みちのく銀山温泉

沖田弥子

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第三章 地獄の道具師

約束の最期

「馬鹿にされてよい」
「えっ、どうして? せっかく作ったのに、馬鹿にされたくないよ!」
「失敗を恐れるな。評価されるのを恐れるな。製作者の感情なぞどうでもよい。もっとも大事なのは、作品の出来映えである。もし馬鹿にされて悔しいのなら、それを糧にしてまた新しい城を作れ。そうしていればいつか、隼斗の理想の城が完成するだろう」

『理想の城の完成』という希望に満ちあふれた言葉に、隼斗君は瞳を煌めかせた。
 彼の思い描く未来には、自らの作り上げた渾身の城が存在する。そしてそれは儚い夢ではなく、いずれ実現するものだと、地獄の道具師であるアカザが約束したのだ。
 隼斗君は、力強く頷いた。

「そっか……そうだよね! 僕、馬鹿にされるってことばかり考えてたけど、本当に大切なのは夢を諦めないでがんばることだよね。ずっとお城作りを続けていれば本物の職人になれるし、みんなもわかってくれるんだ。僕、ミニチュアを友達に見せるよ」
「それがいい。そのとき友人は喜んだり、驚いたりするはずだ。その顔を目に焼き付けよ。それこそが、隼斗の作り上げた品に対する純粋な評価なのだから」

 ピースしていたアカザは、その手を下ろした。
 彼はベッドを回り込み、隼斗君の傍へ行く。
 アカザは大きな掌を差し出した。それは節くれ立った、職人の手だった。

「握手だ。地獄の道具師であるおれと握手すれば、隼斗の潜在的な力が引き出されるだろう」

 頰を上気させた隼斗君は、望遠鏡にかけていた右手を外す。おずおずと差し出したまだ小さな柔らかい手を、アカザの大きな掌がしっかりと握りしめた。

「ありがとうございました……。望遠鏡、黙って持ち出してごめんなさい」

 片手に持った望遠鏡を、隼斗君は握手したふたりの手に添えるように重ねた。
 すると、するりと握られていた手がほどける。
 望遠鏡を下ろしたので、隼斗君にアカザが見えなくなってしまったのだ。
 その手に望遠鏡を取り戻したアカザは、懐に仕舞う。

「謝罪は、俊三に言ってやれ。……もう、聞こえぬか」

 ふたりのやり取りを見守っていたおじいさんは、アカザに頭を下げた。

「すまなかった、アカザ。許してくれ」
「かまわぬ。これで、俊三はおれとの約束を守ったということなのだ」
「ああ……そうだな。よかった。わしは、アカザとの約束を違えたくないと、ずっと思っていたよ……」

 安心したように息を吐いたおじいさんは、華奢な体をベッドに横たえる。五十年来の約束が果たせて、ほっとしたのだろう。
 そうして、おじいさんは目を閉じた。
 アカザはベッドの傍らに立つと、古い友人を真紅の瞳で見下ろした。

「そなたは、最高の時計技師だった。そして誠実であった。職人とは誠実でなければならぬことを、おれは俊三に教えられた……」

 静かにアカザの言葉が紡ぎ出される。
 淡々とした昔話は、おじいさんの返答を求めていないものだった。おじいさんは黙ってアカザの話を聞いている。
 そのとき私は、おじいさんが呼吸をしていないことに気がついた。

「おじいさん……? 目を、開けてください」

 私の肩に手を置いた圭史郎さんは、首を左右に振る。ふたりの語らいを、邪魔してはいけないということだ。
 昔を懐かしむアカザの独り言は続けられた。

「おれと初めて会話したときのことを覚えているか。望遠鏡を何気なく手にした俊三はおれを見るなり、『あんたはどこの職人だ』と、何のためらいもなく話しかけたな。俊三はおれの手を見て、すぐに職人だと見破ったのだった。おれはたいそう驚いたよ。こいつはできる、とな……」

 おじいさんの心に、アカザの言葉は届いているのだろうか。
 私は涙をこらえながら、思い出話に耳を傾ける。
 約束を果たしたおじいさんは、安らかな死に顔を浮かべていた。



 満開の梅の花が、青い空に映えている。
 葬儀場を出た私は、漆黒のスーツを着用した圭史郎さんを振り向いた。

「隼斗君は気丈でしたね。すごく上手にお別れの挨拶が言えました」
「ああ、そうだな」

 私たちは隼斗君の祖父である俊三さんの葬儀に参列した。八十三歳の大往生だと、参列者たちは語っていた。隼斗君がお別れの挨拶で、『将来は、じいちゃんのような職人になりたいです』と述べたとき、遺影のおじいさんが微笑んでいたような気がした。
 駐車場を歩いていると、ふと木陰に佇んでいるアカザが目に留まる。

「アカザ、俊三さんのお葬式は無事に終わりました。本当に参列しなくてよかったんですか?」
「よいのだ。別れはいつでも寂しいものだからな。俊三はどこまでも誠実で、腕のよい職人だった。それを胸に、おれは地獄へ帰るとしよう」

 はっとしてよく見ると、アカザは行李を背負い、幾重にもストールを巻いていた。銀鉱山で会ったときと同じ恰好である。
 臙脂色のストールから顔を出した小豆は、甘えるようにアカザに言った。

「ゆうか、おゆうみたい。あじゅき、ここ、のこりたい」
「それはいけない。小豆はおれとともに地獄へ帰るのだ。おれのしもべであるからには、主人の命に従え」
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