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第三章 地獄の道具師
地獄の望遠鏡の行方
「じゃーん! あじゅきだよ」
病室に入った小豆は甲高い声を響き渡らせる。それを耳にした私たちは息を呑んだ。
「おや、このネズミは、見たことがある。まさか……」
「じいちゃん、どうしたの?」
おじいちゃんが小豆に気づいてしまった。仕方なく私は病室へ入る。圭史郎さんも嘆息しつつ、あとに続く。
「失礼します……」
おじいちゃんと隼斗君は不思議そうな顔をして、突然現れた私たちに目を向けた。
「あなたがたは、どなたかね?」
「はじめまして。私は銀山温泉の花湯屋で若女将をしています、花野優香です」
「圭史郎だ。このネズミはうちの宿の……マスコットだ」
非常に不本意そうだけれど、苦しい説明をした圭史郎さんはマスコットと称した小豆を摘まみ上げる。捕まった小豆は「あじゃ~」と、おどけた声を上げた。
おじいさんは穏やかな笑みを浮かべた。
「そうなのか。昔の友人がそれとそっくりなネズミを肩にとまらせていたのでね。懐かしいよ」
遙か昔を思い出すように、おじいさんは顔に優しい皺を刻んだ。
もしかして、おじいさんがアカザの友人である時計技師ではないだろうか。おじいさんは八十歳くらいの年齢である。孫の隼斗君が望遠鏡を持っていたことからも、もとは彼が持ち主だと考えるのが妥当だ。
「あの、もしかして、おじいさんは時計技師で、お店を開いていたのではありませんか?」
「ほ? わしをご存じかね。もうとっくの昔に引退したんだが。今は専門の時計屋なんて、はやらんからねぇ。店仕舞いして、土地は売ってしまったよ」
圭史郎さんと顔を見合わせる。
アカザの話と合致する。やはり、彼が探していた時計技師の友人なのだ。
「おじいさん、アカザという地獄の道具師をご存じですか? 道具の入った行李を背負っている、銀髪の男性です」
私がアカザについて話した途端、おじいさんは、かっと目を見開いた。
「あんた、なぜ、それを……アカザの名をほかの人が語るとは……アカザは誰からも見えんはずだ。もしかして、地獄の望遠鏡はもうひとつ存在するのかね?」
『地獄の望遠鏡』という単語が出たとき、それまでわけがわからないといったふうに目を瞬かせていた隼斗君が、びくりと肩を跳ねさせる。急に落ち着きがなくなった彼は、うろうろと視線をさまよわせた。
「私たちは生まれつき、あやかしが見えるんです。地獄の望遠鏡は五十年の間、時計技師の友人に貸しているのだと聞きました。アカザからの頼みで、おじいさんと望遠鏡の行方を捜していたんです」
「……そうか。若いあんたがそこまで知っているからには、アカザ本人から聞いたのだろうね。今年がその五十年目なんだよ。わしが死ぬ前に望遠鏡を返さなければならないと、ずっと気にしていた」
身をのり出した圭史郎さんが、核心を突いた。
「地獄の望遠鏡は、どこにあるんだ?」
「それが……なくしてしまったんだ。長年、道具箱を積んだ棚の奥に仕舞っていたんだが、あるときなくなっていた。だがそれはわしが入院する少し前のことだから、どこかに移動させたのに忘れているだけかもしれない。退院したら必ず探しだそう」
「その必要はないんじゃないか? 持ち去ったやつが在処をよく知っているかもな」
そう言った圭史郎さんが隼斗君を横目で見る。ふと顔を上げたおじいさんは釣られるようにしてそちらを見た。
「なんだって? まさか、隼斗、おまえ……」
「し、知らない! 僕は触ってない!」
「おまえが地獄の望遠鏡を発見したとき、わしはすべて話してしまったな。だが、大切な友人からの預かり物だから、又貸しするわけにはいかないと言っただろう。そういえば近頃のおまえは、わしがいつ退院するのかと随分気にしておった。わしに何か知られたら困るのか? 隼斗、正直に言うんだ」
おじいさんにきつく問いただされた隼斗君は俯いた。
もしかしてと私の脳裏に浮かんだ可能性を、圭史郎さんは口にする。
「又貸ししたんじゃないだろうな。借りたものを友人に貸したら、戻ってこなくなるぞ」
「そ、そんなことしてない!」
「望遠鏡を持ち出したことは認めるんだな。それで俺を見ただろう」
「あ……それは……」
隼斗君の圭史郎さんを見る目に、恐怖の色が混じる。あのときの『化物』が目の前の男だと、彼はたった今気づいたようだ。
すっかり萎縮してしまった隼斗君は体を小さくして、唇を引き結んだ。
何か事情があるのだろうか。
私たちの目的は隼斗君に過ちを認めさせることではなく、望遠鏡をアカザの手に戻すことだ。それなのに問い詰めてばかりいたら、隼斗君は心を閉ざしてしまう。
私は優しく問いかけた。
「隼斗君、何があったか話してくれませんか? 怒ったりしませんから」
「……何もない。僕は悪くない」
俯いた隼斗君は私の目を見ようともしてくれない。
怒った顔をしたおじいさんが口を開きかけた、そのとき。
病室内に涼やかな声が届く。
