煌めく氷のロマンシア

沖田弥子

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身代わり花嫁の受難 2

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 庭園の端を通り、樹陰から表門を覗く。荘厳にそびえる表門は固く閉ざされており、鎧を纏った衛士が脇を固めている。皇帝が通る場所なので厳重だ。あそこを突破するのは無理だろう。
 ぐるりと巡らされた塀を辿り裏へ回れば、建物の一角に幌馬車が停車しているのが目に留まった。荷運びを行っている人々が作業を終えて、挨拶を交わしている。
 宮殿を出るのだろうか。御者台に座った男が手綱を取ると、車輪が回る。ゆっくりと進行する馬車の後ろに、煌は付いていった。
 出入りの業者が使うらしき裏門に馬車は差し掛かり、御者台の男はひとこと投げかける。

「それじゃどうも」

 門番は気さくに「ご苦労さん」と応えた。煌は馬車に身を寄せて、幌の荷を気遣うように手をかける。通過する際、門番の視線がちらりと煌を捉えたが、すぐに逸らされた。手伝いの青年のように見えたことだろう。
 初めて歩くロマンシアの帝都が眼前に広がる。雲間から覗いた陽の光を受けて、街全体が煌めいていた。まるで宝石の粒を撒いたかのように路が輝いている。

「氷だ。氷で光って見えるんだ」

 氷がこんなに輝くなんて初めて知った。
 白い息を吐きながら興奮して路を眺めていた煌は、ふいに足を取られた。

「うわっ」

 無様に転んでしまう。路面が凍結しているので、草履で歩くのは適さないようだ。膝を払って立ち上がる。
 声に驚いた御者が、後ろを振り返った。

「うん? 大丈夫かい?」
「ええ、ありがとう。助かりました、おじさん」
「おお? そうか。気をつけてな」

 左右に店舗が建ち並ぶ通りで幌馬車に別れを告げる。この辺りは商店街らしく、人通りがある。ここなら薬屋もすぐに見つかるだろう。ずらりと軒が連なる店舗はいずれも硝子製の窓や扉が備え付けられており、外から窺えば何の店か分かるようになっている。
 お菓子屋ではドレスを着た貴婦人が宝石のようなチョコレートを選んでいる。カフェのような飲食店には長いカウンターが設置されていて、人々はカウンターに向かいながら立ったまま珈琲を嗜んでいた。

「どうして椅子がないのかな。謎だ」

 物珍しさに目が奪われてしまう。本来の目的を思い出した煌は、薬屋はどこにあるのか人に訊ねようと決心した。道行く人に目をむければ、なぜかすれ違う人々は煌を上から下まで眺めて驚いたように身を引いている。
 何かおかしいのだろうか。薄着だからかもしれない。瑠璃国で着ていた作務衣は暑いところでは風通しが良く涼しいのだが、ロマンシアの凍りつくような寒さはとても防げないと分かった。肩に掛けたケープが暖かいので何とか外を歩けている。見渡せば通行人はブーツに厚手のコート、手袋に帽子を着用していた。

「服を買うのが先かな。でもどこに売ってるんだ」

 冷えた掌を口元に翳して息を吹きかける。ふと目線を上げると、軒先に提げられている看板が目に入った。
 白地に青色で、十字のマークが描かれている。もしかして薬屋だろうか。
 急いで看板の店前に行き、扉を開けた。

「あれ?」

 入室すればそこは狭い空間になっており、硝子の壁が立ち塞がっていた。なぜか店の中に入れない。仕切られた壁は硝子製なので店内は見えている。逆光で薄暗いが、店主らしき人物がカウンターの中にいて、背後には商品を陳列した棚が置かれている。手前にひとりだけいる客の男が、粉薬を呷ってからコップの水を飲み干していた。
 薬屋に間違いないだろう。煌は何とか入店しようと硝子を擦ったり、壁を押してみたりと苦闘した。店内から店主と男が不思議そうな顔で、焦っている煌を眺めている。一体どういう仕組みになっているのか。裏から入るのが正しい方法なのだろうか。

「引くんだよ。ほらな」
「あ」

 男が硝子の戸を引いて招き入れてくれた。何のことはない。引き戸だったのである。
 立襟のロングコートを纏った大柄な体躯の男は、人の良さそうな薄茶の垂れた目をしていた。短い髪も眸と同じ薄茶色をしている。年齢は二二歳の煌より若干上だろうが、体躯のせいか貫禄がある。

「ありがとう。どうして扉が二重になってるんですか?」
「君、面白いこと聞くな。吹雪のときに雪だらけの客に入られないためさ。ここで雪を落とすんだ。外の冷気を遮断する効果もある」
「なるほど」

 部屋を暖かく保っておくための北国の知恵らしい。
 カウンターの前へ来ると店主に「いらっしゃい」と声をかけられる。棚には掌くらいの大きさをした箱がぎっしりと積まれていた。自分で買い物をするのは久しぶりだ。些か高揚しながら声を出す。

「ここは薬屋ですか?」
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