるなんて信じられなかった。
妊娠したら、次には子どもを産まなければならないという現実を今さら認識する。澪は自分の身に起こって初めて怖れを感じた。
こわくて、隣に座る晃久の顔を見れない。
「長沢先生、澪です。いらっしゃいますか?」
入り口の引き戸に呼びかける。こぢんまりとした診療所はひっそりと静まり返っていたが、中から声がした。
「開いてるよ」
晃久と顔を見合わせて、引き戸を開けた。上がり框のむこうには板敷きの廊下があり、磨り硝子の内部が診察室になっている。澪が小さい頃はよく母に連れてこられたので覚えている。
「失礼します」
「久しぶりだな、澪。大須賀家からいなくなったので心配していたよ」
白衣を纏った長沢は書き込みをしていたカルテから顔を上げると、椅子を回して澪の顔を見た。
「別のところに勤めていたのですが、帰れることになったかも……しれないです」
実際に大須賀家にある元の家に住めるかは未だ分からない。長沢は母が健在だった頃から澪たち母子を診察していたので、大須賀家の事情については熟知している。
医師であるので、病気以外のことには一切口を出さない。
「そうか。体調はどうだ」
椅子を勧められたので澪と晃久は腰を下ろす。
長沢は棚から澪のカルテを取り出した。看護師も常勤しているが、今日は診察が終了したので帰宅したようだ。
「今は何ともないです。でも……一ヶ月前くらいに発情期らしきものがきてしまって……体がすごく疼きました」
「抑制薬もなくなっただろう。ただ、抑制薬はあくまでも衝動的な発情を押さえておくための薬だから性欲を無くすわけではないし、妊娠を阻むわけでもないからね。発情期が発症した間、性交はあったか?」
ペンを走らせながら、長沢は平静に聞いた。患者の容態を的確に把握するための質問なのだと分かっていても、澪は口籠もってしまう。
「ええと……あの……」
「あった。毎日な」
「若さま……!」
晃久が代わりに答え、それを聞いた長沢はつと席を立つ。
「検査薬を使ってみよう」
「検査薬? 何の検査ですか?」
「妊娠しているか判定するための検査だ。ここに尿をかけて妊娠判定を行う。すぐに済むよ」
長沢は白い棒のようなものを取り出して澪に差し出す。
妊娠判定という言葉に、澪は臆した。
「……これで、すぐに、妊娠しているかわかるんですか?」
棒は手のひらほどの大きさで、尿をかけるという部分は化繊で作られているようだった。
「妊娠していると尿中hCGの分泌量が増えるので検知できる。しかし男性体のオメガの妊娠は症例が少ないので不確実な要素が多い。あくまでも念のための検査だよ」
「澪。自分の体をよく知るためだ。検査してくれ」
長沢と晃久に促され、澪は了承して手洗いへ向かった。検査薬に尿をかけてみたが、特に棒に変化は見当たらなかった。
診察室へ戻り、長沢に棒を手渡す。
吟味した長沢は、さらりと告げた。
「妊娠しているかもしれないよ」
「……えっ!?」
驚いて身を乗り出す。長沢はとても冗談を言っているようには見えない。
「ここを見てご覧。青い線が薄らと見えるだろう。陽性反応だ」
確かに長沢の言うとおり、先ほどは何も反応がなかった棒の一部が青に染まっていた。
けれど照明に透かせば判別できるといった色合いで、とても薄い。
「間違いじゃないですか? すごく薄いですけど……」
「hCGの濃度が低いということだ。妊娠初期に見られる。だが間違いとも言い切れない。陽性だからといって確実に妊娠しているとは断言できないので、経過を観察することが大事だ」
妊娠という事実が形を成して現れたことに、澪は茫然とした。
もしかしたら、お腹に晃久の子が宿っているかもしれない。
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でも澪はオメガであり、ふつうの女性とは違う体だ。本当に子どもを産めるなんて信じられなかった。
妊娠したら、次には子どもを産まなければならないという現実を今さら認識する。澪は自分の身に起こって初めて怖れを感じた。
こわくて、隣に座る晃久の顔を見れない。
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