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あやかしお宿の夏夜の思い出
あやかしお宿の夏夜の思い出-1
しおりを挟むプロローグ こまもふの命名
樹木の生い茂る山道を、軽トラックは軽やかに駆け下りた。
勾配のある坂を下りると、銀山温泉街が姿を現す。
白銀橋の架けられた銀山川を中心にして、両岸には黒鳶色の壮麗な旅館が建ち並ぶ。夕暮れになればガス灯が点され、ノスタルジックな雰囲気に包まれる銀山温泉は、観光客がひきもきらない。
老舗宿のひとつである花湯屋に、軽トラックは停車した。
玄関先には、看板犬であるあやかしのコロさんがお座りをして待っている。私と圭史郎さんは買い物袋を携えながら、車から降りた。
「ただいま帰りました、コロさん」
「おかえりなさい! 若女将さん」
尻尾を振って出迎えてくれるコロさんの明るい挨拶に、私――花野優香は笑顔で応えた。コロさんの肩に掛けたポンチョがずれていたので、手を伸ばして整える。
ここ花湯屋は、江戸時代から続く由緒ある温泉宿だ。
山形県の尾花沢市にある銀山温泉。江戸時代に三大銀鉱山として栄えた延沢銀山の鉱夫が、温泉を発見したと言い伝えられている。今ではその廃坑道を始めとした観光名所として名を馳せていた。
雪の降りしきる中、荘厳な姿で佇む黒鳶色の宿たちを、ガス灯の仄かな明かりが照らすさまは幻想的だ。その風景を収めた写真を、東京に住んでいたときに、旅行雑誌の特集記事で目にしたことがある。
私は親戚の鶴子おばさんが女将をしている花湯屋へ、東京からやってきた。高校に通いながら宿のお手伝いをするためだ。
花野家の当主となることを嫌い、この地を出たおじいちゃん。その孫である私は、あやかし使いの末裔であるという。代々の当主にしか受け継がれないはずのあやかしが見える能力を、なぜか私が有していたため、若女将として臙脂の暖簾を預かることになったのだ。
花湯屋には暖簾がふたつある。
藍の暖簾は人間のお客様、そして臙脂の暖簾はあやかしのお客様が通る。
あやかし使いの末裔だなんて初めは驚いたけれど、数々のあやかしたちや人々との出会い、そして別れを通して、私は花湯屋の若女将としてやっていこうと改めて決意した。
神使の圭史郎さんや看板犬のコロさん、それに常連客の子鬼たちにもいろいろと手伝ってもらいながら、若女将としての仕事を日々こなしていた。
……主に、掃除や買い出しなどの雑務ですが。
「コロさん。一応聞きますけど、あやかしのお客様はいらっしゃいました?」
臙脂の暖簾の向こう側にある、裏の花湯屋では少々困った問題を抱えている。
私が留守番役のコロさんに訊ねると、すかさず背後にいた圭史郎さんが代わりに答えた。
「聞かなくてもわかるだろう。うちに来る客は大抵厄介事を抱えてるからな。来てるなら、コロは呑気に座ってないだろ」
圭史郎さんの容赦のない指摘に、私は引き攣った笑みで返す。
確かに圭史郎さんの言うとおり、ときにお悩み相談駆け込み宿のようになることもあるけれど。
困った問題とは、あやかしのお客様が滅多に来ないということである。
人間のお客様はたくさんいらっしゃる花湯屋だけれど、対して臙脂の暖簾はほとんど動かない。銀山温泉はあやかしが多い土地だそうなので、もっとあやかしのお客様が訪れてもいいんじゃないかなと思うのに、今のところお客様は常連の子鬼ふたりのみ。
コロさんは私が若女将になって一番目のお客様だったが、今は看板犬に就任したので花湯屋の一員となった。
温泉には長寿などの効能のほかにも、それぞれのあやかしに効く独特の効果もある。宿の食事は、季節や山形の特産品を生かしたおいしいお料理だ。
それなのに、どうしてあやかしのお客様は来てくれないのだろう。
数多のあやかしが押しかけてくるさまを想像していた私は肩透かしを食らった気分で、なんだか物足りない。圭史郎さんにそう話すと、「楽でいいだろ」なんて投げやりな答えしか返ってこない。相談する人を間違えたようだ。
