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第三章 地獄の道具師
アカザからの依頼
「約束ですか……。詳しく話してもらえますか?」
圭史郎さんは腰を落ち着けると、渋面でソファに凭れた。一応、話は聞いてくれるらしい。
神妙な顔で顎を引いたアカザは訥々と語り出した。
「おれは昔、この近辺に住む時計技師の男と交流があった。彼は大変腕のよい技師で、おれがあやかしであることを恐れず、数々の部品を世話してくれた。その礼として、おれが製作した道具を彼に貸したのだ」
双眸を細めた圭史郎さんは小首を傾げる。
「あげたんじゃなく、貸したのか」
「そうだ。あやかしの道具が地上にあっては不測の事態を招きかねない。こたびの、ひょうたんのようにな。それゆえ、五十年貸したのちに返却するという約束を交わしたのだ」
「五十年ですか⁉ それって、ほとんど一生に近いですよね」
思わず私は驚きの声を上げる。五年間ならわかるが、五十年というのなら、もはや借りたほうも忘れてしまいそうだ。
「うむ。五十年後に返してもらうと言って、おれは地獄へ戻ったのだが……時が経ち、時計屋を訪れてみるとそこは別の店であった。無論、彼の姿はどこにもなかった。そこで、とりあえず銀鉱山へ赴いてみたというわけだ」
時計技師の男が当時は若者だったとしても、五十年後にはおじいさんになっている。時計屋はすでに引退していて然るべきだろう。もしかしたら、もう彼は亡くなっているかもしれない。
「貸した品物とは、何ですか?」
「あやかしの姿が見える望遠鏡だ。それを通して、おれと彼は会話を成立させていた」
望遠鏡ということは、五十年が経過しても当時の姿のままで残っていると思われる。
けれどもし、悪い人の手に渡って金儲けの道具などにされたら大変なことになるだろう。なんとしても回収しなければならない。
アカザは哀しげに真紅の双眸を細めた。
「約束は反故にできぬ。望遠鏡が消滅していないことは、肌で感じる。今もこの地上にあるはずだ。人間があやかしを識別できる望遠鏡がな……。そなたたちに、おれの友人である時計技師の男と、望遠鏡の行方を捜索してほしい」
人間があやかしを識別できる望遠鏡――
ふと私は、先日の学校帰りに遭遇した小学生のことを思い出した。貸してと必死にせがむ友人を躱した男の子は、万華鏡を圭史郎さんに向けて驚き、『化物』と叫んでいた。
彼はもしかして、圭史郎さんの真の姿を見たのではないか。
「もしかして、その望遠鏡というのは結構小型ですか? このくらいの……黒い万華鏡ほどのサイズだったりします?」
手で大きさを示すと、アカザは頷きを返した。
「そのくらいだ。品物を見たのか?」
圭史郎さんと顔を見合わせる。
間違いない。あの男の子が持っていたのは、ただの万華鏡ではなかった。あやかしの姿が見えるという、地獄の望遠鏡だ。
ということは……あの子が見た圭史郎さんの正体は化物のような……
私は脳裏に浮かんだ考えを脇に押しやる。
それより、望遠鏡の行方を突き止めなくてはいけない。
「数日前に街で見かけたんです。小学生の男の子が遊び道具のように扱っていました」
「ふむ。あれをいたずらに扱われては困るな。望遠鏡に映ったあやかしは見るだけでなく、触れるのだぞ。凶悪な者に攻撃されたら重傷を負いかねない」
「それじゃあ、早くあの子を探さないと! 圭史郎さん、行きましょう」
勢いよくソファから立ち上がる私に反し、圭史郎さんはのんびりと空の器を手にした。
「まあ、落ち着けよ。あの子どもを捕まえるのは簡単だ」
「どうしてですか?」
「小学生だからな。必ず同じ通学路を通っているはずだ。明日、下校のときに張り込めばいい」
なるほどと頷いた私は、明日の訪れを待ちわびた。
圭史郎さんは悠々と青菜漬けのおかわりを用意するのだった。
翌日、男の子と遭遇した場所で私たちは張り込みを行った。
高校を早退してきたので、制服のままである。バス停でもないところで高校生の男女ふたりが佇んでいるのは、なかなかに不審かもしれない。小学校が毎日同じ時刻に終了するとは限らないわけなので、あの子がいつ道を通るのかはわからない。私は、きょろきょろと辺りを見回した。
「あの子の名前は確か、隼斗君でしたね。友達がそう呼んでました」
「まったく……さっさと回収して帰るぞ。アカザは俺たちに任せて宿で昼寝だからな。やってられない」
「圭史郎さんってば、そんなこと言って大事になったら大変ですよ。あの望遠鏡はあやかしを見るだけでなく、触れることもできるんですよね。そんなに珍しい道具なら、誰でも使いたくなります。もし隼斗君からほかの子の手に渡っていたら、紛失するかもしれませんよ」
貸したものが返ってこないというのは、トラブルの常だ。
けれど、小学生の隼斗君がアカザの友人である時計技師ではないはずである。彼はどうやって、地獄の望遠鏡を入手したのだろうか。
通学路には下校途中の小学生たちが次々に通過した。楽しそうに話しながら数人連れで歩いている子がほとんどだが、そこに隼斗君の姿はない。
