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第一章 カマクラコモリ
不思議なかまくら 4
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恐怖を覚えた私は大声を張り上げた。
「圭史郎さーん! 私たち、遭難しませんよね? 大丈夫ですよね?」
「自分の身より車の心配をしてくれ。けっこう埋まってるぞ」
目を凝らすと、軽トラに辿り着いていた。ただし車体には、こんもりと雪が積もっている。もう少しで車体が雪に埋もれてしまいそうなほどだ。
「えっ、もうこんなに⁉ もしかして私たち、あのかまくらに一晩中いたってことですか?」
「残念ながら、一時間も経ってないぞ。山の雪は、このくらいふつうだ。優香は車の雪を下ろせ。俺はタイヤの下を掘る」
車のエンジンを入れた圭史郎さんはヘッドライトを点すと、荷台のカバー下からスコップを取り出した。タイヤ周りの雪を、ざくざくと掘り返す。タイヤが雪に埋もれていると発進できないので、平らにする必要があるからだ。
私は抱いている光希君を車に寝かせようと、助手席の扉を開ける。
すると弾みで、扉と屋根に積もっていた雪が撒き散らされた。
慌てて光希君の体についた雪をはたいて、座席に横たえる。彼はいつの間にか眠ってしまっていた。
それから荷台を探り、スノーブラシを取り出す。初めは洗車用の道具かと思ったけれど、車に積もった雪を払い落とすブラシだ。片側がワイパーのような形で、逆側がブラシになっている。雪国を走る車には必ずスノーブラシが積載されているという。
私はブラシ部分を屋根に当て、ふわりとした雪を撫でるように払っていった。
屋根に降り立ったヨミじいさんが、困ったように苦言を呈する。
「若女将よ。そのようなやり方では、花湯屋に帰り着く頃には朝になっておるぞい」
「えっ。何か、おかしかったですか?」
すべてのタイヤの周りを素早く掻き出した圭史郎さんは、私からスノーブラシを取り上げた。
「何をやってんだ。猫をブラッシングするのとはわけが違うぞ。おまえらは邪魔だから中に入ってろ」
邪魔者扱いされてしまったので、ヨミじいさんとともに助手席に収まる。
どうやら綺麗に掃こうとしたのがいけなかったらしい。圭史郎さんはワイパー部分を使い、屋根からまとめて雪を下ろしていく。それからブラシを往復させ、ウィンドウに付着した雪を剥がしていた。
私は眠っている光希君を抱っこしつつ、車外で作業する圭史郎さんを見守る。ヨミじいさんは私の肩にとまっていた。ようやく雪かきを終えた圭史郎さんが道具を荷台に放り込み、運転席に乗り込む。
「圭史郎、早くせんかい。こうしている間にも雪が積もっておるじゃろうが」
ヨミじいさんの文句に、ギアを入れた圭史郎さんは鋭い目線を投げ、黙殺する。
ほとんどの雪かき作業を行ったのは圭史郎さんなので、彼は雪まみれだ。
軽トラはゆっくりと動き出した。路肩で方向転換し、山道を下っていく。
容赦なく雪は降り積もり、ワイパーが動くたびにウィンドウについた新雪が避けられていく。
抱きしめた光希君が規則的な呼吸をするごとに胸が上下して、私の腕に伝わった。彼の体はとても温かい。圭史郎さんの言ったとおり、キツネの子に憑かれている影響で極寒の中を歩いても、体温が下がらないのだと思える。ふわふわの耳は時折、ぴくりと動いていた。
やがて車は見知った県道に出る。
しばらく山道を走行して坂を下りると、銀山温泉街のガス灯が暗闇の中に浮かび上がっているのが見えた。
ほっとした私は強張っていた肩の力を抜く。
「無事に着いてよかったですね」
ところが圭史郎さんとヨミじいさんは無言だった。よほど疲れたので、口を開く気力も湧かないということだろうか。
花湯屋の玄関前に辿り着き、軽トラックを降りる。まずは光希君を布団に寝かせてこよう。
もう夜も遅いので、そっと屋内に入り、廊下を渡って客間を目指す。
抱きかかえた光希君を布団に横たえても、彼は目を覚ますことはなかった。仰向けの姿勢で、天使のような寝顔を見せている。
安堵した私は光希君の体に布団をかけながら、今夜体験したことを反芻した。
あの不思議なかまくらとキツネの母親は、いったい何だったのだろう。
御殿でごちそうになったら、それは狐狸に化かされたのだった……という昔話があるけれど、そう考えるには奇妙なところがあった。
キツネの母親は、息子のイチについて真摯に訴えていた。
我が子を案じる親の心情は高橋さんと全く同じだ。彼女の発言が、私たちを騙すための作り話だったとは思えない。
やはり光希君と融合しているのは子ぎつねのイチであり、彼は夜中になると覚醒して母親の呼ぶ声に反応しているのだ。
ふたりをもとどおりにできれば、それぞれの親元に帰せる。
きっと、圭史郎さんが何とかしてくれるだろう。
光希君がぐっすり寝入っていることを確認した私は、そっと襖を閉じた。廊下を渡り、談話室へ向かう。
扉を開くと、圭史郎さんとヨミじいさんは難しい顔をしてソファに腰を落ち着けていた。首を傾げながらも、私は脱いだ防寒具をストーブの周囲に並べる。こうして暖房の傍に置いておけば、雪に濡れた帽子や手袋を乾かせるのだ。
「今夜は雪が降ったから大変でしたね。体が温まるよう、お茶を淹れましょう」
