煌めく氷のロマンシア

沖田弥子

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大公の反逆 1

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 荷物を片付けていた志音が元気づけようとしてくれるのに、どうしても気分が浮上しない。

「ああ……そうだな」

 これで良かったのだ。
 いずれは破綻する身代わり花嫁だった。
 正体を隠したままアレクと結婚できるはずもないと、自分でもよく分かっていたことではないか。アレクの寛大な措置で罪に問われず母国に帰れる。

「僕が、いなくなったら、ユーリイさまはどうするのかな……」

 寝起きに癇癪を起こしていないだろうか。剣の稽古は続けているだろうか。虹の帽子は身につけてくれるだろうか。もう新しい編み物を編んであげることもできなくなる。
 ユーリイはこれから成長して様々なことを吸収する。一時だけ相手をしていた特別侍従のことは思い出として風化していくのかもしれない。
 では、アレクは。
 時間が経てば、アレクにも忘れ去られてしまうのか。
 紗綾姫との初恋を叶えようと、長い間大切にしていた氷の花が彼の想いの強さを表している。
 アレクはきっと、忘れない。小屋で一夜を過ごしたことも、彼は忘れてなどいないのだから。
 初恋の紗綾姫も、侍従のキラ・ハルアも同じ人で、それは僕なのだと言えれば事態は解決するのだろうか。
 煌はゆるく首を振った。
 駄目だ。言えない。
 己が救われたいために、すべてを吐露してはいけない。明らかにしたところで誰も幸せにならないとアレクが言ったとおりだ。彼は自らの想いに終止符を打ったのだ。あの一夜が罪であると、アレクもそう考えている。
 諦めるんだ……。己の胸に言い聞かせようとするほど、アレクへの想いがあとからあとから湧き上がってくる。
 熱い接吻。体を引き寄せる逞しい腕。触れたいと低い声音で囁いてくれた。
 氷の花に目を落として思い耽っていると、ふいに呼び鈴が鳴り響いた。どきりとするが、応対した志音は肩を落として戻ってくる。アレクではないと分かり落胆した。

「カザロフ大公がおいでです。尊い身分だとか、やたらと強調してた叔父様ですね。どうします?」

 ユーリイが初めて紅宮殿を訪ねたときに付き添いをしてくれた大公だ。アレクの叔母の夫だそうだが、親戚なので無下にはできない。

「お通ししてくれ」

 言い終わらないうちに雑な足音が聞こえたので、慌ててベールを被る。現れたカザロフ大公は、荷物の積み上げられた室内を不躾に眺め回した。卑下た嗤いを浮かべて、紗綾姫を舐め回すような視線を投げている。

「ごきげんよう、紗綾姫。こたびのことは大変でしたな。まあ、お若いですから、また嫁のもらい手もありましょう。何なら私が引き取りましょうか?」

 楽しげに不快な冗談を撒き散らす大公の背を、志音が半眼で見据えている。
 婚約解消された哀れな姫君を笑いに来たらしい。一応挨拶だけはしておこう。

「ご冗談を。帰国しなければならないのは私の不徳の致すところです。短い間でしたがロマンシアで暮らしたことは忘れません。大公さまもお元気でお暮らしください」

 何か引っ掛かるところがあったのか、大公は眉を跳ね上げた。不審な笑顔で紗綾姫の座るソファに寄ってくる。

「そう、不徳ですな。皇子の侍従との仲は大変な噂になっていましたぞ。いやいや私は貴女の味方です。侍従やメイドなぞ勝手に向こうから擦り寄ってくるんですからな。どこにでもある話ですよ。それを取り沙汰するアレクサンドルの器量が小さいのでしょう」

 大公は何を言いたいのだろうか。「はあ」と曖昧に答えると、ベールに手を伸ばしてきたので距離を置く。もはや紗綾姫でいられるのもあと僅かだが、最後に男だという事実を露呈させるわけにはいかない。避けられて咳払いをした大公は気を取り直して話を続けた。

「不義密通の罪で婚約破棄されては、紗綾姫もさぞかし肩身が狭いでしょう。国民もがっかりしていますよ。帰国の際には石を投げつけられるかもしれませんな」
「皆様の期待に応えられず、大変申し訳なく思っています。ただ、不義密通の罪ではございません」

 大公は大仰に手を広げた。

「同じことですよ。近衛隊に先導されて大々的に送り出されたら、それこそ晒し者です。貴女のような貴人を惨めな目に遭わせるわけにはいきません。そこで提案ですが、私の部隊に瑠璃国まで送らせましょう。パレードで広場を通ることなどせず、裏道から街道へ出ればひっそりと帰国できます」

 大公は私的な部隊を所有しているらしい。確かに宮廷の近衛隊に付き添われて華々しく送り出されては肩身が狭い。それに国民の怒りは相当なものらしく、騒ぎになれば男だと発覚してしまう危険性もある。

「そうですね……。大公さまの仰るとおり、できればひっそりと帰国したいです」
「そうでしょうとも。では今夜、私の部隊と侍従にお迎えに上がらせますので用意しておいてください」
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