みちのく銀山温泉

沖田弥子

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第一章 カマクラコモリ

カマクラコモリ

 ふたりともずっと無言で、険しい表情を浮かべている。いったい、どうしたのだろう。
 ややあって、初めて気がついたかのように、つとヨミじいさんは湯飲みを羽で持った。お茶をひとくち含み、深い溜息を零す。

「まさか、あやつじゃったとはな……。圭史郎、おぬし、初めから気づいておったな?」

 腕組みを解かない圭史郎さんが、湯気を見つめながら低い声音を出した。

「気配で察した。厄介なことになったな」
「どういうことですか? あのキツネのお母さんは優しいあやかしですよね。コロさんと同じ、こまもふじゃありませんか?」

 あやかしには階級があり、上級から雑種まで序列が存在している。それは地獄が取り決めたものらしい。地上で悔恨を持ったまま死した者があやかしになるが、地獄にいる生まれながらのあやかしもいる。
 地上に数多くいる動物のあやかしは、いわゆる雑種という位の者がほとんどだ。私は雑種という名称が侮蔑を含んでいるのが気になるので、『こまもふ』という独自の呼び名を作ったのである。
 私たちから子どもを守ろうとしたことや、切々と事情を話してくれたことを考えると、キツネの母親が凶悪なあやかしだとは到底思えない。それに彼女は誰とも交流を持たないと言っていたので、あやかしについてもよく知らないようだ。ただ、息子のイチの身だけを案じていた。
 呑気にお茶を啜る私に、圭史郎さんは鋭い眼差しを向けてきた。

「問題なのはキツネのほうじゃない。かまくらだ」
「……そういえば、あのかまくらはどうして消えてしまったんでしょう」
「あれは、ただのかまくらじゃない。『カマクラコモリ』という名のあやかしだ」
「ええっ⁉ かまくらそのものが、あやかしなんですか?」

 驚いたけれど、冷静に頷いた圭史郎さんの顔を見て、過去のことを思い出す。
 以前、『カナエ』という宝石の無機物あやかしがいたことを。
 こまもふに取り憑き、願いを叶えた者の命を吸い取るという非情なあやかしだった。人型や動物型のみが、あやかしというわけではないのだ。

「カマクラコモリは生贄を必要とする。暖かい灯火と料理で誘われた生贄が入ると、二度と出られないように出入口が塞がれる。あのキツネの母親が今の生贄だ。生贄を閉じ込めた状態で、空間を移動できる。入り口を閉じたのも移動したのも、カマクラコモリの意志だ。奴に話は通じないし、口も利けない。危険な上級あやかしだぞ」

 淡々とした圭史郎さんの説明に息を呑む。
 とても居心地のよい空間だと和んだけれど、あれはあやかしの罠だったのだ。まさか、カマクラコモリというあやかしが私たちの挙動を監視していたなんて、全く気づかなかった。

「でも、私たちはかまくらから出られましたよね?」
「生贄はひとりでいいんだ。あの場合、かまくらから出るのが一番遅かった者が生贄になる」
「だから圭史郎さんは、合図したら光希君を抱えてすぐに出ろと指示したんですね」
「そうだ。最後のひとりのルールを、あのキツネは薄々気づいていたはずだ。俺の予想だが、キツネの母親は誰かにかまくらに入ることを促されたんだ。たとえば、狸だとしよう。子どもを捜して疲弊していたところに、暖かそうなかまくらにいる狸から、ごちそうするから休んでいきなさいと誘われる。そこで身の上話をしている最中に、つと狸は外に出る。どうしたのだろうと思っているうちに狸は姿を消した。そして自分は雪の壁に阻まれて、かまくらから出られない。仕方ないので遠吠えで子どもを呼ぶ。……大方、こんなところだろう」
「それじゃあ、キツネのお母さんは誰かに騙されたということですか?」

 世の中のことに明るければ、こんなことにはならなかったと、キツネの母親は後悔を滲ませていた。ほかのあやかしと交流があり、カマクラコモリの存在について知っていたら、騙されなかったかもしれないのだ。

「そういうことだな。誰かを身代わりにするしか、カマクラコモリから逃れる方法がない。つまり、あのキツネを救い出すには、誰かが生贄になる必要がある」

 キツネのお母さんが入り口に佇んで出てこなかったのは、カマクラコモリに閉じ込められるとわかっていたからなのだ。だから朝になり、光希君が覚醒しかけて帰っていくのを引き留めることができない。光希君をかまくらに残せば母親は出られるが、まさか子どもを身代わりにするわけにもいかない。
 湯飲みを置いたヨミじいさんは、ぶるりと身震いをした。

「まこと恐ろしいことじゃ……。居心地がよすぎて、カマクラコモリだとは全く気づかなんだ。おまえさんたちが慌てて出て行く姿を見て、ざっと総毛立ったわい」
「あそこでヨミじいさんが最後のひとりになっていれば解決したのにな。妙なところで心読みしなくていいんだぞ」
「圭史郎の冗談はちっとも面白くないわい! おぬしが残ればよかろう。カマクラコモリで昼寝し放題ではないか!」

 圭史郎さんの本気の冗談に怒り出したヨミじいさんは羽を大きく広げて、くわっと威嚇する。つまらなそうに鼻を鳴らした圭史郎さんは、ようやく湯飲みからお茶を啜った。
 仲のよいやり取りに苦笑が零れたけれど、私の心中は穏やかではなかった。
 キツネの母親は囚われの身なのだ。彼女を助けない限り、光希君はかまくらに通い続けてしまう。そしていずれ、取り返しのつかない事態を引き起こすかもしれない。

「あの……カマクラコモリは生贄を食べてしまうんですか?」

 ヨミじいさんは圭史郎さんに目を向ける。解説を頼むということだ。
 ソファに凭れた圭史郎さんは疲れたのか、首を回した。

「腹減ったな。ひっぱりでも作るか」
「あの、圭史郎さん」
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