煌めく氷のロマンシア

沖田弥子

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姫の不貞 3

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 謹慎処分が下りてから、騎士団に出仕することもユーリイの侍従を務めることもできなくなったので、紗綾姫のふりをしながら紅宮殿に引き籠もっている日々が続いた。謹慎を知った志音は前向きに励ましてくれたが、ふたりの間には、身代わり花嫁の終焉を迎える心の準備をしようという暗黙の了解が漂っていた。
 ユーリイはもちろん、アレクも紅宮殿を訪ねてきてはくれない。
 壮麗な装飾で彩られた廊下を進みながら、煌はふと首を傾げる。
 そういえば、アレクが紅宮殿を訪れなくなったのはいつからだったろうか。以前は病弱な紗綾姫の様子を見るため足繁く通ってくれたが、ある時を境にぴたりとなくなった。
 それがいつなのかに思い当たり、息を呑む。
 氷の花を見たときからだ。
 吹雪に遭い、小屋でキラ・ハルアと一夜を過ごした。あれ以来、アレクは紅宮殿を訪れていない。
 紗綾姫に本物を見せてあげると約束した氷の花。
 煌としては約束は果たされたわけだが、アレクはそう思っていないはず。
 偶然だろうか。それとも彼に心境の変化があったのだろうか。
 悩んでいると、いつの間にかミハイルの冷徹な微笑がすぐ傍にあった。

「どういたしましたか、紗綾姫。謁見の間にて、ツァーリがお待ちでございます」
「あっ……ただいま参ります」

 謁見の間の扉前に立つ。入室すると、玉座にはアレクが腰掛けていた。簡素な藍色の上衣を纏い、星章などは付けていない。ユーリイは同席しておらず、ミハイルの他には老齢の文官がひとり、隅にあるデスクの脇に起立していた。

「紗綾。座りたまえ」
「失礼いたします」

 アレクに声をかけられて、用意されていた椅子に着席する。何だか重苦しい雰囲気だ。志音とミハイルは後方の壁際に控える。文官も着席して、デスクの羽ペンを手に構えた。会話が記録されるらしい。文官に目をむけていると、アレクは皇帝らしい険しい顔つきで、硬い声音を発した。

「この謁見で述べられる内容はロマンシア帝国としての決定事項であるため、公式に記録される。ただし、尋問ではない。己の不利益になると判断した場合は、黙秘を勧める。よいな、春暁宮紗綾」
「は、はい。……分かりました」

 苗字も呼ばれてびくりと肩が跳ねる。何が始まるのだろう。身を固くした煌は戸惑いを押し込めて身構えた。文官の記載するペンの音が室内に響く。

「ロマンシア帝国第四代皇帝アレクサンドル・ロマンシアの名において命じる。瑠璃国王女、春暁宮紗綾との婚約は、本日をもって解消する」

 朗々と告げられた婚約解消の事実に眸を瞠る。突然のことに唖然とした。

「婚約解消……ですか? あの、それは、いかなる理由でしょうか」

 沈痛な室内に、沈黙が重く伸し掛かる。アレクは双眸を眇めると、先ほどの宣言よりは声を落とした。

「貴女の耳にも入っているだろう。紗綾姫と、特別侍従のキラ・ハルアがよからぬ関係にあるという噂だ」

 アレクが刻印された鉤針を訝しげに見ていた姿が脳裏に蘇る。まさか婚約を解消されるほどの大事になっていたなんて、思いもよらなかった。

「私は噂など信じないが、官房が両者を尋問すべきと進言してきた。応じてしまえば、キラ・ハルアの失職は免れまい。王女である貴女の名にも傷が付いてしまう。……そうして私は気がついたのだ。幼い頃貴女に出会い、想いを募らせてきたのは、実は私の一方的なものであったことに」

 一旦言葉を切ったアレクは、華麗な装飾が施された小箱を手に取る。箱の蓋を開けて、中に入っていた品物を、アレクは壊れ物を扱うようにそっと取り出した。

「お返ししよう。私の片思いと共に」

 それは、毛糸で編まれた花の髪飾りだった。元は白だった毛糸は年月が経ち色褪せているが、形は当時のままだ。大切に保存されていたのだと分かる。

「これは……私が作った氷の花……」

 幼い頃、鳳凰木の下でアレクにあげた氷の花だ。
 震える手で受け取る。氷の花の拙い編み方を目にして、鳳凰木での思い出が嗚咽と共に胸に迫り上がる。
 アレクは長年大事にしてくれていたのだ。初恋の証を。
 肩が震え、掌の氷の花が揺れる。
 涙を堪えるあまり、何も語ることができなかった。
 憐憫の混じる眼差しをむけたアレクは、小さく呟いた。

「何か、言いたいことはあるか……?」

 所詮、言い訳をすることもできない。
 けれどアレクの誤解だけは解いておきたかった。

「私は、特別侍従キラ・ハルアと不貞は行っておりません。どうかそれだけはお信じください」

 震える声音で言い切ったが、保身のための白々しい嘘に聞こえただろう。不貞を否定したところで、キラ・ハルアが紅宮殿に忍んでいたことは事実なのだ。
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