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古城の闘い 1
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事態は大きく動いた。皇位簒奪を狙うカザロフ大公の人質となったユーリイと、共に攫われた志音を救出しなければならない。
アレクの意見に皆は頷き、イサークとルカは視線を交わす。将校であるふたりは部隊を指揮しなければならないので、偵察する任務には就けない。煌は身を乗り出した。
「お願いです。偵察は僕にやらせてください」
眦を吊り上げたルカは留めるように肩を掴んだ。
「冗談じゃないよ。きみの疑いは何も晴れたわけじゃない。逃亡するつもりだろう」
煌は真っ直ぐに、アレクの眸を見た。全霊を懸けて訴える。
「僕の行いは正しいことではありませんでした。でも、大切な人を救いたいんです。このような事態に陥ったのも、すべて僕の責任です。命に代えても、ユーリイさまと志音を救います!」
床に跪き、額が付くほど頭を下げる。
僕は重大な過ちを犯した。妹を思う余り、身の上を偽った。その罪が発端となってふたりの命を危機に晒してしまったのだ。
いかなる罰でも受けよう。誘拐犯として投獄され、罪を贖う人生も厭わない。
けれど最後に、大切な人を救いたい。その想いを、アレクにだけは分かって欲しかった。
煌の必死の嘆願を、アレクは見定めるように注視していた。やがて鷹揚に頷く。
「良いだろう。キラ・ハルアに、カザロフ大公の古城を偵察する任務を与える。捕われた者たちの安全を確保せよ」
「ありがとうございます!」
深く頭を垂れる。許可してくれたアレクの期待に応えなければ。
そして、必ずユーリイと志音を取り戻す。
縄を解かれた煌は準備を整えると単身で馬を駆り、宮殿を飛び出した。
カザロフ大公の隠れ家である古城は森の中にそびえ立っていた。
帝都からほど近く、馬の脚で半日ほどで目的地に到着した。既に夜は明けているが、天候は吹雪のため陽射しはなく、辺りは薄暗い。忍び込むには好都合といえた。降り積もる雪が馬蹄の跡を覆い隠してくれる。
雪の中で目立たないよう白の制服を纏った煌は鐙から足を外して馬を下りた。離れた場所から古城を窺えば、辺りを警備している人影が見える。雪景色なので黒装束が目立つ。おそらく昨夜馬車に随行していた男たちだろう。カザロフ大公は傭兵を雇っているという。
アレクの話では、古城は戦のあった時代に活用された要所で現在は廃城と化しているが、先代の皇帝の時代にカザロフ大公に下賜されたのだという。以来古城には怪しい男たちが出入りするようになり、大公の騎士を名乗っては近隣の村で暴挙を働くため、付近の住民は怖れて近づかないそうだ。
「どうやって忍び込もうかな」
持参した皮袋の中身を確認する。ナイフ、マッチ、砥石、ロープ、鉤爪、それに腰に佩いた剣。
ポケットには、名が刻まれた鉤針。
アレクから贈られた宝物だ。
「勇気をお与えください……」
金色の刻印を見つめて決意を固め、再びポケットに仕舞う。
眠気や疲れはない。胸の奥に宿る勇気の欠片を掻き集めて奮い立たせる。
周囲を窺いながら徒歩で古城へ近づく。正門は避けよう。回り込むと、手入れが成されていないためか城壁は崩れていた。見張りの姿は見えない。人ひとり通れそうな穴を発見して、体をねじ込ませる。
激しい吹雪に目を開けていられない。風の唸りが旋回している。
裏口から侵入できないだろうか。
煌は堅牢な古城の壁伝いに進んだ。
風に紛れた人の声が聞こえて足を止める。
怒鳴り声だ。しかも聞き覚えのある雑音に似た声音はカザロフ大公のものだ。この壁の向こうに大公がいるらしい。怒鳴りつけているということは相手がいる。誰だろうか。
見上げれば、高い位置に窓が設置されている。鉤爪を付けたロープを壁石に引っ掛ければ登れそうだが……。
ふいに接近した物音に、振り向きながら剣柄に手をかけた。
雪を踏みしめる音だ。誰か来る。
咄嗟に取り出した砥石を遠くの城壁めがけて投げつける。
砥石は壁にぶつかり、高い音を立てた。巡回していた傭兵が剣を抜きながら誰何している。
一刻の猶予もない。
煌は鉤爪の付いたロープを振り回し、窓へ向かって放り投げた。
鉤爪が石に掛かる感触を確かめてロープを伝い上り、窓際に身を寄せる。ロープを回収した直後、傭兵が首を捻りながら真下を通り過ぎていった。
