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身代わり花嫁の受難 4
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着替えを済ませて試着室から出ると、イサークは人の良さそうな笑みを浮かべた。
「おお、いいじゃないか」
「新人さん、これは着ていた服と靴です。どうぞ」
「ありがとう。お金はおいくらですか?」
店主から差し出された袋には脱いだ草履と足袋に作務衣、それに濃茶のケープが入っていた。店主が「お代は結構です」と掌を翳すのでイサークを顧みると、彼は金色の鷲の徽章が光る濃紺の制帽を被る。
「支給品だから気にしなくていい」
どこからの支給品だろう。訊ねようとイサークを追うと、彼は店前で足を止める。腕組みをしてこちらを睨み据えている青年に遭遇した。
「よう、ルカ」
イサークの知り合いらしい。ルカと呼ばれた青年は濃紺の制帽を被り、漆黒のロングコートを纏っている。イサークと同じ格好なのに印象が異なり、洗練された高潔さが窺えた。というのも青年は見る者を戦かせるほど眉目秀麗なのである。新雪のように輝く白金の髪。深い紫色の眸はまるで宝石で造られたようだ。すらりとした肢体も相まって、理想の王子様のようである。
本物の王子である煌が圧倒されていると、ルカは形の良い唇を歪ませた。
「どこに行ってたの、イサーク。私は逃げた犬を捜す無様な飼い主じゃないんだよ」
美しい顔から吐かれる毒はイサークには無害なようで、彼は快活に笑った。
「新人を面倒見てたんだ。そういえばまだ名前を聞いてなかったな。俺はイサーク・ヴァルナフスキー。こっちは俺の親友で、ルカ・リトヴィンツェフだ」
「こっちって言うな。私は方向じゃない」
ふたりとも舌を噛みそうな名字でとても覚えられそうにない。
「お会いできて嬉しいです、ルカさん。イサークさん」
「さん、は不要だ。気軽にイサークと呼んでくれ。で、君の名は?」
ふたりに見据えられ、煌は答えに窮した。春暁宮煌ですと名乗るわけにはいかないので、咄嗟に繕う。
「キラ・ハルアです」
「ふうん。まあまあ洒落た響きだね。見た目は炭っぽいけど。どこから来たの?」
黒髪なので炭のように見えるという辛辣な喩えは、ルカの甘い声音で発せられるとなぜか嫌味に聞こえない。
「瑠璃国出身です」
「そうなの。じゃあキラ、行くよ」
コートの裾を華麗に翻したルカは音高くブーツの踵を鳴らして、颯爽と街路を歩いていく。イサークと煌は王子に従う従者のように、並んで後ろを付いていった。
煌はイサークに小声で訊ねた。
「あのう、どこへ行くんでしょうか」
「今日は新人団員の叙任式なんだ。式といっても堅苦しいものじゃない。キラも見学していくといい」
あそこだと指差された先は、エルミターナ宮殿の隣に位置する広場だった。各省庁の官邸が建ち並ぶ庭先に、煌と同じ制服を纏った若い青年たちが大勢集まっている。
宮殿に隣接している敷地なので帰るのは簡単だ。志音に一刻も早く薬を届けたいが、イサークには世話になったので断るのも悪い。見学くらいなら時間もかからないだろう。
到着した広場の木陰に手荷物を置いて眺めると、他の若者は一様に緊張した面持ちで佇んでいた。胸に手を宛て、礼を取る練習をしている者もいる。
ルカとイサークは前へ出ると、互いに一定の距離を置いて直立した。新人団員を厳しい眼差しで睨み据える。
「集合!」
ルカの一喝に、皆は一斉に整列して背筋を伸ばした。ざわめいていた広場は時が止まったように静まり、舞い落ちる粉雪だけが時の経過を伝える。煌は目立たないよう、最後列に紛れ込んで見学した。
先ほどは穏やかに笑っていたイサークが、険しい顔つきで重々しく口を開く。
「君たちは本日より、栄えあるロマンシア帝国騎士団の一員になる。その名誉を誇りに思い、教練や訓練に励んでくれ。ツァーリの信頼厚い騎士に成長することを願っている。ではリトヴィンツェフ中尉、どうぞ」
騎士団の叙任式だったらしい。ということは、ルカとイサークは騎士団員なのだ。中尉といえば将校である。
ルカは怜悧な眼差しで新人団員を見渡すと、街路で煌に接したときより更に冷淡な毒を吐いた。
「今月の新人は骨のないやつばかりだね。どの顔もぼんやりとしている。先月もそうだった。五十名ほどが入隊して、ひと月経過後残っているのはわずか十三人だ。私とヴァルナフスキー大尉は同期だが、当時の同僚はひとりも残っていない。騎士団に入隊しただけで楽な身分が保障されたと思っているやつはすぐに消えろ。やる気のない者は叩き出す。命令が訊けない馬鹿者も不要だ」
美しい容貌に似合わず厳しいルカの挨拶に、新人団員の顔が強張る。
ルカが厳しいから新人が辞めちゃうんじゃないかなと、見学の煌は気楽に考えていた。
「それでは、特別名誉隊長より訓示を賜る。心して聞くように」
