乙女怪盗ジョゼフィーヌ

沖田弥子

文字の大きさ
7 / 54
第一章 引きこもり伯爵の受難

カフェで尋問?

しおりを挟む
「おまえはここにいろ」

 凄まじい威圧感をまともに食らい、ノエルは渋々浮かしかけた腰を沈める。
 ショコラフラペチーノが給仕され、目の前のテーブルに置かれる。
 グラスに山盛りに盛られた純白のホイップに、結晶のようなショコラが幾重にも振りかけられている。美味しそうなデザートドリンク越しには、獲物を捕らえんばかりに双眸を眇めた捕食者。
 磨き上げられた黒の軍靴。国家警察の証である漆黒の制服は、詰襟に柏葉の階級章が縫い付けられている。
 アランはようやく制帽を脱いだ。現れた硬質そうな髪は、制服に溶け込むような漆黒。整った面立ちが気品と怖れを同時に感じさせてくれる。深緑の眸に見つめられて、ノエルは視線を彷徨わせながらショコラフラペチーノをいただいた。

「その指はどうした。怪我をしたのか」
「……あ」

 左の人差し指に巻かれた包帯を示唆されて、改めて見遣る。

「これは先ほど狂気人形を作っていて針を刺したんです」
「狂気人形とは何だ」
「愛らしい口元と儚げな眼差しを持つ類い希な存在です」
「具体的に述べろ」

 ノエルは狂気人形の素晴らしさについて小一時間ほど淡々と語った。その間、アランはショコラフラペチーノのストローを無言で啜りながら熱心に聞いてくれた。と思う。

「というわけで、世の英知と愛の結晶が狂気人形です」
「つまり、手縫いの人形か」

 そう言うと身も蓋もないんですけど。
 狂気人形について語ると大抵の人は嫌がるので、少なくとも話を最後まで聞いてくれて嬉しかった。盗んだ宝石が胴体に仕込まれているのはもちろん秘密だけれど。
 ふと後ろの席を振り返ると、フランソワとバルスバストルのショコラ談義は熱く盛り上がっている。
 つい語ってしまったが、何故アランはノエルのことを訊ねるのだろうか。乙女怪盗の捜査とは何も関係ない気がする。
 まさかバレてないよね?
 というか知り合ったばかりなので、何もバレる材料がない。心配しすぎだ。ノエルは率直に訊ねた。

「アランはどうして私のことばかり訊ねるんですか」
「おまえが力になれる人間か見定めているんだが? 何か不服か」

 ごもっともだ。面談ということらしい。
 グラスの底に残ったショコラの澱を啜る。じゅるじゅじゅ~、と軽快な音を立てながら目をむければ、アランと視線が絡み合う。

「それで、お力になれませんよね?」
「充分だ」
「ええ、もう充分ですよね。ごちそうさまでした」

 ギャルソンから慇懃に差し出された伝票を見もせずに、アランは懐から財布を取り出して紙幣を渡す。そして居丈高に告げた。

「明日は盗難の遭った区域を見回るぞ。朝一で屋敷に迎えに行く」
「……はい?」
「二度言わせるな」
「……私も乙女怪盗捜索に参加するんですか?」
「当然だ。期待しているぞ。特別国王憲兵隊のもやし伯爵」

 アランは蠱惑的な微笑を浮かべた。
 明日から新人部下としてこき使われることが確定したようだが、この強引で傲岸不遜な悪魔から逃れる術は今のところないらしい。アランの威厳はヒエラルキーの頂点であると誰もが認めるところだろう。
 席を立ち上がったアランの後を、猫の子のように付き従う。慌てて後を追ってきたバルスバストルに、アランは一瞥をくれた。

「貴様らの分は自分の財布で払え。経費で落とすなよ」




 こうして、乙女怪盗を捕まえるため乙女怪盗自身が追うという奇妙な日々が始まった。
とはいえ捜査の素人であるノエルは盗難の遭った屋敷や店舗を訪ねたり、宝石店で聞き込みをするくらいである。要するにアランの後をついて回るだけの簡単なお仕事です。
 ノエルは屋敷の人形部屋で作業しながら、紅茶の入ったカップを差し出したフランソワに愚痴を零した。

「あのひと苦手だなぁ。いつも偉そうなんだよね。警部はそんなに偉いんですか? って訊いたら『おまえよりはな』なーんて言うんだよ? バルスバストルは爆笑してた。そこで笑うなっつうの」

