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大公の反逆 4
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自ら馬車の手綱を取り、月明かりを頼りに帝都へ向かって走らせる。
ふたりが攫われたことを、一刻も早くアレクに報告しなければ。
馬車は深夜の街路を走り抜ける。ようやくエルミターナ宮殿が見えてきた。
夜更けにも関わらず、正門の前は煌々と明かりが灯されていた。大勢の騎士団員が徘徊しており、物々しい空気に包まれている。
門前に到着すると、御者台の煌を発見したイサークが必死の形相で駆けつけてきた。
「キラ! どうして戻ってきたんだ」
「えっ……」
どういうことだ。意味が分からず言葉を詰まらせていると、イサークは落ち着いた声音で説明した。
「君には、紗綾姫及び皇子誘拐の容疑が掛かっている。現れたからには、俺はキラを逮捕しなくてはならないんだ」
自分が誘拐犯と疑われていることに驚く。
次々にやってきた騎士団員が馬車を取り囲んだ。
誰も乗っていない馬車を検めたエフィムは、見たとおりのことを報告した。
状況を確認したルカに問い詰められる。
「これは紗綾姫の荷物のようだけど、本人はどこにいるの?」
煌は言葉に窮した。紗綾姫は自分自身なのだが、今は身代わりになった志音が紗綾姫となっている。答えられない煌を、ルカは両手に縄を掛けて捕縛した。
連行された先は、宮殿の一角にある部屋だった。戸口でイサークとルカは揃って敬礼する。
「ヴァルナフスキー大尉、ならびにリトヴィンツェフ中尉、入ります。キラ・ハルアを捕らえました」
室内には赤々と燃える暖炉の前に、真紅のソファと幾つかの椅子が配置されている。椅子に腰掛けて物憂げに腕を組んでいる人物に目を留めて、煌の胸が引き絞られるように痛む。
「アレク……」
こんな形で、会いたくなかった。
どうしてこんなことになってしまったのだろう。
あんなに一目会いたいと願っていたのに、今はアレクの眸に映りたくないだなんて。
アレクは捕縛されて引き摺られてきた煌に、ゆっくりと視線をむけた。冷淡な、何の感情も持ち合わせていないかのような双眸だった。
「ユーリイはどこだ」
震えそうになる己を叱咤し、彼の最大の疑問に答える。
「攫われました。攫ったのはカザロフ大公の部隊を名乗る者たちです」
「なぜカザロフ大公が?」
「紗綾姫の帰国を手伝ってくださるという申し出があり、大公の馬車と部隊をお借りしました。馬車には荷物に紛れたユーリイさまが乗っていたので、宮廷へ戻ろうとしたところ、覆面をした男たちに囲まれて志音とユーリイさまは馬で攫われてしまったのです」
起こった出来事を率直に述べる。アレクは傍に控えていたミハイルに「大公の所在を確認しろ」と即座に指示を出す。
「ユーリイが行方不明になった。紗綾も無断で紅宮殿を退去している。騎士団はふたりの行方を捜索中だ。同時に失踪したキラ・ハルアが関わっているのではないかと疑惑を持たれている。状況は分かるな?」
「はい……。ですが、紗綾姫が今夜帰国することは、大公からお聞きしているのではないのですか?」
「カザロフ大公からは何も訊いていない」
大公はアレクに断っておくと言っていたのだが、伝わっていないらしい。やはり、あの部隊を裏で指揮したのはカザロフ大公なのだ。彼に騙されたのだろうか。
ルカは微笑を浮かべて煌を見下した。
「つまりね、不貞で失職寸前のキラ・ハルアがカザロフ大公と共謀して皇子と姫を誘拐したってわけ。そして仲間割れを起こしたから、今度は皇帝側に寝返ろうって算段だよね」
描かれた筋書きに驚いて息を呑む。
けれど、状況としてはルカの考察がもっとも自然な成り行きに見えることも確かだ。キラ・ハルアは謹慎中にも関わらず、紗綾姫やユーリイと行動を共にしていたのだから。
イサークは眉根を寄せてルカを諫めた。
「よせ、ルカ。ツァーリの御前で不遜だぞ。まだ証拠はない」
「証拠はキラが持ってきてくれたじゃない。空の馬車だよ。どうして紗綾姫の荷物が積まれた馬車に、皇子と姫と一緒に乗っていたのさ。それにキラの身上書は住居が不明のままだけど、つまりカザロフ大公の屋敷に住んでいるから言えなかったってことだよね」
「違います! 僕はカザロフ大公と共謀なんてしていませんし、ふたりを誘拐していません!」