それが若女将としての、目下の悩み事である。
コロさんは尻尾をぶんぶん振って、得意気に圭史郎さんを見上げる。
「圭史郎さんはあやかしのお客様が来るわけないって思ってるんだね?」
「……ん? 来たのか?」
「来てないよ」
圭史郎さんは、すうっと双眸を細めた。コロさんは圭史郎さんをからかっているわけではなく、大真面目なのだ。
「お客様は来てないんだけど、ちょっと気になることがあるんだ」
「気になることって、なんですか?」
私が問いかけると、コロさんは何かを探るようにクンクンと鼻を動かす。
「あやかしの匂いがするんだ。誰かいるみたいなんだよね……」
「子鬼の茜と蒼龍の匂いじゃないんですか?」
「ふたりじゃないよ。それとは別の匂いなんだ」
圭史郎さんと顔を見合わせる。
ここ最近、臙脂の暖簾は動いていない。あやかしはコロさんと子鬼ふたりだけだ。客室や大浴場には、ほかの誰の気配もなかった。
「もしかしたら、透明なあやかしでしょうか?」
「そいつは斬新だな。だけど外れだ。おそらく匂いの正体は雑種だろう」
「雑種というと……下級のあやかしのことですね」
あやかしには上級や下級という位階がある。
この世で怨念を残して死んだものは力の弱い下級あやかしになる。そして、生まれながら地獄にいる真のあやかしもいる。以前知り合ったキモクイの玉枝は地獄からやってきた上級あやかしだった。きっと地獄は恐ろしい場所だろうから、強力な上級あやかしがたくさんいるのだろう。地上には小さな動物が多いから、力の弱い下級あやかしが多いのかな。
序列をつけるなんて哀しいことだと私は思うのだけれど、あやかしの世界は冷徹なのだ。
「雑種は下級のさらに下だな。なんの能力もない小物のあやかしを引っくるめて雑種と称する。コロも雑種だ。もし神社の狛犬だったなら、特殊能力があったかもしれないけどな」
きょとんとしていたコロさんは首を傾げた。
「僕は看板犬だよ。狛犬じゃなくていいよ」
圭史郎さんの毒舌も、無垢なコロさんには通用しないようだ。
私はとびきりの笑顔をコロさんに向けた。
「コロさんには看板犬という大切な役目がありますからね。私はとっても助かってます」
「ありがとう、若女将さん!」
尻尾を振るコロさんの背を撫でてあげる。嘆息した圭史郎さんは買い物袋を持って花湯屋へ入っていった。
厨房へ続く廊下を駆けると、私の提げた買い物袋はがさりと鳴る。
ようやく圭史郎さんの背中に追いつき、私は息を切らした。
「圭史郎さん、ひどいじゃないですか。コロさんがなんの能力もない小物だとか、言い過ぎですよ」
「事実だろ。看板犬の仕事は別の話だ。雑種は特殊能力がないから無害でいい。コロは尻尾振ってるだけだからな」
私たちが出かけているときはコロさんにお客様のことを任せている。女将の鶴子おばさんを始めとした人間の仲居さんたちには、あやかしの姿が見えないからだ。それなのに、圭史郎さんの言い方には全く感謝が感じられない。まるで、厄介者の面倒を見てやっているとでも言いたげだ。
「雑種という呼び方が蔑んでいるようで、よくないんですよね。圭史郎さんだって、もしコロさんが狛犬だったら一目置いたんでしょう?」
「そういうわけじゃないけどな。俺は誰でも同じように対応する。そして雑種はどこまでいっても雑種だ」
「わかりました。私が呼び方を変更します」
「ん?」
圭史郎さんは『雑種』を見下している。もっと違う呼び方ならきっと、圭史郎さんの意識が改まっていくはずだ。
「花湯屋の若女将として宣言します。今日から、雑種という呼び方を、『こまもふ』に変えます」
圭史郎さんは廊下を進む足を、ぴたりと止めた。胡乱な目つきで私を見返す。
「……なんだって?」
「こまもふ、です。どうです、可愛い名前でしょう。もう雑種と呼ばないでくださいね」
小物と、もふもふの毛皮をイメージして掛け合わせてみた。
