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第二章 ムゾウ
謎の依頼人 1
幾日かの吹雪が続いた冬の銀山温泉に、ようやく晴れ間が覗く。
しっかりと長靴を履いた私は竹箒を手にし、嬉々として花湯屋の玄関前に出た。
貴重な冬の太陽を見上げると、自然と頰が綻ぶ。
「お日様ありがとう! みずほさん、ご苦労さまです」
すでに道を雪かきしていた仲居のみずほさんに声をかける。
雪かきは当番制で行っているのだ。お客様が通る旅館前の道は常に綺麗に整えておかなければならない。
「おつかれさま、優香ちゃん。あのさあ、コロさんはどこにいるのかしら? 雪と一緒に片付けちゃってたらまずいわよね」
あやかしお宿である花湯屋のスタッフはあやかしの存在については知っているが、私と圭史郎さん以外の人には姿は見えないし声も聞こえない。
みずほさんは看板犬であるコロさんの姿が見えないので、雪かき用のスコップにのせて片付けていないか心配しているようだ。
「大丈夫ですよ。コロさんはここにいます」
「僕、みずほさんがいっしょうけんめい雪かきしているところをずっと見てたよ」
私が指し示した玄関前にお座りしたコロさんは、にこやかに微笑んでいる。
けれど、みずほさんにとっては何もない空間を指差されただけなので、彼女は首を捻った。
「何か目印でもあったらいいんじゃない? 巻き込んでないか心配だから、せめて雪かきのときくらいは、コロさんがどこにいるのかあたしたちにもわかれば便利よね」
「目印ですか……。そうだ、これなんかどうでしょう」
ポケットを探った私は、おはじきを取り出した。
透明なおはじきには、赤い線が流麗に描かれている。先日、買い物をした際におまけとしていただいたものだ。なんとなくお守りのように感じて、いつも携帯している。
それをコロさんの座っている前に置いた。
「コロさんが移動するときにこのおはじきを持っていけば、みずほさんからも大体の位置がわかりますよね」
「いいアイデアね。コロさん、おはじきを持ってみてよ」
「こうかな?」
おはじきを口に咥えたコロさんは玄関の端へ移動し、そこに置いた。みずほさんは感激したように手を叩く。彼女からは、おはじきが宙に浮いて移動したように見えたはずだ。
「すごいわね! この手口を使えば、あやかしを信じない人にも存在を証明できるじゃない。何かの金儲けに……ううん、これはまだ構想の段階ね……」
手口だとか金儲けとか、不穏な台詞を述べるみずほさんに、私は頰を引きつらせる。
花湯屋の古参仲居であるみずほさんの企みは計り知れない。
そのとき、ふとコロさんが空を見上げた。
釣られて私もそちらを見ると、はるか山の向こうからやってくる黒い鳥たちがギャアギャアと騒いでいる。
「あれは……カラスでしょうか?」
「大変だ、いじめられてるよ!」
遠いのでよく見えないが、カラスの群れに一羽だけ異なる鳥が混ざっているようだ。その子をカラスたちは追いかけ、突いているらしい。
道に飛び出したコロさんが激しく吠えたてた。
するとカラスたちは驚いたのか、慌てて山のほうへ引き返していく。コロさんの声が聞こえたということは、あやかしのカラスなのかもしれない。
残された一羽の鳥は、よろよろしながら高度を落としてこちらへやってきた。
上空を見上げていたみずほさんが両手を差し出して、その子を受け止める。
「あらあら、どうしたのよ。……あら? この鳥、手紙を持ってるわ。ていうか伝書鳩のわりには随分とおデブねえ」
みずほさんの手の中に収まった鳩に似た鳥は、ぐったりとしていた。灰色の羽に黒の模様が交じっているが、かなり丸くてころんとした体型だ。これでは飛ぶのも苦労するのではないかと思える。それに、嘴に封筒を咥えているが、伝書鳩は足に括りつけた筒に手紙を入れるものではないだろうか。
その子の足元を見ると、そこには三本の足がついていた。
「あっ……この子、あやかしじゃないでしょうか。足が三本あります!」
「本当ね。このメタボっぷりで純正の鳩ですって言われるほうが驚くわ。でも……あやかしならどうしてあたしにも見えるのかしら?」
「圭史郎さんに聞いてみましょう」
「そうね。手紙の内容も気になるわね。誰に宛てたものかしら」
玄関前はコロさんに任せて、私とみずほさんは屋内に入る。
まずはこの子に手当てを施さないと。
ところが臙脂の暖簾をくぐろうとしたとき、ぐったりしていたはずの鳩が突然暴れ出した。みずほさんの手から飛び立ち、藍の暖簾をくぐってしまう。
「ちょっと待ちなさいよ、おデブ!」
お客様の耳に入ったら非常に気まずい罵倒を発したみずほさんとともに、私は鳩を追いかけて藍の暖簾をくぐった。
花湯屋には暖簾がふたつある。藍の暖簾は人間のお客様がくぐり、臙脂の暖簾はあやかしのお客様がくぐるためだ。
ちっとも動かない臙脂の暖簾の向こうでは今日も圭史郎さんが昼寝に勤しんでいるのだが、藍の暖簾は頻繁に人間のお客様が出入りする。
