乙女怪盗ジョゼフィーヌ

沖田弥子

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第二章 マリアの涙を盗め

宝石店へ

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 アラン警部とその部下であるバルスバストル、並びに特別国王憲兵隊であるノエルは、乙女怪盗から予告状の届いた宝石店へ駆けつけた。
 目抜き通りに位置する店舗は老舗らしい落ち着いた佇まいを見せている。重厚な扉を開けると、ショーケースに飾られた宝石たちが出迎えた。お客である御婦人方は国家警察の登場に何事かと仰天している。

「警察の者です。ブルジョワ氏にお目にかかりたい」

 アランが警察手帳を見せると、従業員は店の奥へ引っ込んだ。オーナーであるブルジョワ氏が落ち着きのない様子で現れる。裕福な暮らしを窺わせる上質なジュストコールを纏い、口ひげをたくわえた恰幅の良い壮年の男だ。

「困りますよ、営業中なんですから。裏から入っていただけませんか」
「すぐに営業を停止してください。こうしている間にも乙女怪盗が客のふりをして下見に来ているかもしれないんですよ」

 そうですね。さすがアランは聡い。
 ノエルは素知らぬ顔で頷いた。
 背後の御婦人方を示唆されて、ブルジョワ氏は慌てて警察御一行を店の奥へ招き入れる。

「マリアの涙は店に出していません。あれは特別な宝石なので、厳重に保管しています。乙女怪盗といえども盗めはしませんよ」

 ブルジョワ氏はとある部屋の前で立ち止まり、首から提げた鍵を特別製の錠前に差し込んだ。ここが宝石の保管庫らしい。室内は壁一面に、ずらりと金庫が設置されていた。窓はない。中央に独立したショーケースがひとつだけ置かれている。
 ノエルは、ちらりと上を見た。
 天井には照明の他に、ノズルが設置されている。火災用の消火装置だ。

「こちらが、マリアの涙です。世にも珍しいブルーダイヤでございます」

 警察御一行はショーケースに鎮座する爪先ほどの宝石を覗き込んだ。海の色をしたブルーダイヤは涙の形をしている。噂通りだ。
 バルスバストルは首を捻った。

「ンン、この色はサファイアじゃないんですか?」
「コランダム鉱石ではありませんから、サファイアではございません。マリアの涙は炭素で構成されたダイヤモンドの結晶構造を持っています。ダイヤモンドは通常無色から黄色ですから、ここまで深い青のカラーダイヤは大変貴重です」

 丁寧にブルジョワ氏は解説した。アランはショーケースの周りをぐるりと巡り、床や壁を手で触って確認しながら何気なく質問する。

「マリアの涙は盗品という噂がありますが、どういった経路で入手されましたか?」

 ごほんごほんと、やたらとブルジョワ氏は咳払いを始める。

「さる御方から紹介されて料金を支払い、正当に買い取らせていただいたのです。まるで私が盗んだかのような疑いを掛けられるのは遺憾ですな」
「そんなことは言っていません。鑑定書を見せていただいてもよろしいでしょうか」
「もちろんです。領収書もお見せしましょう。さあ、どうぞ」

 些か憤慨した様子のブルジョワ氏とアランは保管庫から出て行った。ノエルがもう一度ショーケースを覗くと、バルスバストルも横に並ぶ。

「どう見てもサファイアですよねえ、ンフフ」

 ブルーダイヤは静かに煌めいている。誰かの胸に首飾りとして飾られれば美しさを存分に発揮できるはずなのに、こんな密室に閉じ込められて時を過ごすなんて不憫といえる。
 いわくのある宝石は人から人の手へと渡り歩き、時には加工されて姿を変える。ブルジョワ氏の態度から察するに、マリアの涙は元は盗品である可能性が高いだろう。
 以前は、『天空の星』という名称だったかもしれない。
 ノエルはうっすらと微笑んだ。

「私には、天が流した涙に見えますよ」
「詩人ですねえ、伯爵ンフフ」
「おまえたち何をしてる。早く来い」

 隣接した応接室からアランの呼ぶ声が聞こえる。慌てて駆けだしたバルスバストルの後から、ノエルはゆるりと保管庫を出た。
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