みちのく銀山温泉

沖田弥子

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あやかしお宿の夏夜の思い出

あやかしお宿の夏夜の思い出-2

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「どんどん焼きってのはな……」
「はい。どんな食べ物なんですか?」
「ほかほかだ」
「……ほかには?」

 温かいものらしいけれど、具材はなんだろうか。お菓子なのか焼き肉のようなものなのか、全くわからない。
 秀平はきょとんとして小さな目をまたたかせる。

「えっ? ほかにはって?」
「具材は何を使用するんですか?」
「ぐざい?」
「どんどん焼きの材料です。秀平は食べたことあるんですよね?」
「もちろんだ! ばあちゃんがおやつにいつもどんどん焼きを作ってくれたぞ」
「ということは、お菓子なんですね」
「えっ……えっと……」

 秀平は首をひねる。説明しようとしたものの、どんどん焼きが何から作られているのかよく知らなかったらしい。

「うーん……白い粉を使うのは見たことある。あと、黒いのが貼ってある」
「俺から説明していいか?」

 嘆息した圭史郎さんの提案に、秀平はうなずいた。

「しょうがないな。おれはちょっと忘れちゃったから、圭史郎にまかせる」
「……どんどん焼きというのは、水で溶いた小麦粉の生地を鉄板で焼いて、割り箸に巻いたものだ。もんじゃ焼きからの派生で誕生したらしい。大正時代に東京で流行した。今では地方のローカルフードとして定着している。主にお祭りの屋台で売られているが、山形ではどんどん焼きのみを販売している店舗もあるくらい、ここではメジャーな食べ物だ」
「そうそう。おれも、そう言いたかった」

 どんどん焼きとは、お好み焼きやたこ焼きに近い軽食のようだ。東京で流行した時代もあったようだけれど、私はどんどん焼きという食べ物の存在を初めて知った。
 代弁してくれた圭史郎さんに、秀平は片手を振って促した。

「ぐざいはなんだっけ。教えてやれ、圭史郎」
「生地は小麦粉だ。それに魚肉ソーセージや海苔のりをのせる。仕上げにソースをかける」
「そうそれ。おれのばあちゃんが作ってくれたどんどん焼きと同じだ」
「秀平の言う、黒いのを貼るってのは、海苔のりのことだな」
「そう、海苔のり。おれも今、おもいだした」

 うんうん、と秀平は圭史郎さんの言葉に神妙にうなずいている。
 ……本当にわかってたのかな?
 自分は人間だと主張する秀平だけれど、人間社会についてうとい気がする。
 圭史郎さんは呆れた目で秀平を見ていた。
 私はてのひらにのせた秀平に鼻先を近づけて問いかける。

「秀平は、おばあちゃんにどんどん焼きを作ってあげたいんですか?」
「そうなんだ! ばあちゃんは年を取ったから、どんどん焼きが作れなくなったんだ。だから今度はおれが、ばあちゃんに作って食べさせてあげたい」

 彼はおばあちゃんに、大好きなどんどん焼きを作ってあげたいという目標があったのだ。
 厨房に忍び込むのはいけないことだけれど、無垢むくな秀平はどうやってどんどん焼きを作るのか、わからなかっただけではないだろうか。
 秀平がおばあちゃんを想う気持ちを、応援してあげたい。

「それなら、厨房で作ってみましょうか? それを、秀平のおばあちゃんに持っていってあげたらどうでしょう」

 秀平は小さなふたつの瞳をきらきらと輝かせた。

「本当か⁉ 作ってくれるのか? おれは料理したことないから、優香に手伝わせてやってもいいぞ⁉」

 どうやら秀平自身、助けを必要としていたようだ。私は苦笑しながらうなずいた。

「私も、どんどん焼きがどんなものか食べてみたいです。みんなで作りましょうよ」
「ちょっと待て、優香」

 早速、圭史郎さんから『待て』が入る。

「妙じゃないか? ばあちゃんのためにどんどん焼きを作りたいなら、なぜ花湯屋の厨房に忍び込む必要があるんだ。ばあちゃんは家にいるんだろ? 家の台所で、ばあちゃんに教わりながら作れば済むことだ」

 秀平は小さな体を小刻みに揺らした。
 うろうろと視線をさまよわせて、わかりやすく動揺している。

「それは、その、うちの台所は使えないんだ。ほら、ばあちゃんがどんどん焼きを作ってたのは、昔のことだから」
「どうして台所が使えないんだ? おまえの家だろ。ばあちゃんのほかに家族はいないのか?」
「う……ん……」