コロさんに限らず、雑種と一括りにされていたあやかしをみんな、こまもふと呼ぶことにしよう。
我ながら可愛らしい名称を思いついたので、私は自信たっぷりに胸を反らす。
圭史郎さんは、げっそりとした表情をした。私の天才的な名付けに感服したようだ。
「コマモフ……。まあ、好きにしろ。あやかしの位階は能力の高さや危険度の目安みたいなものだからな。雑種はどうでもいい」
「雑種じゃありません。こまもふです」
「わかったわかった」
圭史郎さんはすぐに忘れて、また『雑種』と言いそうだ。
絶対に定着させるんだから。
私は口の中で、こまもふ、こまもふ、コマモフ……と繰り返し呟いた。
第一章 鼠又
長い廊下を抜けて扉を開けると、そこは厨房である。
花湯屋の表は暖簾が色分けされているけれど、裏ではつながっているので、従業員は自由に行き来する。
人間とあやかしのお客様にお出しする料理は、共に同じ厨房で調理されている。人間のお客様の料理人は遊佐さんで、あやかしのお客様のほうは圭史郎さんだ。仲居さんたちや私も調理補助としてお手伝いしている。
寡黙な料理人である遊佐さんは、冷蔵庫を開けて首を捻っていた。
何か足りないものでもあるのだろうか。
「ただいま帰りました、遊佐さん。何か探しものですか?」
私はスーパーで購入した商品を買い物袋から取り出しながら訊ねた。
食材は業者に納入してもらうのだけれど、足りないものを買いにいくこともある。圭史郎さんは思いつきで料理を作ることが多々あるので、今日は市内のスーパーに行ってきたのだ。
「……若女将さん。つかぬことを聞くが……」
振り向いた遊佐さんは眉間に皺を刻み、言いにくそうに言葉を濁した。
「はい。なんでしょう?」
「まさかとは思うんだが……夜中に冷蔵庫や戸棚の中身を持っていってるか?」
「はい? 夜中にですか? 日中以外は厨房に来ないですよ」
「そうだろうな……。いったい、どういうことなんだ」
戸棚に食材を入れようとしていた圭史郎さんの手が止まる。ぐるりと戸棚を見回し、彼の視線は床を辿った。
「小麦粉が零れてるな。この噛み痕……ネズミじゃないか?」
圭史郎さんは端が千切られた小麦粉の袋を示した。
袋の底は鋭いもので切り裂かれていて、そこから粉が零れている。点々とした小麦粉の白い跡はあちこちに付着していた。
「それだけならネズミの仕業だろうと思うんだが、ふたりとも、これを見てくれ」
遊佐さんは下段についている冷凍庫の引き出しを開けた。そこには食べかけのアイスクリームが散乱している。
蓋を取ったまま容器が転がっているので、中身がぐちゃぐちゃだ。どうやら、つまみ食いして放置したらしい。
つまみ食いするとしても、もう少し綺麗に食べてほしいところだ。
「食べ方が汚いな。優香、もっとバレないようにつまみ食いしろよ」
「なっ、なんですか、圭史郎さん! 私じゃありませんから!」
「それはわかってる」
「わかってるなら言わないでくださいよ……」
遊佐さんは冷凍庫の中身を片付け、アイスでべたついた庫内を掃除した。つまみ食いされたアイスクリームや小麦粉は衛生的な問題が生じるので、廃棄するしかない。私たちも小麦粉の零れた戸棚や床を布巾で拭いて綺麗にする。なぜか片手鍋まで転がっているので、洗ってから片付けた。
「ネズミは冷凍庫を開けられないし、アイスを食べないだろう。誰なんだろうと思ってな。小麦粉に悪戯したのも気になる。若女将さんじゃないだろうとは思ったが、若い娘さんだから腹が空くこともあるかと思って……一応聞いてみただけだ」
遊佐さんは、まだ私を疑っているようだ……
その疑いが圭史郎さんには向けられないのが不思議である。
圭史郎さんだけでなく、花湯屋の人は誰もそんなことをしないだろう。
けれど証拠がない限り、みんなが容疑者なわけで。
私は横目で圭史郎さんを見やる。
その目線を鋭い眦で受けた圭史郎さんは、即座に私の考えを見抜いたようだ。
「圭史郎さん。もっとバレないようにつまみ食いしてくださいよ」
