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大公の反逆 5
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「そこは否定するんだね。不貞は認めたのにね」
「それは……認めてはいませんが……」
「ほら、また誤魔化そうとする。はっきり言いなよ。皇子と姫を誘拐しましたって。今なら罪が軽くなるかもよ」
「僕が至らないために、このような事態を招いてしまいました。けれどふたりを攫ったのは僕ではありません!」
アレクは掌を掲げて言い合いを中断させた。
「キラを自白させようとするな、リトヴィンツェフ中尉。罪を認めさせることが、今もっとも重要な事項ではない。解決すべきなのはユーリイと紗綾姫の行方だ」
「御意にございます」
ルカは胸に手を宛て、引き下がる。険しい顔つきをしたアレクは長い足を組み替えた。
「確認したいことがある。キラは先ほど、攫われたのは志音とユーリイだと言ったな。だが、現在も行方不明なのは正確には三人だ。紗綾、ユーリイ、そして志音」
「あ……」
「君の証言と状況を照らし合わせると、不可思議なことがある。君にとって紗綾は大切な人であるはずだと思うが、まるで存在しないかのように希薄だ。改めて訊ねるが、紗綾は今、どこにいるのだ?」
あなたの、目の前にいます。
今こそ真実を打ち明けるべきだと口を開きかけるが、とある可能性に思い当たり踏み留まる。
志音は紗綾姫として攫われたのだ。カザロフ大公の侍従は、紗綾姫は無傷で捕らえろと指示を出していた。本当に愛妾にするつもりなのか、大公は紗綾姫に危害を加えるつもりはないらしい。変装を解かない限り、志音は無事でいられる。もし煌が真実を暴露して紗綾姫など存在しないと知れ渡れば、それだけ志音の身が危険に晒されることになる。
従者など殺せと、さらりと告げられた冷酷な台詞が脳裏に蘇る。
志音を犠牲にすることはできない。彼は子どもの頃から懸命に仕えてくれた。そして志音が攫われたのも、煌が判断を間違えたからなのだ。
唇を噛んだ煌は、苦しみながら言葉を吐き出した。
「紗綾姫は……攫われました。けれど、無事です」
皆を納得させるには到底足りない返答だが、今はこれだけしか言うことができなかった。
眉をひそめるイサークと己の予想を確信して微笑するルカに対し、アレクは厳しい眸で煌を見据えている。
そのとき、慌ただしく入室してきたミハイルが、強張った表情で伝えた。
「カザロフ大公の所在が不明です。どこにもいらっしゃいません。代わりに侍従を名乗る人物から、このようなお手紙が届けられたそうです」
掌に乗せられた白い封書は蝋で封印されている。アレクはちらりと封書に目をやり、「読め」と告げた。取り出した羊皮紙を開き、内容を目にしたミハイルは眉を寄せる。
「ツァーリを冒涜する内容ですので、声に出して読むのは憚られますが……」
「構わん」
「では……。簒奪者、アレクサンドル・ロマンシアへ告ぐ。その玉座は本来、ルイベール王朝の血を受け継ぐヨセフ・カザロフの玉座であり、ロマンシア帝国を支配する正統な血筋の元に返還されるべきである。速やかに退位を宣言せよ。簒奪者の子息の命運は、その手に委ねられている。――ロマンシア帝国皇帝、ヨセフ・カザロフ」
皆が息を呑む気配が室内に満ちた。イサークは声を荒げる。
「脅迫だ! ユーリイさまを人質にして皇位簒奪を狙うとは、カザロフ大公こそ簒奪者だ。何が正統な血筋だ。元々彼は地方領主だろう。ロマンシア帝国はツァーリの祖先が内戦中の国内を平定して立国したんじゃないか」
「落ち着きなよ、イサーク。ツァーリの御前だよ。ルイベール王朝は崩壊したときに王族が国外へ逃れて、その子孫が国境付近の地方領主に収まったんだ。数百年前の話だけどね。だからカザロフ大公の遠い祖先が王族だったというだけで、ロマンシア帝国皇帝を名乗る資格は微塵もないよね」
ルカの見解に同意した。古い王朝の子孫というだけで現帝国の皇帝と主張するなら、玉座に座る人物は数百人ほどいることになる。カザロフ大公の論理は身勝手すぎるものだ。彼は血筋を笠に着て、ロマンシア帝国皇帝には自分こそが相応しいと思い込んでいるらしい。
カザロフ大公に利用されたことが悔やまれる。けれど手紙には紗綾姫について、何も書かれていない。紗綾姫を狙った誘拐かと思われたが、皇位簒奪は予め計画されていたことなのだろうか。ユーリイが馬車に乗っていたことは誰も知らなかったはずだ。
ふたりは無事だろうか。この縄を解いてもらえれば、僕が助けに行くのに。
手紙を吟味したアレクは双眸を鋭く眇めた。
「どうやら、臆病なコヨーテが本性を現わしたらしいな。ユーリイはカザロフ大公の元にいるようだ」
大公の所業に怒りの収まらないらしいイサークは前へ進み出る。
「騎士団に大公の所有する領地のすべてを捜索させる御命令をお下しください。今すぐに連隊を率いて突入いたします」
「待て。カザロフの隠れ家は分かっている。彼が数年前から傭兵を雇い入れて何事かを画策している古城があるのだ。ただ、大部隊で駆けつけては人質の命が危ぶまれる。少数で偵察し、できれば人質の安全を確保してから突入することが望ましい」