 うつむいた秀平は指先をいじっている。
 彼の家庭には、何やら事情がありそうだ。

「無理に事情を聞き出さなくてもいいじゃないですか、圭史郎さん。おばあちゃんのために、どんどん焼きを作ってあげましょうよ」
「そ、そうだぞ! 優香の言うとおりだ。どんどん焼きを作ってくれたら、おれはもう絶対にここに忍び込んだりしない」

 双眸そうぼうを細めて秀平を見定めていた圭史郎さんは、やがて嘆息する。

「まあ、いいけどな。その代わり、条件がある」
「じょうけん? なんだ?」

 秀平は小首を傾げた。
 花湯屋を訪れたあやかしが満たさなければならない条件を、圭史郎さんは告げた。


 閑静な銀山温泉街に、まばゆい朝陽が降り注ぐ。
 厨房の捕り物騒ぎから明けた翌朝。
 花湯屋の玄関先には、子鬼のあかね蒼龍そうりゅうに伴われた秀平が姿を現した。
 朝陽を浴びたら人間に変身するというようなことにはならず、彼は昨夜と同じネズミのままである。

「秘密の銀鉱か……。こいつらと行くのか」

 秀平は緊張しているようで、子鬼ふたりに不安げな視線を送る。
 どんどん焼きを作る条件として圭史郎さんが提示したのは、秘密の銀鉱から銀を採取してくることだった。
 花湯屋に泊まるあやかしのお客様には、銀粒をお代として払ってもらっている。すでに閉山している銀鉱山だけれど、あやかしのみが出入りできる秘密の銀鉱が今も残されており、そこから銀を採取できるのだという。
 秀平はその場所を知らないので、子鬼たちに案内してもらうことになった。

「あたしは茜。よろしくね、秀平」
「オレは蒼龍。オレたちは毎日、銀を採りに行くんだ。秀平もオレたちと同じで小さいから、通路を通りやすいだろ。すぐに秘密の銀鉱に行けるぞ」

 左右対称のポーズを取って自己紹介した子鬼たちに、秀平は唇をとがらせる。

「ふん。おれは小さいけど、おまえらとは違うんだぞ。おれは人間なんだからな」

 茜と蒼龍は顔を見合わせる。
 無理もない。秀平の姿は、どこから見てもネズミそのものだ。
 ふたりだけの円陣を組んだ茜と蒼龍は、ひそひそと相談を始めた。

「人間なら、あたしたちと話せないよね? あやかしのネズミだよね」
「オレ知ってる。尻尾が二本あるから、あいつは鼠又ねずまたっていうあやかしだぞ」
鼠又ねずまたがどうして人間だって言うのかな?」
「秀平のやつ、まだわかってないんじゃないか? ほら、オレたちもそうだったろ」

 目の前で話しているので、全部私たちに聞こえている……
 茜と蒼龍は、秀平の言い分を尊重してあげようという結論に達したようだ。
 円陣を解いたふたりは秀平に向き直る。

「秀平は、人間だね」
「そうだね。チュウ平は人間ってことにしておくぞ」
「蒼龍、チュウ平なんて言ったらネズミの鳴き声みたいだね。秀平だね」
「あっ……しっぱい、しっぱい。秀平、秀平」

 見守っている私と圭史郎さんの頬が引きる。とても気まずい。
 怒りでぷるぷると体を震わせる秀平が何か言う前に、圭史郎さんは三人を追い立てた。

「おまえら、さっさと行ってこい。帰ってきたら、どんどん焼きを作るぞ」
「準備して待ってます。気をつけて行ってきてくださいね」

 私と圭史郎さんに見送られ、子鬼ふたりは花湯屋の玄関を出て行く。秀平も渋々といったていで、茜と蒼龍のあとを四つ足になり追いかけていった。
 外でお座りしていたコロさんが手を振る。

「いってらっしゃい。気をつけてね」
「行ってくるね、コロ」
「行ってくるぞ、コロ」

 コロさんと軽快な挨拶を交わす子鬼たち。ところが秀平はコロさんの傍を通り過ぎる間際まぎわ、驚いて飛び退いた。

「ひええ、犬だ! おい待て、おまえら」

 秀平と子鬼たちは銀山川沿いのみちを駆け、銀鉱のある奥のほうへ消えていく。
 人間と言い張る秀平だけれど、犬に驚いたり、走るときは四つ足だったりと、限りなくネズミの生態に近いようだ。
 三人の背中を見送りながら、私は圭史郎さんに問いかけた。