もらった球を投げ返すと、圭史郎さんは嘆息を零す。
「あのな……わかった。俺たちの疑いを晴らすためにも、真犯人を捕まえようじゃないか」
「真犯人を捕まえる? どうするんですか?」
私が首を捻ると、圭史郎さんは面白そうに口端を吊り上げた。
深夜の厨房は暗闇に沈んでいる。
ひたり、ひたり。
床を辿る小さな足音が冷蔵庫へ近づいた。
「えへへ。アイス、アイスっと」
ぴょんと丸い物体が、冷蔵庫の下段の引き出しに飛びついた。力強い動きで揺するとガタガタと音を立てる。引き出しが少々ずれて、丸い物体は身を引いた。
「あの鍋の棒のところを入れると開くんだよな。えっと……」
鍋を探そうと引き出しから飛び降りたとき、ひゅんと空を薙ぐ音が走る。
「ひゃ……ひゃああああああ⁉」
仕掛けたロープに捕縛された物体は悲鳴を上げた。
眩いライトが点灯して辺りを照らす。
「圭史郎さん、かかりましたよ!」
「捕まえたぞ。おまえがつまみ食いの犯人か」
私たちは身を潜めていた戸口の陰から出て、厨房に踏み込んだ。
真犯人を捕まえるため、私と圭史郎さんは現場で張り込みを行っていたのだ。
冷蔵庫を開けると罠が作動して、開けた者をロープで締める仕掛けを施していた。圭史郎さんとふたりで作成した罠は思いのほかばっちりだったようだ。こんなに見事に犯人が引っかかるなんて。
圭史郎さんは手にした懐中電灯の明かりを、犯人に向けた。
その姿を目にした私たちは一瞬、言葉を失う。
「ネズミ……」
灰色の毛に大きな前歯。小さなかぎ爪のついた手は空を掻く。
子鬼たちと同じくらいの大きさをしたネズミは、足を吊られてもがいていた。
キッと、私たちを睨みつけて牙を剥く。
「なにすんだ、おまえら! おれはネズミなんかじゃない、人間だぞ!」
「……えっ?」
ネズミがそう叫んだので、私は目を瞬く。
どこから見てもネズミにしか見えませんけど……
だけど彼は喋れるので、普通のネズミではない。冷蔵庫を開ける知能もある。その正体はあやかしだ。
圭史郎さんはロープを摘まみ上げて、捕獲した自称人間のネズミを眺めた。
「こいつは鼠又だ。ほら、尻尾が二本あるだろ」
丸いお尻を見ると、ピンク色をした長い尻尾が二本生えている。
「本当に二本ありますね。まるで猫又みたい」
「猫又がいるんだから、鼠又もいる。やつらは永遠の好敵手だからな」
この子は鼠又という、ネズミのあやかしらしい。
けれど、人間だと主張しているのが気になる。人間なら、なおさらつまみ食いなんてしてはいけないとわかっているはずだ。
「私は花湯屋の若女将をしている、花野優香です。あなたが厨房でアイスや小麦粉をつまみ食いしたんですか?」
私が訊ねると、鼠又はむっとしたように唇を尖らせ手足をばたつかせた。
「おろせ、おろせー!」
くるりと器用に身を翻した鼠又は、圭史郎さんの手に噛みつこうとした。すかさず圭史郎さんは首根を摘まみ上げる。
「つまみ食いするような、悪いあやかしには仕置きをしないとな。首を引き千切るか」
鋭い眼光で見据えると、圭史郎さんの瞳の奥を見つめた鼠又は震え上がった。
「ひいい……すみませんでした。おれがやりました。ゆるしてください」
「調子のいいやつだ」
「圭史郎さん、下ろしてあげてください。この子も謝っていることですし、きっと何か事情があるんですよ」
ちらりとこちらを見た圭史郎さんは、再び険しい目つきで鼠又に問いかける。
「おまえがつまみ食いの犯人だと認めるんだな」
「はい。おれがやりました。アイス食べました」
「よし。放してやるが、優香に噛みついたり逃げたりしたら、今度こそ首を千切るぞ」
「わかりました。いい子にしてます」
硬直しながら棒読みで答えるさまは、まるで蛇に睨まれた蛙である。
素直になった鼠又の足に絡まるロープを、圭史郎さんは解いてあげた。
ところが圭史郎さんが手を放した途端、鼠又は素早い動きで走り出す。私に駆け寄ると、足許にしがみついて背後に隠れた。