「やれやれ。そなたたちに任せておけぬな」
病室に入った小豆は甲高い声を響き渡らせる。それを耳にした私たちは息を呑んだ。
「おや、このネズミは、見たことがある。まさか……」
「じいちゃん、どうしたの?」
おじいちゃんが小豆に気づいてしまった。仕方なく私は病室へ入る。圭史郎さんも嘆息しつつ、あとに続く。
「失礼します……」
おじいちゃんと隼斗君は不思議そうな顔をして、突然現れた私たちに目を向けた。
「あなたがたは、どなたかね?」
「はじめまして。私は銀山温泉の花湯屋で若女将をしています、花野優香です」
「圭史郎だ。このネズミはうちの宿の……マスコットだ」
非常に不本意そうだけれど、苦しい説明をした圭史郎さんはマスコットと称した小豆を摘まみ上げる。捕まった小豆は「あじゃ~」と、おどけた声を上げた。
おじいさんは穏やかな笑みを浮かべた。
「そうなのか。昔の友人がそれとそっくりなネズミを肩にとまらせていたのでね。懐かしいよ」
遙か昔を思い出すように、おじいさんは顔に優しい皺を刻んだ。
もしかして、おじいさんがアカザの友人である時計技師ではないだろうか。おじいさんは八十歳くらいの年齢である。孫の隼斗君が望遠鏡を持っていたことからも、もとは彼が持ち主だと考えるのが妥当だ。
「あの、もしかして、おじいさんは時計技師で、お店を開いていたのではありませんか?」
「ほ? わしをご存じかね。もうとっくの昔に引退したんだが。今は専門の時計屋なんて、はやらんからねぇ。店仕舞いして、土地は売ってしまったよ」
圭史郎さんと顔を見合わせる。
アカザの話と合致する。やはり、彼が探していた時計技師の友人なのだ。
「おじいさん、アカザという地獄の道具師をご存じですか? 道具の入った行李を背負っている、銀髪の男性です」
私がアカザについて話した途端、おじいさんは、かっと目を見開いた。
「あんた、なぜ、それを……アカザの名をほかの人が語るとは……アカザは誰からも見えんはずだ。もしかして、地獄の望遠鏡はもうひとつ存在するのかね?」
『地獄の望遠鏡』という単語が出たとき、それまでわけがわからないといったふうに目を瞬かせていた隼斗君が、びくりと肩を跳ねさせる。急に落ち着きがなくなった彼は、うろうろと視線をさまよわせた。
「私たちは生まれつき、あやかしが見えるんです。地獄の望遠鏡は五十年の間、時計技師の友人に貸しているのだと聞きました。アカザからの頼みで、おじいさんと望遠鏡の行方を捜していたんです」
「……そうか。若いあんたがそこまで知っているからには、アカザ本人から聞いたのだろうね。今年がその五十年目なんだよ。わしが死ぬ前に望遠鏡を返さなければならないと、ずっと気にしていた」
身をのり出した圭史郎さんが、核心を突いた。
「地獄の望遠鏡は、どこにあるんだ?」
「それが……なくしてしまったんだ。長年、道具箱を積んだ棚の奥に仕舞っていたんだが、あるときなくなっていた。だがそれはわしが入院する少し前のことだから、どこかに移動させたのに忘れているだけかもしれない。退院したら必ず探しだそう」
「その必要はないんじゃないか? 持ち去ったやつが在処をよく知っているかもな」
そう言った圭史郎さんが隼斗君を横目で見る。ふと顔を上げたおじいさんは釣られるようにしてそちらを見た。
「なんだって? まさか、隼斗、おまえ……」
「し、知らない! 僕は触ってない!」
「おまえが地獄の望遠鏡を発見したとき、わしはすべて話してしまったな。だが、大切な友人からの預かり物だから、又貸しするわけにはいかないと言っただろう。そういえば近頃のおまえは、わしがいつ退院するのかと随分気にしておった。わしに何か知られたら困るのか? 隼斗、正直に言うんだ」
おじいさんにきつく問いただされた隼斗君は俯いた。
もしかしてと私の脳裏に浮かんだ可能性を、圭史郎さんは口にする。
「又貸ししたんじゃないだろうな。借りたものを友人に貸したら、戻ってこなくなるぞ」
「そ、そんなことしてない!」
「望遠鏡を持ち出したことは認めるんだな。それで俺を見ただろう」
「あ……それは……」
隼斗君の圭史郎さんを見る目に、恐怖の色が混じる。あのときの『化物』が目の前の男だと、彼はたった今気づいたようだ。
すっかり萎縮してしまった隼斗君は体を小さくして、唇を引き結んだ。
何か事情があるのだろうか。
私たちの目的は隼斗君に過ちを認めさせることではなく、望遠鏡をアカザの手に戻すことだ。それなのに問い詰めてばかりいたら、隼斗君は心を閉ざしてしまう。
私は優しく問いかけた。
「隼斗君、何があったか話してくれませんか? 怒ったりしませんから」
「……何もない。僕は悪くない」
俯いた隼斗君は私の目を見ようともしてくれない。
怒った顔をしたおじいさんが口を開きかけた、そのとき。
病室内に涼やかな声が届く。
「やれやれ。そなたたちに任せておけぬな」
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