急須に茶葉を入れて、ストーブにかけているやかんの湯を注げば、暖かな室内に緑茶の芳香が漂う。私は三人分の湯飲みに熱い緑茶を注ぐと、圭史郎さんとヨミじいさんの前のテーブルに置いた。
「圭史郎さーん! 私たち、遭難しませんよね? 大丈夫ですよね?」
「自分の身より車の心配をしてくれ。けっこう埋まってるぞ」
目を凝らすと、軽トラに辿り着いていた。ただし車体には、こんもりと雪が積もっている。もう少しで車体が雪に埋もれてしまいそうなほどだ。
「えっ、もうこんなに⁉ もしかして私たち、あのかまくらに一晩中いたってことですか?」
「残念ながら、一時間も経ってないぞ。山の雪は、このくらいふつうだ。優香は車の雪を下ろせ。俺はタイヤの下を掘る」
車のエンジンを入れた圭史郎さんはヘッドライトを点すと、荷台のカバー下からスコップを取り出した。タイヤ周りの雪を、ざくざくと掘り返す。タイヤが雪に埋もれていると発進できないので、平らにする必要があるからだ。
私は抱いている光希君を車に寝かせようと、助手席の扉を開ける。
すると弾みで、扉と屋根に積もっていた雪が撒き散らされた。
慌てて光希君の体についた雪をはたいて、座席に横たえる。彼はいつの間にか眠ってしまっていた。
それから荷台を探り、スノーブラシを取り出す。初めは洗車用の道具かと思ったけれど、車に積もった雪を払い落とすブラシだ。片側がワイパーのような形で、逆側がブラシになっている。雪国を走る車には必ずスノーブラシが積載されているという。
私はブラシ部分を屋根に当て、ふわりとした雪を撫でるように払っていった。
屋根に降り立ったヨミじいさんが、困ったように苦言を呈する。
「若女将よ。そのようなやり方では、花湯屋に帰り着く頃には朝になっておるぞい」
「えっ。何か、おかしかったですか?」
すべてのタイヤの周りを素早く掻き出した圭史郎さんは、私からスノーブラシを取り上げた。
「何をやってんだ。猫をブラッシングするのとはわけが違うぞ。おまえらは邪魔だから中に入ってろ」
邪魔者扱いされてしまったので、ヨミじいさんとともに助手席に収まる。
どうやら綺麗に掃こうとしたのがいけなかったらしい。圭史郎さんはワイパー部分を使い、屋根からまとめて雪を下ろしていく。それからブラシを往復させ、ウィンドウに付着した雪を剥がしていた。
私は眠っている光希君を抱っこしつつ、車外で作業する圭史郎さんを見守る。ヨミじいさんは私の肩にとまっていた。ようやく雪かきを終えた圭史郎さんが道具を荷台に放り込み、運転席に乗り込む。
「圭史郎、早くせんかい。こうしている間にも雪が積もっておるじゃろうが」
ヨミじいさんの文句に、ギアを入れた圭史郎さんは鋭い目線を投げ、黙殺する。
ほとんどの雪かき作業を行ったのは圭史郎さんなので、彼は雪まみれだ。
軽トラはゆっくりと動き出した。路肩で方向転換し、山道を下っていく。
容赦なく雪は降り積もり、ワイパーが動くたびにウィンドウについた新雪が避けられていく。
抱きしめた光希君が規則的な呼吸をするごとに胸が上下して、私の腕に伝わった。彼の体はとても温かい。圭史郎さんの言ったとおり、キツネの子に憑かれている影響で極寒の中を歩いても、体温が下がらないのだと思える。ふわふわの耳は時折、ぴくりと動いていた。
やがて車は見知った県道に出る。
しばらく山道を走行して坂を下りると、銀山温泉街のガス灯が暗闇の中に浮かび上がっているのが見えた。
ほっとした私は強張っていた肩の力を抜く。
「無事に着いてよかったですね」
ところが圭史郎さんとヨミじいさんは無言だった。よほど疲れたので、口を開く気力も湧かないということだろうか。
花湯屋の玄関前に辿り着き、軽トラックを降りる。まずは光希君を布団に寝かせてこよう。
もう夜も遅いので、そっと屋内に入り、廊下を渡って客間を目指す。
抱きかかえた光希君を布団に横たえても、彼は目を覚ますことはなかった。仰向けの姿勢で、天使のような寝顔を見せている。
安堵した私は光希君の体に布団をかけながら、今夜体験したことを反芻した。
あの不思議なかまくらとキツネの母親は、いったい何だったのだろう。
御殿でごちそうになったら、それは狐狸に化かされたのだった……という昔話があるけれど、そう考えるには奇妙なところがあった。
キツネの母親は、息子のイチについて真摯に訴えていた。
我が子を案じる親の心情は高橋さんと全く同じだ。彼女の発言が、私たちを騙すための作り話だったとは思えない。
やはり光希君と融合しているのは子ぎつねのイチであり、彼は夜中になると覚醒して母親の呼ぶ声に反応しているのだ。
ふたりをもとどおりにできれば、それぞれの親元に帰せる。
きっと、圭史郎さんが何とかしてくれるだろう。
光希君がぐっすり寝入っていることを確認した私は、そっと襖を閉じた。廊下を渡り、談話室へ向かう。
扉を開くと、圭史郎さんとヨミじいさんは難しい顔をしてソファに腰を落ち着けていた。首を傾げながらも、私は脱いだ防寒具をストーブの周囲に並べる。こうして暖房の傍に置いておけば、雪に濡れた帽子や手袋を乾かせるのだ。
「今夜は雪が降ったから大変でしたね。体が温まるよう、お茶を淹れましょう」
急須に茶葉を入れて、ストーブにかけているやかんの湯を注げば、暖かな室内に緑茶の芳香が漂う。私は三人分の湯飲みに熱い緑茶を注ぐと、圭史郎さんとヨミじいさんの前のテーブルに置いた。
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