乙女怪盗ジョゼフィーヌ

沖田弥子

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第一章 引きこもり伯爵の受難

街を巡回 2

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 実はノエルは卓越した運動神経を持っているので、足首を掴まれたくらいで転んだりはしない。月明かりだけで屋根や樹木を飛び移れるくらいでなければ乙女怪盗は勤まらない。一応引きこもりの運動不足ということになっているので、尻もちをつく前にフランソワが駆けつけて体を支えてくれるはずだ。
 と、横目で窺うと、有能な執事はショコラ専門店のショーウィンドウにバルスバストルと共に張り付いていた。カカオの原産地がどうのと、ショコラ談義に耽っている。
 何してんの、こら。

「おっと。折れそうな足首だな」

 革靴を確認したアランに、腰を支えられる。逞しい腕の感触にびくりと肩を跳ねさせたノエルは、慌てて振り払った。

「触らないでください」
「失敬。俺は二二歳だ」
「靴のサイズですね、わかりました」

 まったく失礼な男だ。涼やかな表情が小憎らしい。それもそのはず。ノエルは男子なのだから、男が男の体に触れたからといってどうということはないのだ。騒ぐほうが何かあるのかと勘繰られるだろう。
 実は女の子という事実が露見しないためにも、引きこもりの人嫌いということにして、今まで誰にも体を触らせなかったのだ。ジュストコールを纏っているとはいえ、迂闊だった。気をつけなければと気を引き締める。
 アランは口端を引き上げて悪戯めいた表情をむけてきた。それまで無表情だった男の初めての笑顔はそれは凶悪な笑みで、ノエルの背に悪寒が走る。
 え、なになに?
 今のでバレてないよね?
 ていうか触られて女だとわかるような曲線もないんですけどね。
 動揺を押し殺して表情筋の活動を必死に抑えていると、角のカフェを指差される。

「伯爵さまに無礼を働いた詫びとして、ショコラフラペチーノでも奢ってやろう」

 謝ってるわりには偉そうな物言いに少々身を引く。まるでアランのほうが伯爵さまのようで、思わず平伏したくなる威厳に満ちている。

「いえ、結構です。おなかいっぱいです」
「遠慮するな」
「いえいえ、ショコラフラペチーノは魅力的ですがアランと同席するのは遠慮します」
「はっきり言ってくれるじゃないか。悪くない」

 だから断ってるんですけど、はっきりと。
 じりじりと後退ると、その分間合いを詰められる。このままでは強引に腕を取られて連れて行かれる――と危惧したところへ、救いの手が差し伸べられた。

「ショコラフラペチーノ⁉ 僕も食べます~ンフフゥ」
「では皆さんでお茶しましょう。たまにはカフェでのティータイムもよろしいですよね。わたくしも骨休めできますし。おっと、本音が零れてしまいました」

 購入したショコラの箱を掲げながら追いついたバルスバストルとフランソワに、足払いという名の救いを受けて、ノエルはぴくぴくと表情筋を引き攣らせた。
 制服警官二名を伴った貴族と執事の入店に、昼下がりのカフェはどよめいた。
 そそくさと新聞を畳んで立ち上がる恰幅の良い紳士たちに反して、御婦人方は頬を染めてうっとりと眺めている。主に注目を集めているのはアランだ。次点でフランソワ。ノエルとバルスバストルは完全におまけである。

「座れ」

 アランは命令して天鵞絨張りの椅子に腰掛け、長い足を組んだ。
 ここ、あなたの店ですかね……?
 小さくなったノエルは元々小さい体を向かいのソファに収める。ノエルが着席したのを見届けて、フランソワは隣に静かに腰を落ち着けた。バルスバストルは斜め向かいの椅子で熱心にメニューを読んでいる。

「ショコラフラペチーノを四つ」

 怖々と注文を伺いに訪れたギャルソンを見向きもせずに告げて、アランは不遜な眼差しでノエルを見据えている。
 なにこれ、怖いなあ。これから尋問が始まるんですかね。
 バルスバストルはメニューに顔を埋めて嘆きの声を上げた。

「ああ~、アボカドとエビのサンドイッチも食べたかったぁフンウ」

 気を利かせたフランソワは慰めるように優しい声をかける。

「わたくしもちょうどおなかが空いてきたところです。サンドイッチを食べながら、先ほどのショコラ談義の続きといきましょう」
「フランソワさんっ。なんて、お優しいっ。アラン警部とは大違いでふングフ」

 何とか誤魔化したバルスバストルを横目で見ながら、アランは黒革の手袋を嵌めた指先で、すいと指し示した。

「喋りたいなら向こうの席へ行け」
「申し訳ありません、アラン警部、お喋りしませんンフ」
「邪魔だと言っている。適当に話してこい」
「了解ですンン」

 敬礼して起立したバルスバストルに続き、フランソワも仕方なく、というよりは楽しそうに空いている席へ向かった。

「では私も……」
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