煌めく氷のロマンシア

沖田弥子

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騎士団トナカイレース 3

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 ビョルンが一歩前へ躍り出る。
 ソリの壁面は苛烈に衝突した。煌は体を投げ出されないよう足を踏ん張り、ユーリイの体をきつく抱きしめる。

「アレク! ヨニが……」

 ヨニの脚が遅れてきた。ビョルンに比べれば体力がないので、やはり息切れを起こしたらしい。その隙に素早くスピードを上げたイサークたちは抜き去っていく。

「分かっている」

 瞬く間に引き離されて、両者の距離は開いてしまう。トナカイが遅れた場合は鞭を振るって走れと指示を出すのだが、アレクはヨニの脚を鞭で叩こうとしない。不安そうに見上げるユーリイに、煌は微笑み返した。
 大丈夫、アレクは勝つ。例え勝てなくても、僕は、アレクを……尊敬している。
 胸に湧いた想いをほんの少し湾曲させて己に言い聞かせる。
 今は、無事にゴールすることがすべてだ。
 距離は縮まないまま、レースは終盤を迎える。先頭を切るのはイサークとルカのソリで、独走状態だ。ゴール地点の村が見えてきた。出迎える人々の歓声が風に乗って届く。
 アレクが手綱を撓らせた。指示を受けたビョルンは速度を上げて、最大限の力を振り絞る。それまで疲れが滲んでいたヨニも、少々速度を遅らせていたためか回復したようで、ビョルンに合わせて底力を発揮する。
 ゴール直前の直線に入った。
 ソリは追い風に乗る。路傍の家々が瞬く間に過ぎ去っていく。
 疾走する二頭は先頭を行くソリを捉えた。
 横に並んだソリは激走する。ゴールまで、あと僅か。
 イサークは鞭を振るう。ところが鞭を振るわれたトナカイは脚が縺れて踏鞴を踏んだ。

「うわあっ」

 横転するソリを引き離し、ゴールへ到達する。人々は大歓声で優勝した皇帝を褒め称えた。

「やったぁ、父上がいちばんだ!」
「すごい……。優勝しちゃった」

 アレクは手綱を離すと、煌に掌を差し伸べる。掌が上を向いているが、握手だ。煌は健闘を讃えてアレクの手を固く握りしめた。そのまま手を引かれてソリから下りる。ユーリイと共に、歓声を上げる人々に繫いだ手を挙げて応えた。煌の両手はアレクとユーリイの双方に繫がれている。
 とても爽快な気分だ。本当に良かった。

「ありがとう、キラ。君のおかげだ」
「とんでもありません。アレクのおかげです。それにビョルンもヨニも、ユーリイさまも頑張ってくれました」

 笑顔のアレクと視線が絡む。ユーリイも嬉しそうにはしゃいでいた。
 続々と後続のソリがゴールする傍ら、ソリを引きながらようやく到着したイサークに、ルカの文句が浴びせられる。

「私を雪上に転がすなんてどういうつもり⁉ こんな屈辱は生れて初めてだよ」
「いやぁ、悪い。ツァーリが相手だから熱くなってしまったな」

 からりと笑っているイサークに容赦なく雪玉を投げつけるルカは雪塗れだ。やがてすべてのソリがゴールして、レースの終了を告げるラッパが鳴らされる。
 今年のトナカイレースの優勝者、アレクサンドル・ロマンシアとユーリイ、そしてキラに惜しみない賛辞が送られる。アレクは人々に囲まれ、宣言した。

「今年も熱いレースが繰り広げられた。皆に感謝する。氷の勇者の称号は我々が頂こう。ただ、皆の健闘を讃えて副賞は騎士団に寄贈する。それに開催に協力してくれた近隣すべての村にも羊肉を贈ろう。副賞と同じく、一年分だ」

 驚喜の歓声が湧いて、皇帝を讃える万歳が起こる。皆が満面の笑顔で、アレクの采配を喜んでいた。極寒のロマンシアでは羊肉を干したものが保存食として重宝するため、とても貴重なのだ。
 アレクは臣民に愛される皇帝だ。極寒の地でも人々に笑顔が溢れ、不自由なく暮らしていけるのも為政者であるアレクの統治が成した結果なのだ。そのことが宮廷の外に出てよく分かり、熱い想いが胸の奥から迫り上がる。
 僕は……この人についていきたい。僕のすべてを委ねたい。
 そんなふうに思えたのは初めてだった。瑠璃王である父も平和な統治を行い、臣民から信頼されていた。煌ももちろん父を尊敬していたが、この感情はそれと同じではなかった。
 アレクのものになりたい。
 臣としての純粋な敬愛ではなく、そこには欲が混じっていた。煌は慌てて首を振り、己を諫める。
 僕にはそんなことを願う、資格すらないのに。
 騎士団員に労をねぎらうアレクの輝かしい姿を眩しく見つめながら、煌の胸は愛しさと切なさが混在していた。
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