「……圭史郎さん。秀平は、あやかしになる前は人間だったんでしょうか?」

 秀平が地獄からやってきた上級あやかしには見えない。おそらく彼の家はこの近くにあって、そこにおばあちゃんと住んでいたのではないだろうか。
 子鬼の茜と蒼龍も、秀平は自分があやかしになったことをまだわかっていないのではないかと言っていた。彼は自分が鼠又ねずまたになったことを、受け入れられないのだ。
 圭史郎さんはいぶかしげに首をひねる。

「人間が雑種の鼠又ねずまたになるとは考えられないけどな。秀平の思い込みじゃないか?」
「雑種じゃありません。こまもふです」
「ああ……コマモフな。わかったわかった」
「思い込みだとしても、私たちが秀平のおばあちゃんに会えば、事実が全部わかってしまいますよね」
「そういうことになる。ネズミの巣に、どんどん焼きを届けることになるだろうな」

 圭史郎さんは、秀平のおばあちゃんもネズミだと予想しているようだ。
 秀平の言うとおり、彼が実は人間だとしたら、彼のおばあちゃんは人間であるはず。逆に圭史郎さんの予想どおり、秀平がもとからネズミであるなら、おばあちゃんもネズミだろう。
 それも、おばあちゃんにどんどん焼きを届ければ判明する。

「私は秀平の言うことを信じます。理由もなく人間だと主張するわけありませんから。きっと人間のおばあちゃんが、秀平のためにどんどん焼きを作ってくれていたんですよ」

 秀平がおばあちゃんを思う気持ちを大切にしてあげたい。素直じゃないところもある秀平だけれど、彼がおばあちゃんのためにどんどん焼きを作ってあげたいという真心を、おばあちゃんへ届けてあげたかった。
 圭史郎さんは双眸そうぼうを細めたけれど、反論しなかった。
 くるりときびすを返した圭史郎さんは玄関をくぐる。

「どんどん焼きの準備をしよう。それが今日のおやつだ」
「はい!」

 私は圭史郎さんを追いかけて、共に臙脂えんじ暖簾のれんをくぐった。


 どんどん焼きは、お好み焼きと同じように鉄板で作る。
 厨房に入った圭史郎さんはテーブルサイズの鉄板を取り出してコンロにセットした。私もお手伝いをするため、小袖の着物に白い割烹着かっぽうぎをすっぽり被る。手を洗ってから、ボウルなどの調理器具を用意した。

「えっと、材料は小麦粉とお水と……海苔のりがいるんですよね」

 全型の焼海苔のりが入った袋を手にする。おにぎりを巻くのに使用する大きなものだ。
 私と圭史郎さん、茜に蒼龍、コロさんと秀平で六人分。おばあちゃんへのおみやげも数に入れると、焼海苔のりはたくさん必要だよね。私は戸棚から一パック十枚入りの全型焼海苔のりをいくつも取り出す。
 すると、油ひきを準備していた圭史郎さんが、眉を跳ね上げながら振り向いた。

「ちょっと待て。まさかその海苔のりで、どんどん焼きを丸ごと巻こうなんて思ってないよな」
「えっ? おにぎりみたいに巻くんじゃないんですか?」
「……優香に任せてたら、新種のどんどん焼きが誕生しそうだな。そのままじゃ大きすぎる。小さく切ってくれ」

 おにぎりのように、くるりと海苔のりで巻くわけではなさそうだ。
 どんどん焼きを見たことがないので具体的なイメージが湧かない私は、海苔のりを切るためのはさみを手にして首をひねる。

「小さく……どのくらいですか?」

 圭史郎さんは面白そうに口端を引き上げた。

「任せる」

 どうやら圭史郎さんは、新種のどんどん焼きを誕生させたいらしい。
 悩みつつ香ばしい海苔のりはさみを入れた。


 厨房で準備を整えていると、玄関のほうから可愛らしい声が響いてきた。

「ただいまー!」
「優香、ただいまー!」

 子鬼ふたりの声だ。銀を採掘して帰ってきたらしい。
 私は厨房を出ると、玄関へ続く廊下を駆けた。
 臙脂えんじ暖簾のれんの向こうに、茜と蒼龍が走り込んでくる姿が見える。その後ろから秀平が四つ足で駆けてきた。

「おかえりなさい。秘密の銀鉱はどうでした? 秀平も無事に採取できましたか?」
「ふん。これくらい簡単だ。ほらよ」

 秀平は口に銜えくわていた銀粒を、ぽとりと私のてのひらに落とした。
 小さな銀粒は、きらきらに光り輝いている。
 なぜか濡れているのは、秀平のよだれのようだ。四つ足で走るから、口にくわえて持ち運ぶしかないわけで……
 私は頬を引きらせながら、よだれでべたべたの銀粒をそっとハンカチで拭いた。
 茜と蒼龍もてのひらに握っていた銀粒を、それぞれ私に手渡す。
 ふたりは毎日秘密の銀鉱へ赴いて銀粒を採取しているので、手慣れたものだ。