「ふう、やれやれ。おっかないやつだ。おまえは明日、犬のフンを踏んじまえ」
魔の手から逃れたので、態度を豹変させる。
さりげなく呪いの言葉を吐く鼠又を、圭史郎さんは心底うんざりした目で見やる。
私は足許の鼠又を掬い上げた。
ふわふわの毛はとても手触りがよくて、丸い体はころんとしている。
抵抗することもなく私の手に収まった鼠又は二本足で立ち上がると、胸を反らした。
「優香とか言ったな。おれの名は山田秀平だ」
「えっ! 名前あるんですか?」
「あたりまえだろ。人間なんだから」
彼には人間のような苗字と名前があるようだ。
触れた感じは、ハムスターのような小動物特有の柔らかさがある。毛皮は滑らかで、お肉はぷにっとしている。私はふかふかのおなかをちょんと突いてみた。
「はわわ、やめろ。くすぐったいだろ」
「本物の体ですね……。どうして人間だなんて言うんですか?」
中に入った小人がネズミの着ぐるみを被っているということではないとわかる。この体は間違いなく本体だ。
「うるさいな。じゃあ、優香はどうして人間なんだよ」
「え……。どうしてと言われても」
「ほらな。わからないだろ?」
「言われてみれば、自分が何者かを証明するのは難しいですね」
「ほらな、ほらな。だから、おれだってどうして人間かなんて、わからないんだよ」
鼠又の秀平は得意気に胸を反らす。
昼は人間に変身するだとか、そういうことだろうか。あやかしなので、あるかもしれない。
圭史郎さんに目を向けると、彼は疑わしそうに首を捻っていた。
「人間のくせに宿の厨房にこっそり忍び込んで、つまみ食いか。窃盗罪だな。人間なら」
ぽかんと口を開けた秀平は、つぶらな目をぱちぱちと瞬かせる。
「え……そうなのか? 悪いことだったのか?」
確認するように、私を見上げた。
どうやら、よいことと悪いことの区別がつかないらしい。彼にとって私たちは食事を邪魔する悪党だったようだ。ロープに吊られた秀平が怒っていたのも頷ける。
「そうですね。悪いことをしたらおまわりさんに連れて行かれて、おうちにも連絡がいきますよ。人間なら」
圭史郎さんに倣ってそう言うと、秀平は俄に慌てだした。チュウチュウというネズミ特有の鳴き声が零れる。
「知らなかったんだ! 仲間がいるような気配がしたから、うちからこの宿までやって来て……たのむ、ばあちゃんには言わないでくれ。心配かけたくないんだ」
「秀平には、おばあちゃんがいるんですか?」
「そうだ。おれの大事なばあちゃんだ。台所に入ったのも、ばあちゃんにどんどん焼きを作ってあげたくて、材料を探してたんだ。そしたら、アイスがいっぱいあったから、つい……」
どうやら、秀平には家族がいるらしい。おばあちゃんに何かを作ってあげたかったようだけれど、私には聞き慣れない単語だった。
「どんどん……焼き? それ、なんですか?」
「なんだ。優香は若女将のくせに、どんどん焼きも知らないのか?」
狼狽えていたはずの秀平は、偉そうに細い手を腕組みして胸を反らす。
「知らないんです。料理名ですか?」
秀平は黒い瞳をめいっぱい見開き、口を大きく開けた。わかりづらいけれど、驚いているらしい。
「ホントに⁉ あんなにおいしいどんどん焼きを知らないなんて、今までどうやって生きてこられたんだ⁉」
「そんなに衝撃的なことなんですか……」
どんどん焼きというのは、おいしい食べ物の名前らしい。すごく勢いのある名称だけれど、いったい何を焼くのか想像がつかない。
驚いてばかりで一向にその正体を教えてくれないので、見かねた圭史郎さんが口を開いた。
「どんどん焼きというのは……」
「ちょっと待て、おまえ! おれが説明する!」
「俺の名は圭史郎だ。じゃあ、秀平。おまえがわかりやすく優香に教えてやれ」
えへん、と咳払いした秀平は、小さな手を腰に当てた。
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