「それは……認めてはいませんが……」
「ほら、また誤魔化そうとする。はっきり言いなよ。皇子と姫を誘拐しましたって。今なら罪が軽くなるかもよ」
「僕が至らないために、このような事態を招いてしまいました。けれどふたりを攫ったのは僕ではありません!」
アレクは掌を掲げて言い合いを中断させた。
「キラを自白させようとするな、リトヴィンツェフ中尉。罪を認めさせることが、今もっとも重要な事項ではない。解決すべきなのはユーリイと紗綾姫の行方だ」
「御意にございます」
ルカは胸に手を宛て、引き下がる。険しい顔つきをしたアレクは長い足を組み替えた。
「確認したいことがある。キラは先ほど、攫われたのは志音とユーリイだと言ったな。だが、現在も行方不明なのは正確には三人だ。紗綾、ユーリイ、そして志音」
「あ……」
「君の証言と状況を照らし合わせると、不可思議なことがある。君にとって紗綾は大切な人であるはずだと思うが、まるで存在しないかのように希薄だ。改めて訊ねるが、紗綾は今、どこにいるのだ?」
あなたの、目の前にいます。
今こそ真実を打ち明けるべきだと口を開きかけるが、とある可能性に思い当たり踏み留まる。
志音は紗綾姫として攫われたのだ。カザロフ大公の侍従は、紗綾姫は無傷で捕らえろと指示を出していた。本当に愛妾にするつもりなのか、大公は紗綾姫に危害を加えるつもりはないらしい。変装を解かない限り、志音は無事でいられる。もし煌が真実を暴露して紗綾姫など存在しないと知れ渡れば、それだけ志音の身が危険に晒されることになる。
従者など殺せと、さらりと告げられた冷酷な台詞が脳裏に蘇る。
志音を犠牲にすることはできない。彼は子どもの頃から懸命に仕えてくれた。そして志音が攫われたのも、煌が判断を間違えたからなのだ。
唇を噛んだ煌は、苦しみながら言葉を吐き出した。
「紗綾姫は……攫われました。けれど、無事です」
皆を納得させるには到底足りない返答だが、今はこれだけしか言うことができなかった。
眉をひそめるイサークと己の予想を確信して微笑するルカに対し、アレクは厳しい眸で煌を見据えている。
そのとき、慌ただしく入室してきたミハイルが、強張った表情で伝えた。
「カザロフ大公の所在が不明です。どこにもいらっしゃいません。代わりに侍従を名乗る人物から、このようなお手紙が届けられたそうです」
掌に乗せられた白い封書は蝋で封印されている。アレクはちらりと封書に目をやり、「読め」と告げた。取り出した羊皮紙を開き、内容を目にしたミハイルは眉を寄せる。
「ツァーリを冒涜する内容ですので、声に出して読むのは憚られますが……」
「構わん」
「では……。簒奪者、アレクサンドル・ロマンシアへ告ぐ。その玉座は本来、ルイベール王朝の血を受け継ぐヨセフ・カザロフの玉座であり、ロマンシア帝国を支配する正統な血筋の元に返還されるべきである。速やかに退位を宣言せよ。簒奪者の子息の命運は、その手に委ねられている。――ロマンシア帝国皇帝、ヨセフ・カザロフ」
皆が息を呑む気配が室内に満ちた。イサークは声を荒げる。
「脅迫だ! ユーリイさまを人質にして皇位簒奪を狙うとは、カザロフ大公こそ簒奪者だ。何が正統な血筋だ。元々彼は地方領主だろう。ロマンシア帝国はツァーリの祖先が内戦中の国内を平定して立国したんじゃないか」
「落ち着きなよ、イサーク。ツァーリの御前だよ。ルイベール王朝は崩壊したときに王族が国外へ逃れて、その子孫が国境付近の地方領主に収まったんだ。数百年前の話だけどね。だからカザロフ大公の遠い祖先が王族だったというだけで、ロマンシア帝国皇帝を名乗る資格は微塵もないよね」
ルカの見解に同意した。古い王朝の子孫というだけで現帝国の皇帝と主張するなら、玉座に座る人物は数百人ほどいることになる。カザロフ大公の論理は身勝手すぎるものだ。彼は血筋を笠に着て、ロマンシア帝国皇帝には自分こそが相応しいと思い込んでいるらしい。
カザロフ大公に利用されたことが悔やまれる。けれど手紙には紗綾姫について、何も書かれていない。紗綾姫を狙った誘拐かと思われたが、皇位簒奪は予め計画されていたことなのだろうか。ユーリイが馬車に乗っていたことは誰も知らなかったはずだ。
ふたりは無事だろうか。この縄を解いてもらえれば、僕が助けに行くのに。
手紙を吟味したアレクは双眸を鋭く眇めた。
「どうやら、臆病なコヨーテが本性を現わしたらしいな。ユーリイはカザロフ大公の元にいるようだ」
大公の所業に怒りの収まらないらしいイサークは前へ進み出る。
「騎士団に大公の所有する領地のすべてを捜索させる御命令をお下しください。今すぐに連隊を率いて突入いたします」
「待て。カザロフの隠れ家は分かっている。彼が数年前から傭兵を雇い入れて何事かを画策している古城があるのだ。ただ、大部隊で駆けつけては人質の命が危ぶまれる。少数で偵察し、できれば人質の安全を確保してから突入することが望ましい」
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