煌めく氷のロマンシア

沖田弥子

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氷の花 1

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 天に現れたオーロラが翠色の幕を織り成す。
 静寂が包むこの地に、ふたりきり。
 煌は隣に並ぶアレクの顔を見られず、体温のみを意識した。

「ユーリイさまにお留守番させて良かったんですか。一緒に行きたそうでしたね」

 出立するアレクと煌を、ユーリイは志音と共に宮殿から見送ってくれた。従者も連れず、ソリは自ら運転すると言い放ったアレクにミハイルは何事か言いたげだったが、慇懃に送り出してくれた。
 煌が侍従であるわけなので、皇帝であるアレクの身の安全を守るのはキラ・ハルアに一任されている。帝都へは急げば丸一日で帰れる距離だ。この辺りは村も近い。
 アレクは大きな掌で、煌の肩を引き寄せた。

「ふたりきりで見たかった」

 低い声音に、煌の胸はずきりと抉られる。
 本当はアレクは、紗綾姫と見たかったのではないだろうか。
 氷の花を見に行くことを提案したとき、もしかしたら紗綾姫も同行するのではという考えが掠めたが、アレクは紗綾姫どころかユーリイすらも連れて行かないことを選択した。
 煌への褒美という形だからだろうか。
 そうだとしたら、この褒美をありがたく頂戴させてもらおう。
 これが、最後だから。

「もうすぐ現れるぞ」
「え……現れる?」

 オーロラが天空を華麗に舞う。呼応するように、広大な氷原は煌めくものに覆われていく。
 驚いて目を瞠れば、そこには奇蹟が広がっていた。

「さあ、見てごらん。これが氷の花だ」

 氷原を覆う氷の粒のひとつひとつが繋がり、形を成していく。まるで野に咲く花の花弁のように、軸を中心として重ねられていった。

「……すごい。これが、本物の氷の花……」

 揺れるオーロラの下で煌めきを放つ氷の花たちは、極寒の地で凜とした花を咲かせた。
 氷原のすべてが、氷の花で埋め尽くされている。壮大な景色に煌は感嘆の息を吐いた。氷の花の正体は、氷の粒が重なって花のように見える現象だったのだ。

「オーロラが現れた極夜のみに見られる現象だ。ロマンシアでは、氷の花を見た者は好きな人と結ばれるという伝説がある」

 白銀の世界に花開く、伝説の氷の花。
 煌は万感の想いで、輝く氷の花たちを見つめた。

「素敵な伝説です。こんなに美しい氷の花を見ればきっと、好きな人と結ばれたいという願いは叶いますね……」

 長い時を経て巡り会い、約束は果たされた。
 けれど、互いに好きな人と結ばれることはない。
 それを分かっているからこそ、氷の花の残酷な美しさがいっそう際立った。
 もう自分の心を誤魔化せない。
 僕は、アレクが好きだ。
 皇帝として尊敬しているという以上に、ひとりの男の人として好きになってしまった。
 この想いは、初めから許されないというのに。
 幼い頃にアレクと出会い、名を偽ったあのときから。

「叶うだろうか。私は何度も氷の花を見てきたが、そのたびに好きな人と結ばれるという希望と共に切なさも込み上げるのだ。私の想いは、果たして届くのかと」

 切なげに双眸を細めたアレクに、煌は咄嗟に言い募る。

「叶います。きっと……アレクの願いなんですから、叶うに決まっています」

 どうして、嘘を吐き続けなければならないのだろう。
 アレクの初恋は叶わないと分かっているのに。
 彼の恋した紗綾姫なんていないのだ。煌が身代わり花嫁として、初恋の人のふりをしているだけなのだ。
 でも、アレクに希望を持ってほしくて、彼を勇気づける言葉を吐いてしまう。自分は何と傲慢な嘘つきなのだろう。
 氷の花が綺麗に咲くほどに、煌の心は罪に重くなり、いっそう恋心は募っていく。
 アレクは煌の肩を抱いたまま、窺うように顔を近づけた。ふたりきりなのに、なぜか声をひそめる。

「では、叶えてくれるか」
「……え」

 どきりと鼓動が跳ねる。
 アレクの精悍な相貌が傾き、息がかかるほどに近づいた。
 煌は、瞼を閉じる。
 唇に、そっと柔らかい口づけが降りた。
 それは永遠とも思えるような長い時だった。
 けれどほんの数秒だったのかもしれない。
 極寒のなか、互いの触れた唇だけが白銀の世界に熱をもたらしていた。
 雄々しい弾力が、触れたときと同じ優しさで離れる。薄らと瞼を開けた煌は、間近から覗き込むアレクの双眸に情欲が灯っているのを見て取り、今の接吻が夢ではないことを自覚する。
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