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第三章 地獄の道具師
地獄の道具師
「大王さまというと……閻魔大王ですか」
「うん、地獄でいちばんえらいの、えんま大王さま! アカザ、にばんめだよ」
生まれながらのあやかしは地獄にいて、その地は閻魔大王が統率しているという。以前花湯屋を訪れたキモクイの玉枝が、かつて閻魔大王の側近だったそうだけれど、決して楽な地位ではないのだと想像できた。地獄という場所柄、日々熾烈な争いが繰り広げられているのではないかと思える。
アカザは振り向かずに言葉を紡いだ。
「小豆はおれのしもべゆえ褒め称えるが、気にせずともよい。だがおれは、側近の責務を投げ出し、おれの大切なものにどこまでもしがみつく『あれ』を許さぬ。もはや地獄に連れ戻すことは諦めているがな」
朗読のように淡々としていたが、アカザの声音には静かな怒りが漲っているのを感じた。
もしかして、『あれ』とは……
私が訊ねようとしたとき、ふいに洞窟内に光が射し、周囲が識別できた。
「あ……ここは、銀鉱山の坑道ですね」
見慣れた坑道へ出た。ここから出口はすぐそこだ。
かつては銀を採掘していた坑道の跡だが、現在は観光用に整備されている。銀山さんが、私たちを体内から出してくれたらしい。
坑道の外へ出ると、眩い雪の煌めきが光に反射して、目に飛び込んできた。滔々と流れる銀山川の下流には、温泉街に建ち並ぶ宿がある。子鬼たちが銀を採取すると言って駆けだしていくときは必ず上流に向かって行くので、ここが秘密の銀鉱の出入口ということなのだろう。
景色を一望したアカザは、下流に向けて歩を進める。花湯屋へ向かうのだ。
突然ひょうたんに吸い込まれていなくなったので、みんなは心配しているかもしれない。無事だと伝えるべく、私も足早にアカザのあとをついていった。
「いつ訪れても、ここは変わらぬな」
「銀山温泉を訪れるのは久しぶりなんですか?」
「五十年ぶりだ。半世紀が経過したわけだな。おれにとっては、つい先日くらいの感覚なのだが」
「はあ……」
おゆうさんと知り合いだったことを考えると、アカザの年齢は数百歳らしい。人間にとっての五十年は、とても長いのだけれど。
ふいに、アカザは私を振り返った。
「優香はまだ若いな。若女将になって日が浅かろう。宿の仕事はどうだ?」
「一年くらいですけど、とても充実しています。みんなに手伝ってもらいながら、あやかしたちにおもてなししたり、悩みごとを一緒に解決しているんです。神使の圭史郎さんがあやかしのことに詳しいので、いつもアドバイスをもらっていますね」
「そうか。それはよい」
私を見据えた真紅の双眸が細められる。冷酷そうな気配を漂わせるアカザだけれど、まるで親戚のおじさんのような温かみのある質問をされたので、奇妙に感じた。
きっと、アカザはとても花湯屋を大切に想っているのだろう。半世紀ぶりに訪れるお気に入りの宿が変わっていないか、彼は案じたのだ。見かけよりずっと思いやりのある人なのかもしれない。
そうしてアカザと話しながら歩いているうちに、花湯屋へ辿り着いた。
玄関先ではコロさんが尻尾を下げて、おろおろしている。私の姿を発見すると、「あっ」と声を上げた。
「みんな、若女将さんが帰ってきたよ!」
「ただいま帰りました……」
どうやら、かなり心配されていたようだ。
おそるおそる玄関を覗いてみると、ちょうど圭史郎さんが靴を履いて外へ駆けていこうとするポーズをしていた。彼はこちらを見て固まっている。圭史郎さんを引き留めようとするかのように、子鬼たちが法被の袖を両側から引っ張っている。
左右それぞれの袖を引いていた茜と蒼龍の顔に笑みが弾けた。
「優香、帰ってきた! ほらね、あたしの言ったとおりでしょ」
「優香、帰ってきた! ほらな、圭史郎は心配しすぎだぞ」
すっと姿勢を正した圭史郎さんは何事もなかったかのように平静な顔をして、乱れた法被を直す。
もしかして、ひょうたんに吸い込まれてしまった私は行方不明という扱いになっていたのだろうか。
「すみません、心配かけて。秘密の銀鉱に行っていたんです。無事に戻って来られました」
「別に心配してないけどな。無事ならよかった」
なぜか疲れたように眉根を寄せている圭史郎さんに、私の背後から現れたアカザが声をかけた。
「久しいな、影」
その呼びかけに、圭史郎さんは目を剥く。
どうやらふたりは知己の仲らしい。アカザが指していた『あれ』とは、圭史郎さんのことなのだ。
けれど、どうして呼び名が『影』なのだろう。あだ名だろうか。
驚いた圭史郎さんだったけれど、すぐに双眸を鋭くする。
「アカザ……何の用だ」
「おれは花湯屋の客だ。秘密の銀鉱で若女将と会ったので、一緒にやってきたのだ。そうだろう、優香」
