煌めく氷のロマンシア

沖田弥子

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氷の花 2

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「あ……アレク、どうして……」

 なぜ僕は瞼を閉じてしまったんだ。どうしてアレクはキスなんてしたんだ。
 こんなこと許されないのに。
 アレクは紗綾姫という初恋の人を好きで、そして紅宮殿にいる紗綾姫を婚約者としているのだ。なのに、なぜ。
 様々な想いが綯い交ぜになり、胸の内で攪拌される。戸惑いながらアレクの碧い眸を見上げれば、混乱する煌とは対照的に、彼は落ち着き払った声音で語る。

「君を見ていると、不思議な感覚に捕われる。私たちは昔、会ったことがある。そうだな、キラ」
「……あ」
「そして現在も、キラと会っていないときでも、君の声、君の面影が私の内から消えないのだ」

 アレクは真実に辿り着こうとしている。キラ・ハルアと紗綾姫の声や姿が、彼の内で重なろうしているのだ。
 いけない。
 真実を暴いてはいけない。
 アレクの初恋の思い出を、壊してはいけないのだ。

「それは、アレクが、僕のことを好きになったからですか?」

 一瞬、互いに虚を突かれた。
 アレクは驚いたように煌を見つめている。
 僕は今、何と言った?
 心の中で驚愕しながら己の吐いた台詞を反芻した。
 咄嗟に口を突いて出たものだった。皇帝に対して好きになったのかなんて、挑戦的な台詞を投げるだなんてとてつもない不敬だ。
 でもこれで良いのだ。
 アレクが怒って謝罪を求めれば、潔く謝って終わる。アレクを惑わす不可思議な煌の面影は消えてなくなる。
 凍りついて白くなった睫毛を瞬かせながら、煌はアレクが不敬を問い質すのを待った。
 けれど彼は物憂げに双眸を眇めると、ぽつりと呟く。

「……なるほど」

 アレクは何事かを納得したようだった。 
 天から粉雪が舞い降りる。静謐な氷原に咲く氷の花に、冷たい雪が降り積もっていく。
 好きになったから。
 それこそ、煌が抱える想いそのものだった。
 だから瞼を閉じた。キスしてほしかった。
 僕はきっと、許されない。
 好きな人を欺いた罰を、いつかこの身に受けるのだろう。
 言葉もなく視線だけを交わすふたりの間に、やがて雪が吹き荒ぶ。

「風が出てきたな。村に戻ろう」

 天候は変わりやすく、瞬く間に吹雪になる。視界は悪くなり、もはや氷の花を眺めることも難しいくらいだ。氷原には吹雪を避けるものは何もない。ふたりは駆け足でトナカイの元へ戻り、ソリに乗り込んだ。
 手綱を取るアレクは荒れ狂う吹雪に目を眇めている。
 極夜なので暗い上に、雪に覆われて路の先が見えない。路がどこにあるのかも判別ができないほどだ。やがてソリを引くビョルンの脚が迷いを見せる。

「ビョルン、どうした。村はこちらだ」

 アレクが指示するが、ビョルンは止まってしまう。慣れない路なので分からなくなってしまったらしい。轍は雪に掻き消されているので、他のソリや足跡を辿ることもできない。アレクの感覚に任せるしかない。ビョルンが走り出すと、突然ソリから鈍い音が響いた。

「うわっ」

 がくりと強い衝撃が伝わる。車体は左右に震動した。煌は咄嗟にソリの縁を掴む。アレクが煌の肩を抱いて支えてくれた。彼の手にした手綱の先は、ぶつりと途切れていた。

「手綱が……!」
「大丈夫だ。繫ぎ直せば走れる」

 アレクはソリを降り、切断された手綱を手に取る。切れた箇所は根元の部分で、トナカイの胴から伸びる手綱とソリに繫がれた綱の両方が千切れていた。

「結べばどうにかなりそうだが、ここで作業するのは命に関わるな」

 暗闇の中で確認する間にも時間は経過し、吹雪は容赦なく体温を奪っていった。凍えるほどの氷点下、手指の感覚が徐々に失われていく。

「アレク。あそこに家が見えます。もう村に着いたんですよ」

 明かりはないが、闇の中に建物の影が浮かび上がっていた。ひとまず吹雪を避けることが先決だ。

「よし。あそこまでソリを引いていこう。キラはビョルンを誘導してくれ」

 アレクは自ら綱を引いてソリを運んだ。煌もビョルンの首輪を引きながらソリを押す。
 やがて目指した家屋に辿り着いたが、人の気配は全くなかった。村の外れにある使われていない小屋らしく、周りに建物は一切ない。庇に入ったアレクと煌は一息ついた。

「もう少し歩けば村かもしれません。僕が行って、代わりのソリを借りてきます。アレクはここで待っていてください」
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