「はい、あたしたちの分ね」
「いつもふたりだから、今日は秀平もいて楽しかったぞ」
「ありがとうございます。みんな無事でよかったです。ところで……」

 私は、ちらりと秀平に目を向けた。
 彼は小さな手で無心に顔をでている。どうやら顔を洗っているらしい。ハムスターやウサギなどの小動物が行う仕草だ。
 秀平は人間だと主張するけれど、彼の行動はネズミそのものだ。秀平自身に違和感はないのだろうか。

「秘密の銀鉱での秀平はどんな様子でしたか?」

 茜と蒼龍に小声で訊ねると、ふたりは顔を見合わせる。

「上手だったね。穴をくぐり抜けるのも楽々だし、足もあたしたちより速かったね。ネズミ……っぽい人間だからだね」
「牙があるから銀の壁を削るのも簡単にできてた。ネズミ……っぽい人間だからだな」

 茜と蒼龍は黄金色の目をぱちぱちとまたたかせながら、秀平がネズミの身体能力を最大限に生かしていたことを報告してくれた。

「そうでしたか……」

 子鬼たちは秀平に気を遣ってくれている。秀平が人間だと訴えているのは彼の思い込みだと、ふたりは察しているようだ。
 顔をよだれでぴかぴかに磨いた秀平は、晴れやかな顔をしていた。

「約束どおり、銀を採ってきたぞ。これで、どんどん焼きを作ってくれるんだよな?」
「ええ。もう準備はできてますよ」
「おれもやる! ばあちゃんに届けるどんどん焼きは、おれが作りたいんだ」
「そうですね。おばあちゃんへのおみやげは、ぜひ秀平が作ってあげてください」
「もちろんだ!」

 厨房へ向かう前に、神棚が飾ってある小さな部屋へ入る。ひょうたんに、お代の銀粒を入れるためだ。あやかしのお客様からいただいた銀粒は、すべてこのひょうたんに入れる決まりになっている。
 三人からいただいた三つの銀粒を、私はひょうたんの口に近づける。
 リーン……と涼しげな音を鳴らしながら、銀粒はひょうたんの奥に吸い込まれていった。

「今日もお代をいただきました」

 私の足許あしもとにいた秀平は唖然として見ていた。

「なんで捨てるんだ? 銀は、なくなっちゃったのか?」
「いいえ。捨てたんじゃないですよ。この不思議なひょうたんは……」

 実は秘密の銀鉱へつながっていて、お代として頂戴した銀粒は銀鉱に戻る仕組みになっている。
 こうして永遠に銀がなくならなければ、あやかしのお客様はいつまでも花湯屋を訪れてくれるわけなのだ。
 この仕組みを作ったのは花湯屋の初代当主らしい。それらのことを以前、心を読むフクロウ、ヨミじいさんに教えてもらったのだった。
 言いかけた私を遮るかのように、茜と蒼龍は肩に飛びのってきた。

「優香、だめだめ。ひょうたんのことは秘密だね」
「優香、だめだめ。あやかし使いの末裔まつえいが秘密をばらしちゃいけないぞ」

 ふたりはそれぞれの手を私の口許くちもとに寄せて、口をふさぐ仕草をする。
 まあ……手が短いので口に届いてないけれど。
 茜と蒼龍の助言に口をつぐんだ私を見て、秀平はぷうと頬を膨らませた。

「なんだよ。せっかく採ってきたのに、なくなったら困るだろ」
「なくなってはいませんよ。三人が採取してきてくれた銀粒は、きちんとありますから」

 秀平の小さな体をすくい上げて、目を合わせる。
 つぶらな黒目は、じっと私を見つめると、ふいと斜め上に逸らされた。

「ふ、ふん。そんなこと、おれは人間なんだからわかってる。いちおう聞いただけだ」
「ふふ。そうですね」
「もう用は済んだだろ。どんどん焼きを作るぞ!」

 ちょろりと秀平は身をひるがえして、私の首根へ回った。どんどんとお尻を弾ませ、早く動けと要求する。三人のると結構重いので、肩の上で暴れるのはやめてほしい……

「はいはい。じゃあ厨房へ行きましょうね」
「あたしたちは食べる係だから、あやかし食堂で待ってるね」
「オレも。今日のおやつはどんどん焼きだね。楽しみにしてるぞ」

 子鬼ふたりは華麗に私の肩から飛び降りると、食堂へ入っていった。ふたりは狭いところが好きなので、料理ができあがるまでキャビネットの裏で休んでいるのだろう。私と秀平はその後ろ姿を見送り、厨房へ向かう。
 厨房に入ると、圭史郎さんは小麦粉を水で溶いていた。菜箸でタネをき混ぜる軽快な音が鳴り響いている。