必死になって言い募る。住所を空欄にしていたことで、より大公との繋がりを憶測させる材料として扱われてしまった。あらゆることが煌の立場を不利にさせる条件として構築されている。
ふたりが攫われたことを、一刻も早くアレクに報告しなければ。
馬車は深夜の街路を走り抜ける。ようやくエルミターナ宮殿が見えてきた。
夜更けにも関わらず、正門の前は煌々と明かりが灯されていた。大勢の騎士団員が徘徊しており、物々しい空気に包まれている。
門前に到着すると、御者台の煌を発見したイサークが必死の形相で駆けつけてきた。
「キラ! どうして戻ってきたんだ」
「えっ……」
どういうことだ。意味が分からず言葉を詰まらせていると、イサークは落ち着いた声音で説明した。
「君には、紗綾姫及び皇子誘拐の容疑が掛かっている。現れたからには、俺はキラを逮捕しなくてはならないんだ」
自分が誘拐犯と疑われていることに驚く。
次々にやってきた騎士団員が馬車を取り囲んだ。
誰も乗っていない馬車を検めたエフィムは、見たとおりのことを報告した。
状況を確認したルカに問い詰められる。
「これは紗綾姫の荷物のようだけど、本人はどこにいるの?」
煌は言葉に窮した。紗綾姫は自分自身なのだが、今は身代わりになった志音が紗綾姫となっている。答えられない煌を、ルカは両手に縄を掛けて捕縛した。
連行された先は、宮殿の一角にある部屋だった。戸口でイサークとルカは揃って敬礼する。
「ヴァルナフスキー大尉、ならびにリトヴィンツェフ中尉、入ります。キラ・ハルアを捕らえました」
室内には赤々と燃える暖炉の前に、真紅のソファと幾つかの椅子が配置されている。椅子に腰掛けて物憂げに腕を組んでいる人物に目を留めて、煌の胸が引き絞られるように痛む。
「アレク……」
こんな形で、会いたくなかった。
どうしてこんなことになってしまったのだろう。
あんなに一目会いたいと願っていたのに、今はアレクの眸に映りたくないだなんて。
アレクは捕縛されて引き摺られてきた煌に、ゆっくりと視線をむけた。冷淡な、何の感情も持ち合わせていないかのような双眸だった。
「ユーリイはどこだ」
震えそうになる己を叱咤し、彼の最大の疑問に答える。
「攫われました。攫ったのはカザロフ大公の部隊を名乗る者たちです」
「なぜカザロフ大公が?」
「紗綾姫の帰国を手伝ってくださるという申し出があり、大公の馬車と部隊をお借りしました。馬車には荷物に紛れたユーリイさまが乗っていたので、宮廷へ戻ろうとしたところ、覆面をした男たちに囲まれて志音とユーリイさまは馬で攫われてしまったのです」
起こった出来事を率直に述べる。アレクは傍に控えていたミハイルに「大公の所在を確認しろ」と即座に指示を出す。
「ユーリイが行方不明になった。紗綾も無断で紅宮殿を退去している。騎士団はふたりの行方を捜索中だ。同時に失踪したキラ・ハルアが関わっているのではないかと疑惑を持たれている。状況は分かるな?」
「はい……。ですが、紗綾姫が今夜帰国することは、大公からお聞きしているのではないのですか?」
「カザロフ大公からは何も訊いていない」
大公はアレクに断っておくと言っていたのだが、伝わっていないらしい。やはり、あの部隊を裏で指揮したのはカザロフ大公なのだ。彼に騙されたのだろうか。
ルカは微笑を浮かべて煌を見下した。
「つまりね、不貞で失職寸前のキラ・ハルアがカザロフ大公と共謀して皇子と姫を誘拐したってわけ。そして仲間割れを起こしたから、今度は皇帝側に寝返ろうって算段だよね」
描かれた筋書きに驚いて息を呑む。
けれど、状況としてはルカの考察がもっとも自然な成り行きに見えることも確かだ。キラ・ハルアは謹慎中にも関わらず、紗綾姫やユーリイと行動を共にしていたのだから。
イサークは眉根を寄せてルカを諫めた。
「よせ、ルカ。ツァーリの御前で不遜だぞ。まだ証拠はない」
「証拠はキラが持ってきてくれたじゃない。空の馬車だよ。どうして紗綾姫の荷物が積まれた馬車に、皇子と姫と一緒に乗っていたのさ。それにキラの身上書は住居が不明のままだけど、つまりカザロフ大公の屋敷に住んでいるから言えなかったってことだよね」
「違います! 僕はカザロフ大公と共謀なんてしていませんし、ふたりを誘拐していません!」
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