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第二章 ムゾウ
よもぎクッキー 3
「クッキーをプレゼントする凜子って、ムゾウのともだちなのか?」
「えっ……ええ、まあ、そうですね。友達です。ペンフレンドなんですよ」
「ペンフレンドって、なんだ?」
茜が得意気な顔をして話に入る。
「文通している友達のことだね。手紙で仲良くなったから、明日会おうってことでしょ?」
「ええ……そういうことです。だから、凜子さんに会うのは、初めてなんですよね……」
子鬼たちに説明するムゾウの声が、次第に萎んでいく。
神社では凜子さんに会えることを喜び、興奮していたムゾウだが、改めて考えると浮かれてばかりもいられない状況なのである。
直接会ったら、『イケメン御曹司の綾小路輝彦』という嘘を、凜子さんに謝罪しなければならないからだ。それはきっと、彼女を傷つけることになる。そして、嘘つきのムゾウを、凜子さんは許してくれないかもしれない。
動揺してうろうろと動き回るムゾウに、まだその心中を知らない茜は明るい声をかけた。
「じゃあ恋人になってもらえるように、クッキーの型抜きはハートにしようね」
「はっ⁉ こここ恋人とか、いったい何をおっしゃってますので⁉」
いくつかある型抜きのなかからハート型を手にした茜は、きょとんとしてムゾウを見やった。
「凜子のこと、好きなんでしょ?」
「え……うぁう……それはぁ、あの……はい、好きです」
「じゃあ、型抜きはハートね」
「……はい、ハートでお願いします」
どうやら茜がクッキーをハート型にしたいがために、ムゾウに好意を認めさせたようだ。『恋人』『好き』という具体的な言葉が飛び出したので、いっそう動揺したムゾウは泥の体をうねうねと波立たせている。
圭史郎さんは黙しているククルをちらりと見やり、言い放った。
「どうせ凜子は姿を現さない。クッキーは全部余るから、明日ここにいる面々で食べることになる」
厨房に沈黙が下りる。
オーブンが余熱をしている機械音が低く響いていた。
凜子さんの正体がククルだという圭史郎さんの予測は、あくまでも仮定だ。私は凜子さんに会えることを楽しみにしているムゾウを、答えの出ていない今から、がっかりさせたくなかった。圭史郎さんに向き直り、きっぱり言う。
「そんなことわからないじゃないですか! 凜子さんはきっと来てくれますよ」
「そもそもムゾウが正体を偽っているんだ。凜子だって誠実なわけないだろ。文通なんてそんなものさ。なあ、ムゾウ」
ムゾウは後ろめたそうに、一つ目を下げた。
どういうことかとムゾウを覗き込む子鬼たちに、ぼそぼそと語り出す。
「あのですね、ぼく……手紙で嘘をついているんですよね。凜子さんには、ぼくがあやかしのムゾウだとは話してないんです。『イケメン御曹司の綾小路輝彦』と騙っているのです」
首を傾げた茜は、ごく当然の疑問を述べる。
「じゃあ、会ったら凜子はびっくりするね」
「そうですよね。ぼくは、凜子さんに会える資格なんてありませんでしたね……」
蒼龍は茜と逆の方向に首を傾げ、別の疑問を放つ。
「会うのに資格って、いるのか?」
「まあ、その、資格の有無はたとえといいますか……」
「ムゾウは凜子に会いたいの? 会いたくないの?」
「それは……そのう……」
会いたいのかという気持ちを聞いた茜の問いに、ムゾウは明確に答えなかった。
冷蔵庫から生地を取り出した圭史郎さんは、まな板の上にのせると、延べ棒で薄くする。凜子さんがククルだと予想しているためか、彼はムゾウの苦悩が杞憂だと思っている。薄く延ばした生地からラップを外し、飄々として言った。
「ほら、型を抜け。それを並べてオーブンで焼けば完成だ」
ハートの型抜きを手にしたムゾウだったが、もじもじしている。
「あのう……神使さまにお願いがあるのですが」
「なんだ」
「明日……綾小路輝彦になってもらえませんか? 神使さまほどのイケメンなら、凜子さんも納得してくれると思うんですよね」
ムゾウは凜子さんに会わないつもりなのだ。せっかく会える機会が訪れたというのに。
そうなると、ムゾウは偽ったままということになる。
私はたまらず、ムゾウに訊ねた。
「それでいいんですか? ムゾウは凜子さんに会えることを、あんなに喜んでいたじゃありませんか」
「……ぼくなんかが、凜子さんの前に堂々と姿を現して名のれるわけがないんです。冷静に考えればすぐにわかることでした」
「でも、ムゾウは凜子さんに会いたいんですよね?」
「ぼくの気持ちなんて……どうでもいいじゃないですか。この世界に、ぼくのような最下級の存在なんて必要ないんですから」
寂しげに呟いたムゾウはそれでも手にした型抜きを、そっと生地に押しつけた。緑色のハートが綺麗にできあがる。
茜と蒼龍も型抜きを使って、次々にハートを作り出した。
「明日、凜子に会わないと、ムゾウは後悔するね」
