煌めく氷のロマンシア

沖田弥子

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騎士団トナカイレース 2

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 アレクの挑発にイサークは戸惑いを浮かべたが、「お受けいたします」と了承する。
 皇帝がレースに参加する運びとなり、見物人は沸き立つ。例年は、皇帝はレースを見学するのみで自らソリを引くのは初めてのことらしい。驚いた騎士団員は浮き足立ち、慌ててトナカイを選び出した。
 アレクはビョルンの傍らに立つ。馬と同じように視界の広いトナカイは、首の後ろまで見えている。それまで人間たちなど目に入らなかったかのように飄然としていたビョルンは、アレクを意識して息を詰めているようだった。

「来い、ビョルン」

 漆黒のコートが翻ると、ビョルンは太い前脚を繰り出してアレクに付き従う。煌は感嘆の息を零した。

「すごい……。ビョルンが命令を訊くなんて」

 訓練では煌がいくら引っ張っても、微動だにしなかったのに。さすがは皇帝だ。その威厳はトナカイすらも従えてしまう。
 喜んだユーリイは嬉しそうに飛び跳ねた。

「やったぁ! 三人でソリに乗れるぞ。父上はロマンシアいちばんの乗り手なんだ」
「……え、三人?」

 ソリはふたり乗りなので、アレクの操縦で横にユーリイが座るのではないだろうか。
 ヨニを促しながら広場へ戻ると、アレクは自らビョルンに引き具を掛けてソリに繫いでいた。続いてビョルンの隣に大人しく並んだヨニも、たすき掛けにしていく。慣れた手付きは熟練を思わせた。
 やがて準備の整ったソリから続々と出発地点へ向かう。
 居並ぶ音楽隊の衛士から、高らかなラッパの音が鳴らされた。
 ソリに搭乗するアレクはブレーキや手綱の強度を確認している。煌は笑顔で声をかけた。

「いってらっしゃいませ。お気をつけて」
「何を言っている、キラ。乗れ」
「えっ。でも、ソリはふたり乗りですが……」
「ユーリイを抱きかかえて乗るんだ。子どもなら三人乗れる」

 振り向けば、ミハイルは既に見物人の最前列で微笑を浮かべながら見守っていた。侍従長と共に見学という予定は白紙に返り、煌はアレクの隣に腰を下ろす。嬉々として膝に座ってきたユーリイの小さな体に、しっかりと腕を回した。
 手綱を引くその手に、撓る枝で作られた鞭を持つアレクはまるで少年のような悪戯めいた眼差しをむける。

「このレースに優勝したら、褒美をくれるか。キラ」
「ご褒美ですか? 僕が、アレクに?」
「そうだ。君だけから贈られる、特別な褒美が欲しい」

 僕だけが贈れるものとは何だろうと思いかけて、以前編んであげると約束したマフラーのことを思い出す。ユーリイのもので手一杯になっていたが、合間に少しずつ編んでいたマフラーは先日ようやく仕上がったのだ。アレクは約束したマフラーのことを忘れてはおらず、レースを切欠にプレゼントして欲しいと望んでいる。

「分かりました。レースが終わったらお渡ししますね」
「約束だぞ。必ず優勝する」

 快諾した煌の隣に、イサークとルカの乗るソリがぴたりと付けられた。

「手加減いたしませんよ、ツァーリ」
「望むところだ。ヴァルナフスキー大尉」

 レース開始を告げる笛が蒼穹の空に鳴り響く。大歓声に包まれて、各ソリは一斉に出立した。
 トナカイの繰り出す力強い蹄が雪原を駆けていく。純白の雪に長い轍を描きながら、ソリは疾走した。

「わああ、はやいはやい!」

 ユーリイは大はしゃぎで歓声を上げている。
 駐屯地を抜ければ、眼前には一面の銀世界が広がった。雪の純白と、澄み切った水色の空しかそこにはない。
 けれど景色を楽しむ余裕はなく、煌はユーリイを抱きながら必死にソリにしがみついた。
 風を切り、トナカイの蹄の音が轟く。それらすべての音を、雪が呑み込んでいく。
 アレクの手綱裁きは絶妙だった。コースを右に曲がるときは右手の手綱を引っ張りながら、左の手綱でビョルンの脚を叩いて指示を出す。左に曲がりたいときはその逆だ。力加減が難しく、乗り手の技量が試される。ゴールは隣の村なので数キロ先だ。一瞬たりとも気が抜けないうえに、持久力も必要となる。
 後方から叫び声が上がる。
 見ればコースを曲がりきれずに横転するソリが続出していた。横転すればソリを自ら立て直して復帰しなければならないので脱落は必至だ。先頭を行くのは煌たちで、すぐ後ろからイサークとルカが追ってきていた。手綱を取るのは騎士団一の乗り手であるイサークだ。

「イサーク、抜いて!」
「そう簡単に言うなよ。次のカーブで抜こう」

 ふたりのソリは速度を上げて、煌たちの脇に付ける。アレクは一瞬目線を送ったが、すぐに前方に視線を据えた。
 カーブに差し掛かり、大きな振り幅に体が揺さぶられる。横一列に並んだ四頭のトナカイは先頭へ出ようと巨体をぶつけながら、激しい争いを繰り広げた。
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