「来たか。準備はできたぞ。あとは焼くだけだ」

 作業台には輪切りにした魚肉ソーセージに、刻んだ焼海苔のり、それにどんどん焼きを巻きつけるための割り箸などが並べられている。
 秀平はそれらの材料を目にするなり、あんぐりと口を開けた。

「おい……なんだあれは⁉」
「えっ? どうかしましたか?」
海苔のりだよ! なんであんな切り方なんだ⁉」

 焼海苔のりは細い短冊形たんざくがたに切ってある。丁度、お蕎麦そばにかけるような細切りだ。それが大量に器に盛られていた。

「私が切ったんですけどね……。どんどん焼きに海苔のりを巻きつけるわけじゃないと圭史郎さんに聞いたので、細かく切ってみました」

 これを生地に振りかけるのかなと思ったけれど、どうやら実際に使用する形とはかけ離れていたようだ。

「チューッ! 優香は、なんにもわかってないな。どんどん焼きをなんだと思ってんだ!」

 どんどんと、秀平は私の肩でお尻を跳ねさせる。
 抗議のお尻落としを食らった私は涙目になって、海苔のりの山をしょんぼりと眺めた。

「こうじゃなかったんですね……。圭史郎さん、教えてくださいよ」
海苔のりの大きさにルールなんてないんだけどな。さすがに俺もそこまで細かくするとは思わなかった」

 肩から下りた秀平は、作業台の上に置いてあった袋から海苔のりを取り出した。

「おれが切ってやる。どんどん焼きの海苔のりはな、こうだ」

 べり、と手で千切ちぎるので、私は慌てて秀平を止めた。

「秀平、待ってください! 作業の前は手を洗ってください!」
「あっ、そうか」

 そこかよ……と呟く圭史郎さんの隣で、私はてのひらにのせた秀平を蛇口まで持っていく。秀平は蛇口から流れ落ちる水で丁寧に小さな手を洗った。


 熱された鉄板におたま一杯分の生地を落として、縦長に引き伸ばす。
 それを三つ並べた圭史郎さんは、具材を手にして待ち構えている私と秀平を促した。

「手前に具をのせてくれ。生地を返して巻いたとき、具が上になるようにな」

 練色の生地の上から青のりをぱらりと振り、私は輪切りの魚肉ソーセージをひとつのせた。秀平はソーセージの隣に、自らが千切ちぎった海苔のりをひょいと置く。
 ジュウジュウと湧き上がる音と香ばしい匂いが、心を躍らせる。

「ソーセージと海苔のりは巻いたときに見えるようにするんですね。ソーセージを丸ごと中心に入れて、外側を海苔のりでぐるりと巻くような形を想像していました」
「どんどん焼きは外側を飾るのが主流だ。見た目で楽しめるようにという意味もあるんだろうな」

 秀平の切ってくれた海苔のりは、五センチほどの四角形だ。
 はさみではなく手で千切ちぎったので、ところどころ形が歪んでいるけれど、手作り感があってよいのではないかと思う。
 頃合いを見た圭史郎さんは、生地を鉄へらで返した。きつね色に焼けた生地にソースを一塗りしてから、生地の手前を二本の割り箸で挟むようにする。巧みにへらを操りながら、割り箸をくるくると回して、生地をきつめに巻きつけていく。

「そら、一本できたぞ。ソースを塗ってくれ」
「おれがやる!」

 刷毛はけを手にした秀平は、ソースを入れた器に毛先をけた。
 濃厚なソースの香りが厨房に漂う。

「たくさん塗るんですか?」
「うん。仕上げにソースをたっぷり塗るから、どんどん焼きはおいしいんだ。ばあちゃんはすごく上手に塗ってた」

 体より大きな刷毛はけを懸命に操り、秀平はほかほかのどんどん焼きにソースを塗りつけていく。圭史郎さんは次々に生地を焼いては割り箸に巻いていくので、大皿にはどんどん焼きがどんどん積み重ねられた。
 私もソースを補充したり、新たなお皿を出したりと忙しく調理を手伝う。
 やがて最後の生地で焼いたどんどん焼きに、ソースが塗られた。

「それで終いだ」

 圭史郎さんはコンロの火を止め、鉄板に水を流し入れる。残ったおこげを鉄へらで削り取っている。
 刷毛はけを置いた秀平は息を吐いた。

「ふう……。おれ、がんばった……」


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