 椅子にふんぞり返ってアランの物真似をしてみせると、フランソワはくすくすと笑い出した。紅茶のポットから芳しい香りが漂い、居並ぶ狂気人形の表情もどこか和やかだ。

「坊ちゃまはアラン警部のお話しを楽しそうになさいますね。捜査もやりがいがあるようで何よりです」

 軽い咳払いで答える。
 決して楽しんでいるわけではない。あくまでもこれは警察の内部を探るため、特別国王憲兵隊の立場を利用させてもらっているだけだ。

「フランソワも来ればいいのに。バルスバストルが一緒に行きたいって言ってたよ」

 彼が行動を共にしたのは初日だけだ。
 紅茶を継ぎ足したフランソワの束ねた金髪が、細く射し込んだ陽光に煌めく。眼鏡の縁を押し上げて、彼は優美な笑みを形作った。

「わたくしは屋敷での仕事がありますから。それに、アラン警部とバルス刑事の人柄は知り得ました」

 知りたい情報はすべて得たということだろう。頷いたノエルは微笑を返す。
 手にしていた羽根ペンが弧を描く。純白のカードには流麗なサインが躍った。

「どちらも、ただの警察だよ。乙女怪盗の敵じゃない」
「ですが、バルス刑事はともかく、アラン警部は油断がなりません。今回のお仕事はくれぐれも気をつけましょう」

 カードを掲げ、手首を軽く振る。角が研ぎ澄まされた紙片は壁に突き刺さった。

「了解」

 翌日、宝石商のブルジョワ氏の元に乙女怪盗より予告状が届く。

『月夜の晩、マリアの涙をいただきに参上いたします。乙女怪盗ジョゼフィーヌ』
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

【完結】あなた方は信用できません

玲羅
恋愛
第一王子から婚約破棄されてしまったラスナンド侯爵家の長女、ファシスディーテ。第一王子に寄り添うはジプソフィル子爵家のトレニア。 第一王子はひどい言いがかりをつけ、ファシスディーテをなじり、断罪する。そこに救いの手がさしのべられて……?

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

王女様は温かいごはんが食べたい ~冷えた王宮料理を変えたら、オープンキッチンと政略婚約がついてきました~

しおしお
恋愛
異世界の王女リリアーヌは、前世の記憶を持つ転生者。 豪華絢爛な王宮で暮らし始めた彼女だったが、ひとつだけどうしても耐えられないことがあった。 ――食事が、冷めているのだ。 どれほど立派な料理でも、ぬるいスープや冷めた肉ではホッとできない。 「温かいごはんが食べたい」 そのささやかな願いを口にしたことから、王宮ではなぜか大騒動が巻き起こる。 地下厨房からの高速搬送。 専用レーンを爆走するカートメイド。 扉の開閉に命をかけるオープナー。 ついには食堂に火を持ち込むオープンキッチンまで誕生して――!? 温かさは、ホッとさせてくれる。 それは料理だけではなく、人との距離まで少しずつ変えていくものだった。 冷えた王宮に湯気と笑顔を取り戻す、 食と温かさをめぐる宮廷日常コメディ! -

忘れ去られた婚約者

かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』 甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。 レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。 恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。 サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!? ※他のサイトにも掲載しています。 毎日更新です。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

お久しぶりです旦那様。そろそろ離婚ですか?

奏千歌
恋愛
[イヌネコ] 「奥様、旦那様がお見えです」 「はい?」 ベッドの上でゴロゴロしながら猫と戯れていると、侍女が部屋を訪れて告げたことだった。

悪女の針仕事〜そのほころび、見逃しません!〜

陰陽@4作品商業化(コミカライズ他)
ファンタジー
公爵令嬢として生まれながら、子ども時代からメイドや周囲の陰謀で、次々と濡れ衣を着せられ、「悪女」扱いされてきたミリアム。 第3王子との婚約を聖女に奪われ、聖女への嫌がらせの冤罪で国外追放された後、平民として生き延びる中で、何度も5年前へのロールバック(逆行)を繰り返すことに。 生計をたてる為に、追放後の平民生活で極めた針仕事が、ロールバックが繰り返されることで、針仕事の能力だけは引き継がれ、天才的な実力を手に入れる。 その時女神「アテナ」の加護を得て、2つの力を手にすることに。 「加護縫い」 (縫った布に強力な祝福を込められる) 「嘘のほころびを見抜く力」 (相手の嘘を布のほころびとして視覚的に捉え、引き抜く、または繕うことで、真実を暴いたり修正したりする) を手にしたミリアムは、5歳の幼女時代まで遡り、2つの力で悪評をぬりかえ、仲違いしていた家族も、加護の力を与えることで協力な味方へと変貌。 さらに、女神から可愛いしもべ「アリアドネ」を授かり、元婚約者と聖女にザマァを狙う中、加護縫いの能力が最も高い人間を王太子妃に迎える決まりのある大国、ルーパート王国の王子が近付いて来て……?

処理中です...