悠々と述べるアカザが私に同意を求める。そのとおりなので、私は頷きを返した。
「うん、地獄でいちばんえらいの、えんま大王さま! アカザ、にばんめだよ」
生まれながらのあやかしは地獄にいて、その地は閻魔大王が統率しているという。以前花湯屋を訪れたキモクイの玉枝が、かつて閻魔大王の側近だったそうだけれど、決して楽な地位ではないのだと想像できた。地獄という場所柄、日々熾烈な争いが繰り広げられているのではないかと思える。
アカザは振り向かずに言葉を紡いだ。
「小豆はおれのしもべゆえ褒め称えるが、気にせずともよい。だがおれは、側近の責務を投げ出し、おれの大切なものにどこまでもしがみつく『あれ』を許さぬ。もはや地獄に連れ戻すことは諦めているがな」
朗読のように淡々としていたが、アカザの声音には静かな怒りが漲っているのを感じた。
もしかして、『あれ』とは……
私が訊ねようとしたとき、ふいに洞窟内に光が射し、周囲が識別できた。
「あ……ここは、銀鉱山の坑道ですね」
見慣れた坑道へ出た。ここから出口はすぐそこだ。
かつては銀を採掘していた坑道の跡だが、現在は観光用に整備されている。銀山さんが、私たちを体内から出してくれたらしい。
坑道の外へ出ると、眩い雪の煌めきが光に反射して、目に飛び込んできた。滔々と流れる銀山川の下流には、温泉街に建ち並ぶ宿がある。子鬼たちが銀を採取すると言って駆けだしていくときは必ず上流に向かって行くので、ここが秘密の銀鉱の出入口ということなのだろう。
景色を一望したアカザは、下流に向けて歩を進める。花湯屋へ向かうのだ。
突然ひょうたんに吸い込まれていなくなったので、みんなは心配しているかもしれない。無事だと伝えるべく、私も足早にアカザのあとをついていった。
「いつ訪れても、ここは変わらぬな」
「銀山温泉を訪れるのは久しぶりなんですか?」
「五十年ぶりだ。半世紀が経過したわけだな。おれにとっては、つい先日くらいの感覚なのだが」
「はあ……」
おゆうさんと知り合いだったことを考えると、アカザの年齢は数百歳らしい。人間にとっての五十年は、とても長いのだけれど。
ふいに、アカザは私を振り返った。
「優香はまだ若いな。若女将になって日が浅かろう。宿の仕事はどうだ?」
「一年くらいですけど、とても充実しています。みんなに手伝ってもらいながら、あやかしたちにおもてなししたり、悩みごとを一緒に解決しているんです。神使の圭史郎さんがあやかしのことに詳しいので、いつもアドバイスをもらっていますね」
「そうか。それはよい」
私を見据えた真紅の双眸が細められる。冷酷そうな気配を漂わせるアカザだけれど、まるで親戚のおじさんのような温かみのある質問をされたので、奇妙に感じた。
きっと、アカザはとても花湯屋を大切に想っているのだろう。半世紀ぶりに訪れるお気に入りの宿が変わっていないか、彼は案じたのだ。見かけよりずっと思いやりのある人なのかもしれない。
そうしてアカザと話しながら歩いているうちに、花湯屋へ辿り着いた。
玄関先ではコロさんが尻尾を下げて、おろおろしている。私の姿を発見すると、「あっ」と声を上げた。
「みんな、若女将さんが帰ってきたよ!」
「ただいま帰りました……」
どうやら、かなり心配されていたようだ。
おそるおそる玄関を覗いてみると、ちょうど圭史郎さんが靴を履いて外へ駆けていこうとするポーズをしていた。彼はこちらを見て固まっている。圭史郎さんを引き留めようとするかのように、子鬼たちが法被の袖を両側から引っ張っている。
左右それぞれの袖を引いていた茜と蒼龍の顔に笑みが弾けた。
「優香、帰ってきた! ほらね、あたしの言ったとおりでしょ」
「優香、帰ってきた! ほらな、圭史郎は心配しすぎだぞ」
すっと姿勢を正した圭史郎さんは何事もなかったかのように平静な顔をして、乱れた法被を直す。
もしかして、ひょうたんに吸い込まれてしまった私は行方不明という扱いになっていたのだろうか。
「すみません、心配かけて。秘密の銀鉱に行っていたんです。無事に戻って来られました」
「別に心配してないけどな。無事ならよかった」
なぜか疲れたように眉根を寄せている圭史郎さんに、私の背後から現れたアカザが声をかけた。
「久しいな、影」
その呼びかけに、圭史郎さんは目を剥く。
どうやらふたりは知己の仲らしい。アカザが指していた『あれ』とは、圭史郎さんのことなのだ。
けれど、どうして呼び名が『影』なのだろう。あだ名だろうか。
驚いた圭史郎さんだったけれど、すぐに双眸を鋭くする。
「アカザ……何の用だ」
「おれは花湯屋の客だ。秘密の銀鉱で若女将と会ったので、一緒にやってきたのだ。そうだろう、優香」
悠々と述べるアカザが私に同意を求める。そのとおりなので、私は頷きを返した。
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