みずほさんに見えるということは、あの不思議な鳩は誰にでも見える可能性がある。お客様にこの騒ぎが見つかったら一大事だ。
しっかりと長靴を履いた私は竹箒を手にし、嬉々として花湯屋の玄関前に出た。
貴重な冬の太陽を見上げると、自然と頰が綻ぶ。
「お日様ありがとう! みずほさん、ご苦労さまです」
すでに道を雪かきしていた仲居のみずほさんに声をかける。
雪かきは当番制で行っているのだ。お客様が通る旅館前の道は常に綺麗に整えておかなければならない。
「おつかれさま、優香ちゃん。あのさあ、コロさんはどこにいるのかしら? 雪と一緒に片付けちゃってたらまずいわよね」
あやかしお宿である花湯屋のスタッフはあやかしの存在については知っているが、私と圭史郎さん以外の人には姿は見えないし声も聞こえない。
みずほさんは看板犬であるコロさんの姿が見えないので、雪かき用のスコップにのせて片付けていないか心配しているようだ。
「大丈夫ですよ。コロさんはここにいます」
「僕、みずほさんがいっしょうけんめい雪かきしているところをずっと見てたよ」
私が指し示した玄関前にお座りしたコロさんは、にこやかに微笑んでいる。
けれど、みずほさんにとっては何もない空間を指差されただけなので、彼女は首を捻った。
「何か目印でもあったらいいんじゃない? 巻き込んでないか心配だから、せめて雪かきのときくらいは、コロさんがどこにいるのかあたしたちにもわかれば便利よね」
「目印ですか……。そうだ、これなんかどうでしょう」
ポケットを探った私は、おはじきを取り出した。
透明なおはじきには、赤い線が流麗に描かれている。先日、買い物をした際におまけとしていただいたものだ。なんとなくお守りのように感じて、いつも携帯している。
それをコロさんの座っている前に置いた。
「コロさんが移動するときにこのおはじきを持っていけば、みずほさんからも大体の位置がわかりますよね」
「いいアイデアね。コロさん、おはじきを持ってみてよ」
「こうかな?」
おはじきを口に咥えたコロさんは玄関の端へ移動し、そこに置いた。みずほさんは感激したように手を叩く。彼女からは、おはじきが宙に浮いて移動したように見えたはずだ。
「すごいわね! この手口を使えば、あやかしを信じない人にも存在を証明できるじゃない。何かの金儲けに……ううん、これはまだ構想の段階ね……」
手口だとか金儲けとか、不穏な台詞を述べるみずほさんに、私は頰を引きつらせる。
花湯屋の古参仲居であるみずほさんの企みは計り知れない。
そのとき、ふとコロさんが空を見上げた。
釣られて私もそちらを見ると、はるか山の向こうからやってくる黒い鳥たちがギャアギャアと騒いでいる。
「あれは……カラスでしょうか?」
「大変だ、いじめられてるよ!」
遠いのでよく見えないが、カラスの群れに一羽だけ異なる鳥が混ざっているようだ。その子をカラスたちは追いかけ、突いているらしい。
道に飛び出したコロさんが激しく吠えたてた。
するとカラスたちは驚いたのか、慌てて山のほうへ引き返していく。コロさんの声が聞こえたということは、あやかしのカラスなのかもしれない。
残された一羽の鳥は、よろよろしながら高度を落としてこちらへやってきた。
上空を見上げていたみずほさんが両手を差し出して、その子を受け止める。
「あらあら、どうしたのよ。……あら? この鳥、手紙を持ってるわ。ていうか伝書鳩のわりには随分とおデブねえ」
みずほさんの手の中に収まった鳩に似た鳥は、ぐったりとしていた。灰色の羽に黒の模様が交じっているが、かなり丸くてころんとした体型だ。これでは飛ぶのも苦労するのではないかと思える。それに、嘴に封筒を咥えているが、伝書鳩は足に括りつけた筒に手紙を入れるものではないだろうか。
その子の足元を見ると、そこには三本の足がついていた。
「あっ……この子、あやかしじゃないでしょうか。足が三本あります!」
「本当ね。このメタボっぷりで純正の鳩ですって言われるほうが驚くわ。でも……あやかしならどうしてあたしにも見えるのかしら?」
「圭史郎さんに聞いてみましょう」
「そうね。手紙の内容も気になるわね。誰に宛てたものかしら」
玄関前はコロさんに任せて、私とみずほさんは屋内に入る。
まずはこの子に手当てを施さないと。
ところが臙脂の暖簾をくぐろうとしたとき、ぐったりしていたはずの鳩が突然暴れ出した。みずほさんの手から飛び立ち、藍の暖簾をくぐってしまう。
「ちょっと待ちなさいよ、おデブ!」
お客様の耳に入ったら非常に気まずい罵倒を発したみずほさんとともに、私は鳩を追いかけて藍の暖簾をくぐった。
花湯屋には暖簾がふたつある。藍の暖簾は人間のお客様がくぐり、臙脂の暖簾はあやかしのお客様がくぐるためだ。
ちっとも動かない臙脂の暖簾の向こうでは今日も圭史郎さんが昼寝に勤しんでいるのだが、藍の暖簾は頻繁に人間のお客様が出入りする。
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