官庁の扉が開き、年嵩の人物がこちらへ向かって歩いてきた。腕に台座のようなものを抱えている。椅子だろうか。ああいった物は従者に持たせるべきかと思うのだが。
「おお、いいじゃないか」
「新人さん、これは着ていた服と靴です。どうぞ」
「ありがとう。お金はおいくらですか?」
店主から差し出された袋には脱いだ草履と足袋に作務衣、それに濃茶のケープが入っていた。店主が「お代は結構です」と掌を翳すのでイサークを顧みると、彼は金色の鷲の徽章が光る濃紺の制帽を被る。
「支給品だから気にしなくていい」
どこからの支給品だろう。訊ねようとイサークを追うと、彼は店前で足を止める。腕組みをしてこちらを睨み据えている青年に遭遇した。
「よう、ルカ」
イサークの知り合いらしい。ルカと呼ばれた青年は濃紺の制帽を被り、漆黒のロングコートを纏っている。イサークと同じ格好なのに印象が異なり、洗練された高潔さが窺えた。というのも青年は見る者を戦かせるほど眉目秀麗なのである。新雪のように輝く白金の髪。深い紫色の眸はまるで宝石で造られたようだ。すらりとした肢体も相まって、理想の王子様のようである。
本物の王子である煌が圧倒されていると、ルカは形の良い唇を歪ませた。
「どこに行ってたの、イサーク。私は逃げた犬を捜す無様な飼い主じゃないんだよ」
美しい顔から吐かれる毒はイサークには無害なようで、彼は快活に笑った。
「新人を面倒見てたんだ。そういえばまだ名前を聞いてなかったな。俺はイサーク・ヴァルナフスキー。こっちは俺の親友で、ルカ・リトヴィンツェフだ」
「こっちって言うな。私は方向じゃない」
ふたりとも舌を噛みそうな名字でとても覚えられそうにない。
「お会いできて嬉しいです、ルカさん。イサークさん」
「さん、は不要だ。気軽にイサークと呼んでくれ。で、君の名は?」
ふたりに見据えられ、煌は答えに窮した。春暁宮煌ですと名乗るわけにはいかないので、咄嗟に繕う。
「キラ・ハルアです」
「ふうん。まあまあ洒落た響きだね。見た目は炭っぽいけど。どこから来たの?」
黒髪なので炭のように見えるという辛辣な喩えは、ルカの甘い声音で発せられるとなぜか嫌味に聞こえない。
「瑠璃国出身です」
「そうなの。じゃあキラ、行くよ」
コートの裾を華麗に翻したルカは音高くブーツの踵を鳴らして、颯爽と街路を歩いていく。イサークと煌は王子に従う従者のように、並んで後ろを付いていった。
煌はイサークに小声で訊ねた。
「あのう、どこへ行くんでしょうか」
「今日は新人団員の叙任式なんだ。式といっても堅苦しいものじゃない。キラも見学していくといい」
あそこだと指差された先は、エルミターナ宮殿の隣に位置する広場だった。各省庁の官邸が建ち並ぶ庭先に、煌と同じ制服を纏った若い青年たちが大勢集まっている。
宮殿に隣接している敷地なので帰るのは簡単だ。志音に一刻も早く薬を届けたいが、イサークには世話になったので断るのも悪い。見学くらいなら時間もかからないだろう。
到着した広場の木陰に手荷物を置いて眺めると、他の若者は一様に緊張した面持ちで佇んでいた。胸に手を宛て、礼を取る練習をしている者もいる。
ルカとイサークは前へ出ると、互いに一定の距離を置いて直立した。新人団員を厳しい眼差しで睨み据える。
「集合!」
ルカの一喝に、皆は一斉に整列して背筋を伸ばした。ざわめいていた広場は時が止まったように静まり、舞い落ちる粉雪だけが時の経過を伝える。煌は目立たないよう、最後列に紛れ込んで見学した。
先ほどは穏やかに笑っていたイサークが、険しい顔つきで重々しく口を開く。
「君たちは本日より、栄えあるロマンシア帝国騎士団の一員になる。その名誉を誇りに思い、教練や訓練に励んでくれ。ツァーリの信頼厚い騎士に成長することを願っている。ではリトヴィンツェフ中尉、どうぞ」
騎士団の叙任式だったらしい。ということは、ルカとイサークは騎士団員なのだ。中尉といえば将校である。
ルカは怜悧な眼差しで新人団員を見渡すと、街路で煌に接したときより更に冷淡な毒を吐いた。
「今月の新人は骨のないやつばかりだね。どの顔もぼんやりとしている。先月もそうだった。五十名ほどが入隊して、ひと月経過後残っているのはわずか十三人だ。私とヴァルナフスキー大尉は同期だが、当時の同僚はひとりも残っていない。騎士団に入隊しただけで楽な身分が保障されたと思っているやつはすぐに消えろ。やる気のない者は叩き出す。命令が訊けない馬鹿者も不要だ」
美しい容貌に似合わず厳しいルカの挨拶に、新人団員の顔が強張る。
ルカが厳しいから新人が辞めちゃうんじゃないかなと、見学の煌は気楽に考えていた。
「それでは、特別名誉隊長より訓示を賜る。心して聞くように」
官庁の扉が開き、年嵩の人物がこちらへ向かって歩いてきた。腕に台座のようなものを抱えている。椅子だろうか。ああいった物は従者に持たせるべきかと思うのだが。
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