「後悔はすごく長いんだぞ。オレたちもそうだったもんな」
「えっ……ええ、まあ、そうですね。友達です。ペンフレンドなんですよ」
「ペンフレンドって、なんだ?」
茜が得意気な顔をして話に入る。
「文通している友達のことだね。手紙で仲良くなったから、明日会おうってことでしょ?」
「ええ……そういうことです。だから、凜子さんに会うのは、初めてなんですよね……」
子鬼たちに説明するムゾウの声が、次第に萎んでいく。
神社では凜子さんに会えることを喜び、興奮していたムゾウだが、改めて考えると浮かれてばかりもいられない状況なのである。
直接会ったら、『イケメン御曹司の綾小路輝彦』という嘘を、凜子さんに謝罪しなければならないからだ。それはきっと、彼女を傷つけることになる。そして、嘘つきのムゾウを、凜子さんは許してくれないかもしれない。
動揺してうろうろと動き回るムゾウに、まだその心中を知らない茜は明るい声をかけた。
「じゃあ恋人になってもらえるように、クッキーの型抜きはハートにしようね」
「はっ⁉ こここ恋人とか、いったい何をおっしゃってますので⁉」
いくつかある型抜きのなかからハート型を手にした茜は、きょとんとしてムゾウを見やった。
「凜子のこと、好きなんでしょ?」
「え……うぁう……それはぁ、あの……はい、好きです」
「じゃあ、型抜きはハートね」
「……はい、ハートでお願いします」
どうやら茜がクッキーをハート型にしたいがために、ムゾウに好意を認めさせたようだ。『恋人』『好き』という具体的な言葉が飛び出したので、いっそう動揺したムゾウは泥の体をうねうねと波立たせている。
圭史郎さんは黙しているククルをちらりと見やり、言い放った。
「どうせ凜子は姿を現さない。クッキーは全部余るから、明日ここにいる面々で食べることになる」
厨房に沈黙が下りる。
オーブンが余熱をしている機械音が低く響いていた。
凜子さんの正体がククルだという圭史郎さんの予測は、あくまでも仮定だ。私は凜子さんに会えることを楽しみにしているムゾウを、答えの出ていない今から、がっかりさせたくなかった。圭史郎さんに向き直り、きっぱり言う。
「そんなことわからないじゃないですか! 凜子さんはきっと来てくれますよ」
「そもそもムゾウが正体を偽っているんだ。凜子だって誠実なわけないだろ。文通なんてそんなものさ。なあ、ムゾウ」
ムゾウは後ろめたそうに、一つ目を下げた。
どういうことかとムゾウを覗き込む子鬼たちに、ぼそぼそと語り出す。
「あのですね、ぼく……手紙で嘘をついているんですよね。凜子さんには、ぼくがあやかしのムゾウだとは話してないんです。『イケメン御曹司の綾小路輝彦』と騙っているのです」
首を傾げた茜は、ごく当然の疑問を述べる。
「じゃあ、会ったら凜子はびっくりするね」
「そうですよね。ぼくは、凜子さんに会える資格なんてありませんでしたね……」
蒼龍は茜と逆の方向に首を傾げ、別の疑問を放つ。
「会うのに資格って、いるのか?」
「まあ、その、資格の有無はたとえといいますか……」
「ムゾウは凜子に会いたいの? 会いたくないの?」
「それは……そのう……」
会いたいのかという気持ちを聞いた茜の問いに、ムゾウは明確に答えなかった。
冷蔵庫から生地を取り出した圭史郎さんは、まな板の上にのせると、延べ棒で薄くする。凜子さんがククルだと予想しているためか、彼はムゾウの苦悩が杞憂だと思っている。薄く延ばした生地からラップを外し、飄々として言った。
「ほら、型を抜け。それを並べてオーブンで焼けば完成だ」
ハートの型抜きを手にしたムゾウだったが、もじもじしている。
「あのう……神使さまにお願いがあるのですが」
「なんだ」
「明日……綾小路輝彦になってもらえませんか? 神使さまほどのイケメンなら、凜子さんも納得してくれると思うんですよね」
ムゾウは凜子さんに会わないつもりなのだ。せっかく会える機会が訪れたというのに。
そうなると、ムゾウは偽ったままということになる。
私はたまらず、ムゾウに訊ねた。
「それでいいんですか? ムゾウは凜子さんに会えることを、あんなに喜んでいたじゃありませんか」
「……ぼくなんかが、凜子さんの前に堂々と姿を現して名のれるわけがないんです。冷静に考えればすぐにわかることでした」
「でも、ムゾウは凜子さんに会いたいんですよね?」
「ぼくの気持ちなんて……どうでもいいじゃないですか。この世界に、ぼくのような最下級の存在なんて必要ないんですから」
寂しげに呟いたムゾウはそれでも手にした型抜きを、そっと生地に押しつけた。緑色のハートが綺麗にできあがる。
茜と蒼龍も型抜きを使って、次々にハートを作り出した。
「明日、凜子に会わないと、ムゾウは後悔するね」
「後悔はすごく長いんだぞ。オレたちもそうだったもんな」
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