窓には隙間なく雪が付着しているので、白い衣装を纏う煌の姿は室内からは見えにくい。手袋越しの掌で少々雪を擦り落とせば、部屋の様子が垣間見えた。
アレクの意見に皆は頷き、イサークとルカは視線を交わす。将校であるふたりは部隊を指揮しなければならないので、偵察する任務には就けない。煌は身を乗り出した。
「お願いです。偵察は僕にやらせてください」
眦を吊り上げたルカは留めるように肩を掴んだ。
「冗談じゃないよ。きみの疑いは何も晴れたわけじゃない。逃亡するつもりだろう」
煌は真っ直ぐに、アレクの眸を見た。全霊を懸けて訴える。
「僕の行いは正しいことではありませんでした。でも、大切な人を救いたいんです。このような事態に陥ったのも、すべて僕の責任です。命に代えても、ユーリイさまと志音を救います!」
床に跪き、額が付くほど頭を下げる。
僕は重大な過ちを犯した。妹を思う余り、身の上を偽った。その罪が発端となってふたりの命を危機に晒してしまったのだ。
いかなる罰でも受けよう。誘拐犯として投獄され、罪を贖う人生も厭わない。
けれど最後に、大切な人を救いたい。その想いを、アレクにだけは分かって欲しかった。
煌の必死の嘆願を、アレクは見定めるように注視していた。やがて鷹揚に頷く。
「良いだろう。キラ・ハルアに、カザロフ大公の古城を偵察する任務を与える。捕われた者たちの安全を確保せよ」
「ありがとうございます!」
深く頭を垂れる。許可してくれたアレクの期待に応えなければ。
そして、必ずユーリイと志音を取り戻す。
縄を解かれた煌は準備を整えると単身で馬を駆り、宮殿を飛び出した。
カザロフ大公の隠れ家である古城は森の中にそびえ立っていた。
帝都からほど近く、馬の脚で半日ほどで目的地に到着した。既に夜は明けているが、天候は吹雪のため陽射しはなく、辺りは薄暗い。忍び込むには好都合といえた。降り積もる雪が馬蹄の跡を覆い隠してくれる。
雪の中で目立たないよう白の制服を纏った煌は鐙から足を外して馬を下りた。離れた場所から古城を窺えば、辺りを警備している人影が見える。雪景色なので黒装束が目立つ。おそらく昨夜馬車に随行していた男たちだろう。カザロフ大公は傭兵を雇っているという。
アレクの話では、古城は戦のあった時代に活用された要所で現在は廃城と化しているが、先代の皇帝の時代にカザロフ大公に下賜されたのだという。以来古城には怪しい男たちが出入りするようになり、大公の騎士を名乗っては近隣の村で暴挙を働くため、付近の住民は怖れて近づかないそうだ。
「どうやって忍び込もうかな」
持参した皮袋の中身を確認する。ナイフ、マッチ、砥石、ロープ、鉤爪、それに腰に佩いた剣。
ポケットには、名が刻まれた鉤針。
アレクから贈られた宝物だ。
「勇気をお与えください……」
金色の刻印を見つめて決意を固め、再びポケットに仕舞う。
眠気や疲れはない。胸の奥に宿る勇気の欠片を掻き集めて奮い立たせる。
周囲を窺いながら徒歩で古城へ近づく。正門は避けよう。回り込むと、手入れが成されていないためか城壁は崩れていた。見張りの姿は見えない。人ひとり通れそうな穴を発見して、体をねじ込ませる。
激しい吹雪に目を開けていられない。風の唸りが旋回している。
裏口から侵入できないだろうか。
煌は堅牢な古城の壁伝いに進んだ。
風に紛れた人の声が聞こえて足を止める。
怒鳴り声だ。しかも聞き覚えのある雑音に似た声音はカザロフ大公のものだ。この壁の向こうに大公がいるらしい。怒鳴りつけているということは相手がいる。誰だろうか。
見上げれば、高い位置に窓が設置されている。鉤爪を付けたロープを壁石に引っ掛ければ登れそうだが……。
ふいに接近した物音に、振り向きながら剣柄に手をかけた。
雪を踏みしめる音だ。誰か来る。
咄嗟に取り出した砥石を遠くの城壁めがけて投げつける。
砥石は壁にぶつかり、高い音を立てた。巡回していた傭兵が剣を抜きながら誰何している。
一刻の猶予もない。
煌は鉤爪の付いたロープを振り回し、窓へ向かって放り投げた。
鉤爪が石に掛かる感触を確かめてロープを伝い上り、窓際に身を寄せる。ロープを回収した直後、傭兵が首を捻りながら真下を通り過ぎていった。
窓には隙間なく雪が付着しているので、白い衣装を纏う煌の姿は室内からは見えにくい。手袋越しの掌で少々雪を擦り落とせば、部屋の様子が垣間見えた。
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