圭史郎さんは腰を落ち着けると、渋面でソファに凭れた。一応、話は聞いてくれるらしい。
神妙な顔で顎を引いたアカザは訥々と語り出した。
「おれは昔、この近辺に住む時計技師の男と交流があった。彼は大変腕のよい技師で、おれがあやかしであることを恐れず、数々の部品を世話してくれた。その礼として、おれが製作した道具を彼に貸したのだ」
双眸を細めた圭史郎さんは小首を傾げる。
「あげたんじゃなく、貸したのか」
「そうだ。あやかしの道具が地上にあっては不測の事態を招きかねない。こたびの、ひょうたんのようにな。それゆえ、五十年貸したのちに返却するという約束を交わしたのだ」
「五十年ですか⁉ それって、ほとんど一生に近いですよね」
思わず私は驚きの声を上げる。五年間ならわかるが、五十年というのなら、もはや借りたほうも忘れてしまいそうだ。
「うむ。五十年後に返してもらうと言って、おれは地獄へ戻ったのだが……時が経ち、時計屋を訪れてみるとそこは別の店であった。無論、彼の姿はどこにもなかった。そこで、とりあえず銀鉱山へ赴いてみたというわけだ」
時計技師の男が当時は若者だったとしても、五十年後にはおじいさんになっている。時計屋はすでに引退していて然るべきだろう。もしかしたら、もう彼は亡くなっているかもしれない。
「貸した品物とは、何ですか?」
「あやかしの姿が見える望遠鏡だ。それを通して、おれと彼は会話を成立させていた」
望遠鏡ということは、五十年が経過しても当時の姿のままで残っていると思われる。
けれどもし、悪い人の手に渡って金儲けの道具などにされたら大変なことになるだろう。なんとしても回収しなければならない。
アカザは哀しげに真紅の双眸を細めた。
「約束は反故にできぬ。望遠鏡が消滅していないことは、肌で感じる。今もこの地上にあるはずだ。人間があやかしを識別できる望遠鏡がな……。そなたたちに、おれの友人である時計技師の男と、望遠鏡の行方を捜索してほしい」
人間があやかしを識別できる望遠鏡――
ふと私は、先日の学校帰りに遭遇した小学生のことを思い出した。貸してと必死にせがむ友人を躱した男の子は、万華鏡を圭史郎さんに向けて驚き、『化物』と叫んでいた。
彼はもしかして、圭史郎さんの真の姿を見たのではないか。
「もしかして、その望遠鏡というのは結構小型ですか? このくらいの……黒い万華鏡ほどのサイズだったりします?」
手で大きさを示すと、アカザは頷きを返した。
「そのくらいだ。品物を見たのか?」
圭史郎さんと顔を見合わせる。
間違いない。あの男の子が持っていたのは、ただの万華鏡ではなかった。あやかしの姿が見えるという、地獄の望遠鏡だ。
ということは……あの子が見た圭史郎さんの正体は化物のような……
私は脳裏に浮かんだ考えを脇に押しやる。
それより、望遠鏡の行方を突き止めなくてはいけない。
「数日前に街で見かけたんです。小学生の男の子が遊び道具のように扱っていました」
「ふむ。あれをいたずらに扱われては困るな。望遠鏡に映ったあやかしは見るだけでなく、触れるのだぞ。凶悪な者に攻撃されたら重傷を負いかねない」
「それじゃあ、早くあの子を探さないと! 圭史郎さん、行きましょう」
勢いよくソファから立ち上がる私に反し、圭史郎さんはのんびりと空の器を手にした。
「まあ、落ち着けよ。あの子どもを捕まえるのは簡単だ」
「どうしてですか?」
「小学生だからな。必ず同じ通学路を通っているはずだ。明日、下校のときに張り込めばいい」
なるほどと頷いた私は、明日の訪れを待ちわびた。
圭史郎さんは悠々と青菜漬けのおかわりを用意するのだった。
翌日、男の子と遭遇した場所で私たちは張り込みを行った。
高校を早退してきたので、制服のままである。バス停でもないところで高校生の男女ふたりが佇んでいるのは、なかなかに不審かもしれない。小学校が毎日同じ時刻に終了するとは限らないわけなので、あの子がいつ道を通るのかはわからない。私は、きょろきょろと辺りを見回した。
「あの子の名前は確か、隼斗君でしたね。友達がそう呼んでました」
「まったく……さっさと回収して帰るぞ。アカザは俺たちに任せて宿で昼寝だからな。やってられない」
「圭史郎さんってば、そんなこと言って大事になったら大変ですよ。あの望遠鏡はあやかしを見るだけでなく、触れることもできるんですよね。そんなに珍しい道具なら、誰でも使いたくなります。もし隼斗君からほかの子の手に渡っていたら、紛失するかもしれませんよ」
貸したものが返ってこないというのは、トラブルの常だ。
けれど、小学生の隼斗君がアカザの友人である時計技師ではないはずである。彼はどうやって、地獄の望遠鏡を入手したのだろうか。
通学路には下校途中の小学生たちが次々に通過した。楽しそうに話しながら数人連れで歩いている子がほとんどだが、そこに隼斗君の姿はない。
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