みちのく銀山温泉

沖田弥子

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第三章 地獄の道具師

不思議な万華鏡

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 長かった山形の冬に、春の兆しが見えてきた。
 連日の寒さは和らぎ、花咲いた紅梅がほんのりとした香気を忍ばせている。
 圭史郎さんとともにバス停まで歩きながら、私はそこかしこに発見する春を見つけては心を躍らせていた。

「もうすぐ春ですね、圭史郎さん」
「油断してると、どかっと雪が降るぞ。ストーブと長靴は春になっても置いておくのが鉄則だ」

 高校からの下校途中なので、ふたりとも制服にコートを着込み、足元には長靴を履いている。
 道の両脇には掃かれた雪の山がいくつも形成されており、さながら白い三角帽子が道なりに出迎えてくれているかのようだ。完全な雪解けまでには、まだ時間がかかると思える。季節の変わり目は寒暖差が激しく、暖かくなったかと思うと、またすぐに雪が降って道が積雪することも多々ある。

「慎重な圭史郎さんが春が来たと認めてくれるのは、いつになりますか?」
「田植えが完了した頃だな。五月下旬だ」

 それはもはや初夏ではないだろうか。
 一年ほど住んでみて私が感じた山形の季節の流れは、夏と冬の名残がとても長いということだった。ゆえに春と秋が短く感じる。気温の寒暖差が激しいせいなのかもしれない。その気候のおかげで、おいしい果物や野菜がたくさん作れるわけなのだけれど。
 ついと首元に手をやり、制服の詰め襟を緩めた圭史郎さんは小さく嘆息した。

「それより、春が来るということは、優香はもっと別のことを気にしないといけないんじゃないのか?」
「何でしょうか?」

 思わせぶりな台詞に、ぱちぱちと瞬きをする。
 銀山温泉は盛況で、表の花湯屋には人間のお客様がたくさん訪れている。対して、あやかしお宿である裏の花湯屋は平穏そのものだ。こたつを導入しよう、と圭史郎さんが発案したけれど、もうすぐ春なので却下したばかりである。ストーブがあるからいらないという子鬼たちの援護もあったが、圭史郎さんは諦めていないらしい。
 臙脂の暖簾はあまり動かないものの、掃除や日誌の記帳、ごはんの支度などやることは様々あり、充実した日々を送っていた。圭史郎さんやコロさん、子鬼たちがいてくれるので、みんなと楽しく過ごせている。
 気に病むことなど思い当たらない私に、さらりと圭史郎さんは言い放った。

「落第する恐れがあるだろ。この一年、学校を休みすぎたんじゃないのか?」
「うっ……」

 容赦のない指摘に、私は休んだ日を指折り数える。
 確かに、あやかしたちやそれにまつわる依頼を受け、学校を休んで奔走したときもあった。
 けれどそれは若女将としての仕事のうちである。高校には働きながら通っていることを了承してもらっているのだが、出席日数が足りないことは否めない。

「圭史郎さんだって、私と一緒に休んでいるじゃないですか。落第の危機は同じ……」

 そこまで言って、私は口を噤む。
 忘れていた。圭史郎さんは、永遠の高校二年生だということを。
 春が訪れて、また高校二年生を繰り返しても、それが彼にとっては日常なのである。このままでは、私もその永遠のループに付き合わされてしまいかねない。

「補習してがんばります……」
「無駄なことはやめておけ。落第がショックなら、コロの背中でも撫でて癒やされればいいだろ」
「まだ落第してませんから! 私たちが学校に行っている間はコロさんがお客様を迎えているんですから、コロさんのためにも無事に卒業します」
「ずっとコロに任せておけよ。……ん?」

 ふと圭史郎さんが視線を向けた先を目で追うと、そこには下校途中の小学生たちが数人いた。
 賑やかな声を上げている小学生はいずれも男の子だ。ひとりの子が万華鏡のような黒い筒を持ち、辺りを覗いている。その子に追い縋るようにして、ほかの子たちが群がっていた。

「なあ、貸してくれよ。あとで見せるって言っただろ」
「次は僕だよ! 順番だぞ」

 万華鏡を持っている子は飛び跳ねるようにして、囲んでいる男の子たちを受け流している。
 どうやら彼らは、あの万華鏡によほど興味があるようだ。ゲームに夢中になる年頃かと思うけれど、万華鏡の取り合いとは珍しい。

「隼斗、いいだろ。頼むよ」
「どうしようかな~。すごい大物がいないかなぁ。さっきは一つ目の巨人がいて、話しかけてきたんだ」
「そんなこと言って、嘘なんだろ! だから僕たちに貸さないんだ」

 隼斗と呼ばれた男の子は嘘と指摘されて、むっとした。
 けれど彼は万華鏡から目を離そうとしない。覗いたままくるりと振り向いたので、万華鏡が私たちのほうに向けられた。

「嘘じゃない、だったら……うわああっ‼」

 突然驚いた隼斗君は、万華鏡を下ろした。彼はまっすぐに圭史郎さんを凝視する。

「化物だ‼」

 そう叫ぶと、すぐに身を翻して駆けていった。
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