煌めく氷のロマンシア

沖田弥子

文字の大きさ
38 / 59

吹雪の一夜 1

しおりを挟む
 皇帝であるアレクの身をこれ以上危機に晒すわけにはいかない。宮殿で待っている皆も心配していることだろう。
 猛吹雪の中を再び駆け出そうとした煌の腕を、アレクは強い力で掴んだ。

「待て。死ぬ気か。この吹雪の中を行けば君の命が危ない」
「でも、アレクをこのようなところに留まらせるわけにはいきません」

 アレクは半ば無理やり煌の体を引き摺り、雪のかからない庇の内側に入れた。頬に手をかけて、確かめるように顔を上向かせられる。

「私の傍にいろ。どのような過酷な場所であろうと、ここはロマンシアだ。私の国なのだ」

 きつい眼差しで言い聞かされる。
 たとえ古びた小屋にいようと、アレクの愛するロマンシア国にいることに変わりはない。そのことが胸の中心に、すとんと落ちた煌は頷いた。

「……はい」

 頬を辿られる感覚がない。返事をした唇は凍りついたように掠れた声を絞り出した。
 煌の様子に眉根を寄せたアレクは腰に腕を回して引き寄せる。抱えられるようにして鍵の付いていない戸口をくぐる。

「血の気がないぞ。このままでは凍傷にかかる。体を温めるんだ」
「僕は……だ、い……」

 大丈夫です、と言おうとしたのに言葉が紡げない。脚が前へ進まず、体は強張っていた。
 小屋は簡素な造りで、室内は片付いていた。床に毛布を敷いて、その上に体を横たえられる。アレクは灰の残った暖炉に薪を放り込み、火を点した。
 薄暗い室内に橙色の灯火が浮かび上がる。その明かりを瞼に刻んで、煌はすうと意識を手放そうとした。

「寝るな! このまま眠っては死ぬぞ!」

 耳元で怒鳴られ、途端に意識が引き戻される。
 体温が低い状態で眠れば、体温調節の機能が低下するため死の危険が迫る。せめて体温が上昇するまで意識を保っていなければならない。
 煌は襲いかかる睡魔と必死に戦った。

「アレク……もう……」
「起きるんだ。すぐに温める」

 濡れた服を剥ぎ取られる。寒くはない。ただ朦朧として、目の前の灯りが、アレクの姿が遠い。
 アレクも纏っていた服をすべて脱ぎ捨てた。全裸になったアレクの強靱な体が、再び瞼を閉じようとしていた煌に覆い被さる。
 途端に痛烈な痛みが首筋に走り、びくりと肩が跳ねる。

「つ……う……っ」

 首筋に噛みついたアレクは唇を離した。舌を出し、宥めるように歯形のついた首筋を舐めていく。

「痛いか。すまない。遠慮なく噛みつかせてもらったぞ」
「う……へいき、です。おかげで目が……覚めました」
「体が冷たい。末端がもっとも凍傷にかかりやすい。私と手足を絡ませるんだ」

 ひとつひとつの指を絡ませて握りしめられる。裸足の脚も、互いの腿と脛を重ね合わされた。
 一糸纏わぬ体を重ねる。アレクの体の熱が、隅々まで染み渡っていくような感覚がした。
 頬を寄せられ、熱い吐息をすぐ傍で感じる。

「アレク……熱い」

 どれほどそうしていただろうか。やがて冷えていた体は熱を持ち、手足の感覚が戻ってきた。混濁していた意識も明瞭になる。
 アレクは顔を上げると、煌の様子を観察した。顔色を眺め、手指の状態を確かめる。

「良かった。大丈夫のようだな。だが、まだ安心はできない。今夜はここに泊まって互いを温め合い、明日の朝に吹雪が収まってから戻ろう」
「申し訳ありません。僕が氷の花を見たいと願ったせいで、アレクをこのような目に遭わせてしまうなんて……」

 アレクはまた指を絡めて手を繫ぎ直した。煌の顔に擦りつけるように頬を寄せる。黄金の髪がふわりと頬を撫でて、少しくすぐったい。

「気にすることはない。なぜなら私はこの状況を……喜んでいる」
「え?」
「無論、キラの体が無事だと確認したからだが。……こうして、君の肌に触れる理由を得ることができた」
「アレク……?」

 皇帝であるアレクは望めば何でも手に入るはずなのに。
 アレクが望みさえすれば、煌はその身のすべてを捧げるだろう。
 それなのに、煌の肌に触れることに理由が必要なのだろうか。
 アレクは低い囁き声で言葉を継いだ。

「私は不埒な男だな。君の笑顔を見るたびに、触れたいという衝動を持て余していた。軽蔑するか?」
「軽蔑なんて、しません。僕は……」

 アレクの熱い吐息が、頬にかかる。口端を、雄々しい唇が掠めた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー AI比較企画作品

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

何故か正妻になった男の僕。

selen
BL
『側妻になった男の僕。』の続きです(⌒▽⌒) blさいこう✩.*˚主従らぶさいこう✩.*˚✩.*˚

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

愛され少年と嫌われ少年

BL
美しい容姿と高い魔力を持ち、誰からも愛される公爵令息のアシェル。アシェルは王子の不興を買ったことで、「顔を焼く」という重い刑罰を受けることになってしまった。 顔を焼かれる苦痛と恐怖に絶叫した次の瞬間、アシェルはまったく別の場所で別人になっていた。それは同じクラスの少年、顔に大きな痣がある、醜い嫌われ者のノクスだった。 元に戻る方法はわからない。戻れたとしても焼かれた顔は醜い。さらにアシェルはノクスになったことで、自分が顔しか愛されていなかった現実を知ってしまう…。 【嫌われ少年の幼馴染(騎士団所属)×愛され少年】 ※本作はムーンライトノベルズでも公開しています。

処理中です...